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現世到達と早速の魔物

「ということでグリム到着っと……?」


 そういうことで神の世界から転移の陣でグリムに飛ばされたゲンシは、地上に颯爽と、それまたもの凄く格好いいポーズで舞い降りようとしていたのだが。


「うわああああああ!?」


 なぜか。今雲の上から落ちている。

 体の制御が利かない。耳には風を切る音と、自分の叫び声。バタバタと体を動かして地面に対してうつ伏せになったり、仰向けになったりしてみるが、かといってパラシュートがあるわけでもない。どんどん地面に近づいていく。このまま何もしなかったらゲンシは地面に真っ逆さまに突っ込んでいき、地上の世界から楽々おさらばというわけだ。やったね。


「……って、んなわけあるか-い!」


 どうこうしているうちにも高度は勢いよく下がっていき、位置エネルギーは運動エネルギーに変換されていく。ゲンシの体は重力に逆らわずに落下していった。

 雲が切れ始めゲンシの視界にうっすらと地面が映される。


「ちょまって!死ぬって!俺死んじゃうって!」


 仕方がない。こうなったら最終手段だ。

 ゲンシは首にかけている鏡を手に取った。そして、()()()()()()命令する。


「アイシャ!風を噴射させてくれ!」


 アイシャとはゲンシの持つ鏡の名である。そしてゲンシを守る天使でもあるのだ。

 神に昇格されたら創造神が従者、つまり天使を授けてくれる。命令すればどんな無理難題でもこなそうとする神の忠実なる部下だ。身体能力などもかなり高く、地上に生きる生物には出来ない芸当もやってのける。天使には感情がない。生まれた時の赤ん坊のような純粋無垢な存在で、頼まれたら命を張ることもためらわないその姿は、神の間で守り手や守護者などと呼ばれている。

 アイシャもその中に含まれていた。地球の世界を管理している神の天使だったのだ。

 だから、多少常識破りなこともやってのける事ができる。

 アイシャの鏡面から暴風が吹き荒れる。その風をゲンシは地面に向け、勢いを相殺させる。

 土が削れる。岩が削れる。大地から削れた石などが上へ舞い上がってくる。上がってくる間に超高速になった石ころや砂がかまいたちのようにゲンシの皮膚を切り裂いていく。


「ぐ、ぐおっ……」


 少しばかり強すぎたようだ。そういえば、体は逆にだんだんと上に向かって言っている気がしないでもない。


「ア、アイシャ!もういい!ありがとう!」


 すると、今までの現象がまるでなかったかのようにぷっつりと暴風が消える。


「え?」


 ゲンシは引きつった笑みを浮かべながら、不調の機械のようにギギギと下を覗く。

 勢いは弱くなり、地面との距離は確かに短くなった。

 が、それでもこの高さはまずい。しかも暴風の影響で土が飛ばされ、見えている面には石が見えている。

 ということは結局。

 手を振り回してみても掴むものは虚空のみ。


「なんでだああああ!!」


 そんな感じで結局叫びながらゲンシは地面に落とされていった。


「っつ……」


 死ぬ覚悟をして目をつぶったゲンシが第一に感じた感触、冷たい。第二に感じた感触、なんかべとべと。

 第三に感じた感触。体全体が柔らかいベッドに沈んでいくような心地よい感触……。

 生き残れたのか。と、ゲンシは目を開ける。真っ赤なジェル状の液体が視界の先を見えなくする。寝ぼけているのだろうか。

 ふうと息をつきゲンシは辺りを見渡そうとする。何かが頭を上がらせないように押さえつけている。


「ぐっぬぬぬぬ……ぷはあ」


 やっと息ができる。変なジェルから抜け出し、ゲンシは辺りを見渡す。

 グリムの世界は基本的に土で構成されている平原が主だ。雨も、場所によってはばらつきがあるがだいたいどこでも降る。そのためか動物の種類はどこも似たり寄ったりになっている。

 土を少し掘るとすぐさま石が見えてくる。グリムは他の世界と比べて鉱石がよく取れる。そのため、独自の鍛冶産業が発展していた。そうやって作られたものは機械ファクトと呼ばれていて、その中でも一部の物が人口遺物アーティファクトとされていた。

 辺りの光景は例に逆らわず、草原が広がっていた。風によって雑草が一斉になびく。

 グリムは鏡を手に取った。その取り方はとても丁寧なものであり、誰かを慈しむかのようにも見えた。

 ゲンシは大きな飴色の鏡に向かって話しかける。


「アイシャ。このあたりの地図を表示してくれ。できるか?」


 鏡は答えない。答えないが、ゲンシの命令に反応したのか淡い光を放ちながら鏡の中に地図を表示させる。一般的な地形図だった。リアルで時間差なしの写真を表示させることも命令すればできるだろうが、ゲンシにとってはこっちのほうが簡潔で分かりやすかった。

