怪談 ー四人の登山家ー
ある時、四人の登山家が冬山に登りました。登頂時には良かった天候も、下山し始めるや崩れだし、たちまち吹雪になりました。四人は命からがら山小屋に辿り着きました。日は既に大きく傾き、残照の中四人は暖房器具などを探しましたが、それはおろかランタンなどの照明器具もありません。四人とも疲労困憊しており、このままゆけば四人とも凍死しかねません。
ここで、四人の脳裏にある都市伝説が浮かびました。そう、『四人の登山家』の話です。彼らと同様の状況に置かれた四人の登山家が何をしたか。
四人の登山家は、各々山小屋の四隅に陣取り、一晩中四つの隅をリレーしたのでした。移動してきた登山家に起こされ凍死を回避出来た登山家達は一晩を切り抜け、天候も回復し翌朝山小屋を後にしたのでした。しかし、下山途中で一人がある事に気付いたのです、このリレーは、五人いなければ成立しない事に…
都市伝説を思い出した四人は、他の方法で一晩を切り抜ける事にしました。一言で言えば押しくらまんじゅうです。四人が背中合わせとなって両隣と腕を組み、リーダー格の登山家の号令で立ち上がり押しくらまんじゅうをし、号令でその場に腰を下ろし小休憩を取る。これを一晩中繰り返そうというのです。もはや日も暮れ顔も見えない中、四人は押しくらまんじゅうの体勢を整え始めました。と、真ん中の空間に誰かが潜り込んでくるのが感触で判りました。四人のうち誰かが調子に乗って潜り込んだのか、とそれぞれ登山家は思いました。やがてリーダーの号令で押しくらまんじゅうが始まりました。登山家達は真ん中が誰か考えながらおざなりで押していました。疲れている為声も出しません。声の位置から、リーダー格の登山家でない事は確かなようです。真ん中の人物は、押されても声1つあげず、黙々と押されています。
やがて夜が明け、あれほど吹き荒れていた吹雪も収まり、リーダーの指示で体勢を解くと、下山の準備を開始しました。いつの間にか、真ん中の人物は抜け出していました。準備を終え、山小屋を後にした四人は、誰が真ん中にいたのか興味津々でした。誰も名乗りでないので、一人が口火を切りました。真ん中にいたの、お前だろう?いやいや、俺じゃない、お前だろう、違うよ、そっちだろう?…最初はふざけた調子であったのが、いつまでも誰も認めないので、だんだん空気が悪くなり始めました。と、考え込んでいたリーダー格の登山家が、口を開きました。
「誰か、腕を組みづらいと感じた者は居ないか?」
その質問の意図がくみ取れないながらも、三人はそんな事はなかった、と答えました。リーダーだけは真ん中にいた可能性のなかった事は、三人とも理解していました。
「そうか…そうすると、四人で腕を組んでいたんだろうなぁ」
そう呟き、自分の考えていた事を説明してくれました。
四人で腕を組んだ場合、向かい合わせの背中の間には四角形の空間が出来る筈です。それがもし真ん中に誰か入ったなら、当然空間は三角形になります。すると体積は約半分。体格の良い男が、冬山登山で着ぶくれているのですから背中にかかる圧力は大きくなる筈で、腕を組みにくいと感じる者が少なくとも二人、出てくる筈なのだ、と。
「じゃあ、真ん中にいたのは、一体誰…」
それきり会話は途切れ、四人は黙々と下山したのでした。