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出あうことのない二人、出逢う  作者: 柿ノ木コジロー
第2章 昼 ― シュンスケ・マツモト
7/18

―― 僕。まだ言ってなかったこと

 今日はありがとう、君が腕を引っ張ってくれなかったら、僕はあの世界に旅することはできなかった。今まで、絵は外側からしか観た事がなかった。それが、ああして文字通り中に入ることができるなどとは、考えたこともなかった。


 それに、音の無い世界の中でもあんなにも豊かに『感じる』ことができるのも、知らなかったんだ。


 今までの観賞を通じて読みとったものや、文献や研究書からの知識だけではみることのできない、新しい絵画との出合い方。身も心もどっぷりと浸かってしまうような、感性に応じた五感を使い分け、対象物へと寄り添うその姿勢。新しい僕が発掘されたような気持ちだった。


 僕のなかの『新しい僕』を教えてくれた君には、いくら感謝してもし足りない。

 


 これまでの僕がどんなだったか、聞いてくれるだろうか?

 

 幼い頃から、絵は確かに好きだった。描くことも、眺めることも。

 しかし僕は、他人と話をするのがどうにも下手だった。

 僕が話し出すと、遊び仲間の子どもらも周囲の大人たちも、たいていの人間が、まず無表情になって、それからうんざりしたような顔になっていくのが判った。

 人を喜ばせたいと思って、僕は更にことばを継いだ。人びとは更に、離れていった。

 

 絵を描いていれば、その間は口を閉じているだろう、と思ったのか、両親は僕に高価な画材セットを買ってくれた。

 僕は描くことに没頭した。

 描いているうちは、口を閉ざしている。周りではそれがありがたかったのだろうか。僕自身も、絵に集中している間は他の人びとを意識せずに済んだし、何よりも、描いたものに対する称賛が嬉しくて、ただ、描き続けた。


 中学になる頃には、応募した絵画のコンテストで相次いで入賞、ついに全国レベルでも受賞を果たした。

 すると、成績重視の教師も生徒たちも、手のひらを返したように僕におもねるような声をかけてきた。

 逆に僕は口数が少なくなっていった。

 僕のことを知りたければ、僕の描いたものを見ればいい。ただ、その思いだけで絵筆を動かしていった。


 高校、大学と進むにつれ、自身が描いているだけでは気が済まなくなり、あちこちの美術館に通いつめ、観られる限りの作品をみて回った。

 そして、天才と呼ばれる芸術家たちが何を思っていたのか、何を感じていたのか、何を目指そうとしていたのか、ずっと絵画作品の前に座り込み、タッチ、トーン、マチエールすべてを舐めるように凝視して読みとろうと努めた。

 実際に得た知識を裏打ちすべく、文献を読み漁った。

 理論武装が、僕の更なる自己表現の鎧となっていった。


 大学院を出てからいくつかの公立美術館勤務を経た後、僕は当時は国内に比肩するもののない規模を持つ、外資系の私立美術館に引き抜かれた。

 僕は話すべき時に話し、黙る時には黙る術を覚えた。そして、何かを表現しなければならない時には自らを最大限に、最善のかたちで示すというテクニックを完璧に習得した。


 人びとは僕のことを「天性のキュレーター」と称した。

 

 しかし実のところ、僕は、思いあがった鼻もちならない人間の屑だった。

 自分は専門分野において抜きんでて優れているし、文化的な連中の中にあっても一目置かれる存在であるし、確かに、ここに『在る』べき者だ、と。



 それが原因で、人をひとり殺してしまったのだ。

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