 スマートフォンを思わせる手つきで、鏡に表示されている地図を操作する。


「ふむ。近くにはナラクという都市があるのか。そこでひとまずは情報でも集めてみるか」


 願わくば他に武器がほしい。さすがに鉄の剣だけでは心もとない。


「ありがとなアイシャ。もういいぞ」


 親友にでも話しかけるような口調だった。鏡も鏡で答えるかのように一瞬瞬き、普通の鏡に戻る。

 さて、とゲンシはもう一度周りを見渡す。近くに人の気配はない。あるといえば、目の前にある意味不明な物体だけだ。

 一体何なのか見当すらつかない。


「アイシャ、これ何かわかるか?」


 ゲンシの言葉に反応して鏡面に情報が示される。


「ふむふむ、スライムか……」


 名はスライム。一騎当百の二つ名を持つ一番ありふれた魔物の一つ。

 全体が球体。粘り気のある液体で構築されていて、薄いピンク色をしている。


「へえ……え?」


 思わず固まってしまった。もしかして自分の目の前にある物体は、スライムなのか。

 だとすると、先ほど起き上がることが出来なかったのは……。

 ゲンシはその先のことを想像して青くなる。あと少し、気が付くのが遅かったら死んでしまっていたかもしれないという事に気が付いたのだ。


「げえ……」


 ゲンシは低く呻いた。無意識にため息が漏れる。


「やる気が削がれるぜ……」


 だけどまあ、やるしかないか。ゲンシは剣を手に取った。

 襲い掛かる攻撃意思を示す赤色に変化したスライムに対して剣を抜き、慣れた手つきで四等分に切り分ける。

 だが、まだ気を抜くわけにはいかない。これぐらいで魔物が倒れてくれるのなら楽なのだが。

 ゲンシはまだ注意深く辺りを見渡す。飛び散ったスライムの残骸は動かない。


「……今回は運がよかったのか?」


 本当ならスライムは何度も再生するはずなのだ。高い再生能力を持っていて、下手に刺激すると逆に大惨事となる。だが、今回は一向に動かない。たまたま当たり所でもよかったのかとゲンシは考え、剣を鞘に戻す。

 その時だった。


「うおっ……!」


 スライムの残骸が一斉にゲンシに向かって飛び掛かる。いつの間にか自分を取り囲むようにしていたスライムは空中で合わさり、一枚の布のようにしてゲンシの体を上から覆う。死んだふりをして、自分が武器をしまうまで機会を窺っていたというわけか。

 拘束された……!?

 ゲンシは息すらできないくらいの密閉された空間でそんなことを思っていた。

 呑気にそんなことを考えている時間ではないが、そう思わざるを得なかったのだ。

 せいぜい昔のスライムの知能では後ろから攻撃をする程度だったのだが、今回のスライムは違う。

 昔よりも狡猾になっている――

 別に種類が違うスライムじゃない。どこにでもいるスライムだ。性質も特に変わったところはない。粘り気があるひやりとした感触も変わらないだけだ。ただ知能が、戦略性が、ゲンシが現世にいた頃よりも大幅に強化されている。

 これが、魔王の影響力か……!

 グリムにどこからともなく現れた魔物の王。

 名をディークレア。ゲンシが地上にいたころは、まだ集団性などを一部の魔物しか持ち合わせていなかったため、一個体ずつ倒すのは比較的容易だったのだが、この魔王が来てからその考え方は大きく変わるものとなった。

 魔物一体一体の性質を理解し、それに合わせて軍を作る。

 ゲンシも神の世界から覗いてみたが、それはそれは素晴らしい統率力だった。

 前々からゲンシの頭を悩ませていた厄介者である。

 この魔王はまるで人の知能を持っているかのごとき指示をして、魔物内カーストの圧倒的頂点に成り上がったのだ。

 今ではグリムのある都市を占領して、領土としている。

 まさか、スライム一匹がここまで危険な生物になりあがっていたとは。

 しかも、辺りを見回してみると案の定たくさんのスライムがゲンシを中心にして円を作っていた。

 かなり危険な状態である。

 くそっ。一体どうすれば。

 息も苦しくなってきた。このままでは確実に死ぬ。

 アイシャから風を起こして、スライムたちを飛ばしてその間に逃げるか?

 いや、それではまずい。アイシャの風は少しばかり威力が高すぎる。先ほどこそ着地目的で発生させたからまだ何とかなったものの、今度ばかりは使ったらきっと自分にまで影響が及ぶ。

 威力が高い範囲攻撃の技は扱うことが出来ないというわけだ。

 もう仕方がない。自爆覚悟で暴風でも巻き起こすか、などと考えていた時、突然スライムの拘束が緩まる。

 驚くゲンシだったが、これを好機とみてここぞとばかりにアイシャに命令を下す。


「アイシャ!光で焼き焦がせ!」


 スライムもまさか鏡が攻撃をするとは思ってもみなかったのだろう。アイシャから放たれた摂氏数千度の紅い光はスライムの体を細胞から焼き尽くし、ボロボロにする。

 スライムの体が炭化され、そこから穴を広げるようにしてどうにか脱出した。体にはまだいくらか粘着感が残っていた。

 スライムはどうやら細胞を焼かれると案外すぐに死ぬ。それは今でも変わらないらしく、余った一部の生きているスライムも残さず焼く。

 これで、一匹目だ。


『ふっふっふ……。私自慢のアーティファクト。しかとご覧あれ!』


 横のほうから声が聞こえた。スピーカーから声を出しているような、鼻が詰まっている感じだ。


「?」


 ゲンシは声のする方へ顔を向ける。目に入る光景に驚く。

 思わず絶句してしまった。

 大きな人のような形状をしたアーティファクトだった。上半身の、それも腕だけが異様に大きく、下半身は足の裏に当たるところだけ大きさのバランスがおかしい。そしてなぜか手に熱がたまり始めている。

