表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

第1節

※推理や探偵小説等以外にこの小説に合うジャンルやキーワードが分からず、そちらの言葉を選択しています。


 大切なものを奪われた。決して失くしてはいけないものだ。

 それは今、視線の先で風を切りながら逃走している。


 デリック・ユーイングはリディキュラスシティの街道をひた走る。何度も通行人と接触して怒鳴られたが、謝罪している時間はなかった。あちらの方が足は速い。目を離した隙にあっという間に視界から消えてしまう恐れがある。

 角を曲がったそれを確認し、後を追う。その先には、狭い路地裏が奥まで続いていた。目標のそれはどこにもいない。見失ってしまった。

 デリックは奥歯を噛み締めた。まずいことになった。長い追跡のためだけではない汗が額から流れ落ちる。


――刹那、鼓膜を振動させる音に、デリックは真横を見た。古びたコンクリートの階段を三段上がった先にある扉が、僅かに開いている。間違いなくその扉の向こうから音が聞こえた。

 デリックは、恐る恐る足を進めた。扉をノックすることはせずに、ゆっくり押し開く。ギィと音をたてて開いた扉の隙間からするりと建物の中に侵入した。

 またしても、デリックを導く音が聞こえる。その音を追いかけ、デリックは部屋に押し入った。



「ランチタイムだな、スコット」


 デリックが追い求めていたそれを、優しい手つきで男が撫でている。椅子に緩く腰掛けた男の長い足の間に挟まったそれは、頭を撫でられたことがよほど嬉しいのか、何度も何度も音を奏でる。

 デリックはそれに近づいて、男に声を掛けた。


「それがオレのものを盗んだんだが、アンタが飼い主か?」

「ん?」


 ようやく侵入者に気づいた男が、デリックを見た。男の双眸に映る自分の姿を見返しながら、もう一度同じ文句を繰り返す。『それ』で目下の相手を指差した。


「スコットは俺の家族だけど、何を盗んだって?」


 それ――大型犬は、名前を呼ばれたと勘違いしたのか、わんと大きく鳴いた。パタパタと床の上で尾が揺れる。デリックの記憶が正しければ、この犬が人様の大切なものを口に銜えて逃亡を図ったのは間違いない。 犬の前で膝を折り、視線を合わせる。


「おい、オマエ。オレのもの盗って行ったろ? 盗んだよな?返せ。今すぐに」


 こちらを見ない犬に焦れて、頭を押さえて強引に向き合わせると、そこでようやく目が合った。しかし、視線を交わせたことに満足したデリックの一瞬の隙をついて、犬はデリックの手に噛み付いた。実に容赦のない一撃だ。


「いってぇ! せっかく穏便に! 話し合いで済ませてやろうとしてんのに! オレとやり合う気かよ?」


 そっちがその気ならそれでも構わない。拳を作って応戦の姿勢をとった――あっははは、と響く笑い声が聞こえるまでは。緊迫した空気を台無しにしてくれたその笑い声の主は、今まさに戦おうとしていた犬の飼い主だ。

 笑われる理由が分からない。デリックは不服な気分で男を睨む。


「いや、すまない。素敵な人だなと思って」


 言葉だけ聞けばデリックを褒めているようだが、しかし、面白いものでも見るような顔をしていては説得力がない。デリックは彼に馬鹿にされているのだろうか。


「スコッティを許してほしい。昔から収集癖があって、直らないんだ」


 噛みついてからずっとこちらを威嚇している犬――スコットは、男にぽんぽんと軽く撫でるように叩かれて尾を振った。男にはスコットを説教する気がないらしい。


「オレに噛み付いたことは許してやるが、オレのものを盗んだことは許せないな。けど、返してくれればこのまま何もせずに出て行ってもいい」


 返せと右手を差し出す。噛まれたところが赤くなっているが血は出ていない。一応、ほんの少しは手加減していたようだ。一応は。

 差し出した手に、スコットではなく男が反応した。それまで椅子から身動き一つしなかった彼は、突然立ち上がり、デリックでもスコットでもなく、玄関の扉へ視線を移す。何を見ているのか確認するより先に、デリックの耳に届いた扉が開く音。

 続く足音はまっすぐにこちらに向かって来る。ようやく振り返ったデリックは、新たな客人の姿に瞠目した。


「来てくれ」

「スコット、行くぞ」


 来客の短い一言に頷いて、男が犬を呼ぶ。颯爽と家を出ようとする彼に戸惑うしかない。

 自分で言うのもおかしいかもしれないが、得体の知れぬ侵入者がいる状況で外出するつもりだろうか。おい、と呼び止めようとした手は、来客に掴まれた。捕えられた自分の手を見て、冷や汗が背筋を流れる。来客は鋭い眼光でデリックを一瞥し、口を開いた。


「お前、新しい助手か? お前も来い。現場体験だ」

「は?」


 力強い手に引き摺られ、逆らうことも出来ずにデリックはなぜか訳の分からない二人と一匹について行くことになってしまった。




 街道に沿ったBブロックの中央に位置する建物の前に、人ごみができている。彼らが野次馬根性を惜しみなく出して見ているその場所には、立ち入り禁止のテープで境界線を作られた建物の入り口があった。その場に倒れたまま動かない男は、恐らく、絶命している。

 周辺を封鎖しているリディキュラスポリスが、立ち入り禁止区域を無視して進む三人と一匹を見て驚いている――かと思いきや、やっと来たかと歓迎ムードが漂う雰囲気にデリックは首を傾げた。一人は分かる。デリックを強引にここまで連れて来た客人は、警察官バッジをベルトに携帯していた。しかし、あとの一人と一匹に関してはまるで理由が分からない。

 一人の若い警官が、デリックを引き摺る男に駆け寄って来た。


「ファロン警部! そちらが噂の」

「ああ。そういえばお前はまだこっちに赴任してきたばかりだったか? 紹介する」


 こいつが、と指差して犬の飼い主の背中を遠慮のない力で弾いた。よろけるようにして一歩前に出た男は、警官に愛想笑いを見せる。それにしても、彼の浮かべた笑顔はかなりぎこちない。


「エリアル・テイラー。天才探偵だ」

「天才って……、ランドルは過剰評価しすぎなんだ。気にしないで」


 犬の飼い主はエリアル・テイラーと紹介された。それが彼の名前らしい。そして、警官の客人はランドル・ファロン。犬はスコット。名前を反駁してデリックは二人と一匹を見る。

 ランドルは警部で、エリアルは探偵。つまり、エリアルの足元で彼を見上げる犬は探偵犬というやつだろうか。だからこその収集癖か。そうであったとしても、盗んだものを返すまではこちらも退く気はない。

 若い警官が「お噂はかねがね!」と笑顔でエリアルを見つめている。その純粋無垢な笑顔は、残念ながら、向けた相手には届かなかった。

 エリアルは若い警官の向こうで倒れている男の遺体をじっと見つめていた。ちらりとランドルを振り返り、彼が頷いたのを確認してから男に接近する。エリアルの興味はすっかり男の遺体だけに向いているようだ。

 ランドルはエリアルの後に続くが、なぜかスコットはその場に腰――というよりはお尻だろうか――を落ち着けている。デリックは犬の傍まで足を進め、視線を下に落とす。


「よぉ、なんでオマエは行かないんだ? その鼻で犯人をつきとめられるんじゃないのか?」


 スコットに話し掛けるデリックに気づいた周囲の人間が、訝し気に二度三度とデリックを見てくる。その視線を受けてもデリックは気にしない。興味のない人間が何を思おうが自分には関係ないことだ。

 スコットの尾が、デリックの足に巻きついた。それがどういう返事なのかは分からないが、スコットが答えてくれたような気がして、デリックは少しだけ笑った。



「ランドル、死因は打撲?」

「後頭部を一撃だな。奇妙なのはこの男よりもこの場所だ」

「場所?」

「男の身元は不明。この建物の家主も今朝から行方不明。男が何の目的でこの古びたアパートに来たのか分からない。ちなみに、家主の身元を調査させたがハズレだった」


 ランドルが煩わしそうに後頭部を掻いた。


「偽名だった?」

「ああ」


 エリアルの問いに軽く頷き、ランドルが彼を建物の中に入るように促している。エリアルが中に入るのを見送ってから、彼は唐突にこちらを見た。反射的にデリックの双肩が跳ねる。この男とはなるべく関わりたくない。本能がそう告げてくるが、逃げようにも足にはスコットの尾がしっかり巻きついている。

 さてはこの探偵犬、自分を逃がさないために尾を巻きつかせたのか。喜んで損をした。デリックは溜息を吐く。


「お前も来い。現場体験だと言っただろう?」

「あ、うっす」


 逆らう気力もなく、仕方なしに促されるままデリックはスコットとともに古びたアパートの中へ足を踏み入れた。ランドルに背後をとられ、足元にはスコット。先を歩くのはエリアルだ。厄介な人間と犬に捕まってしまった気がする。


 そもそも、こんな場所からは一秒だって早く逃げたいというのに。





人生初のオリジナル長編小説で、しかも今まで一度も考えたことがなかったミステリー要素のある物語です。いろいろと至らないことばかりかと思いますが、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