 何やら危険な気がした。


『ちょっと離れてねー』


 やっぱりだ。ゲンシは慌てて人型アーティファクトの後ろに回る。もしかしてもしかするのではないだろうか。


『そーれ!』


 スピーカー内の人は楽しげにアーティファクトを操作し、スライムの群れに標準を合わせる。スライムたちも嫌な予感がしたのだろう。慌てて逃げ出そうとする。

 だが、もう遅かった。


『発射!』


 スピーカーの声と同時に人型アーティファクトの手のひらから超弩級の熱線が放たれる。草木は一瞬で火の海と化す。


「ひええ……」


 まるでロボット漫画でも読んでいる気分だった。一体どこからそんな規格外のエネルギーを放射しているのか見当もつかない。

 ゲンシは思わず腰が抜け、尻餅をつく。

 それにしてもまさか魔物が進化していたとは思いもよらなかった。スライム数匹にここまで手こずるとは。

 昔のような時間さえかければ簡単に狩ることの出来る生物ではなくなっていた。今やちゃんと人の武器などを把握しそれに応じて攻撃をするという立派なハンターと化していた。

 人間も狩られる可能性があるのだ。捕食され、餌となる。


「この先が思いやられるな……」


 思わず嘆息してしまった。こんな感じでは送り出した人間が今まで抱いていたイメージとそぐわなくて、スローライフを送ろうとするのもよくわかる。

 マーカーは一体どうやってこんな世界を何個も管理し、しかもバランスを保てているのだ。全く想像もつかない。

 この先はもっと戦いが激化するだろう。もしかしたら神に再就職する前に命を落とすことになるかもしれない。


「はあ……で?俺を助けてくれたあんたは誰なんだ?」


 ゲンシは上を見上げる。熱線の炎に照らされている、大きな歯車や鉄板で作られた人型の機械。全体が赤色の塗料でべた塗されていて、人型にしているところ以外全く無駄なところはない。大きなネジ一つにも小さなネジ一つにすらも等しく重要な役割が担われていた。

 これが、人工遺物アーティファクトなのだろう。人の限度を超え、神に近づくことができる唯一の力。

 ゲンシは熱線によって無残に燃えていっている草原を眺める。そして、考える。

 なぜ、この世界の住人は、これほどの力を持っておきながら魔物からの襲撃に立ち向かえないのだ。


『ふっふっふ……!私は発明家なんだー』


 と、上から声が降ってくる。スピーカーのようなものでも使っているのか、ノイズがうるさく喚いていた。正直、音質が悪くてあまり聞き取れていない。

 そんなことにやりづらさを覚えたゲンシは少し考え、冗談めかして言ってみることにした。


「んーこれだと話しずらいな。生で話さないか?首をずっと上向きにするのも疲れるんだしさ」


 そういうのも中の人間にゲンシは興味があったのだ。スピーカーのせいで機械質ではあったが、それでも女性のような声をしていた。

 神様として、転移の仕事で精いっぱいだったゲンシは下界の人間をあまり観察できていない。この際だし人間の容姿なども確認しておこうと思ったのが、ゲンシの魂胆だった。

 だったのだが……。


『え?生で!?そ、それはちょっとごめんなさいというか、私顔を合わせるのは苦手というか……』


 あーそういうやつね。

 心の中でそんなことを思い、察したゲンシは質問を変えることにする。


「んーとじゃあ、この近くに村とかないか?ここら辺の生態系を把握するまで少しばかり寝床がほしいんだ」


 ゲンシは急に人型から流れてくる声のトーンが低くなったような気がした。落ち着いたとかそういうものじゃない。恐る恐る手探りで聞いているようなもの凄く用心深い声。


『もしかして……あなたこのあたりのこと知らないの?』

「何のことだ?」

『……』


 間が開いた。中の人はどこか悩んでいるようだった。見かねてゲンシは質問を重ねる。


「なにか、あるのか?」

『い、いやいやいや、何もないよ!あなたには全く関係ないから!え、えっとそう村だったよね!村はないけど都市だったら一つ山を越えたあたりにあるんだ!そこがいいよ!いい宿だってあるし!おいしいごはん屋さんもあるよ!』

「お、おう……」


 いきなりまくし立てられてゲンシは頷くしかなかった。なぜだかこの人型ロボットを操縦している人間はその都市に自分を誘っているかのようにゲンシには見えた。

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