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出あうことのない二人、出逢う  作者: 柿ノ木コジロー
第1章 朝 ― ピエト・モンドリアン
3/18

―― 僕。水平と垂直

「ピエト・モンドリアンの絵画みたいだ」と僕は言った。


―― ピエト? モンドリアンは聞いたことあるけど、


 彼女がそう言った時、僕はその人に気づいた。しかし、ずっと会話をしていたような感覚だった。だから僕はそのまま話し続ける。


「それで一人分の名前なんだよ、新造形主義を唱えたオランダの画家。見たことないかな、ちょうどそんな絵を描いていた。他にも色々あるけど、一番有名なものはそれに近いかな」


―― そう、ケイコちゃんが絵葉書で送ってくれたのに、あった。ちょうどこんな枡目に赤と青と白、きれいなデザインで


 僕は彼女の方を向く。姿形はよく見えてこない。ぼんやりとした暗がりの中に、ミルク色のもやのような人影が浮かんでいる。表情すらみえない。それでも、一つだけ分るのは、彼女がリラックスして、こちらを向いていることだけ。


 僕は名前を尋ねた。彼女はこたえる。


―― ……です


 聞こえたのだが、はっきりと心に留まらない。それでも、聞き直すことはしなかった。

 友だちらしい『ケイコちゃん』という名前はしっかりインプットされたのに。なぜか、聞き直してはいけないという心の声がした。


 心の声に従って、僕はそのまま彼女に語る。


「モンドリアンの絵画スタイルは、当時の風潮や周囲の影響を受けて次々と変遷したんだ、でも、現在よく知られる垂直と水平とで構成された作品群が、一般的に彼の代表作と受け止められている。それらですら時代と場所とともに徐々に変化を見せてはいるけどね」


 相手の存在を感じる。しかも、聴いているようだ。

 僕は続けた。


「『デ・ステイル』に参加し、新造形主義の理論を練り上げた頃が、僕は彼の全盛期ではなかったか、と思っている。そうしてその後様々な試練や確執に悩まされながらも、自らの理論を支えに創作活動を続けていったんだろう。

 その後の作品が一般的なデザインとしても普及しているのを見ても、驚嘆する点は多い。しかし作品自体はデザインを重視したものだとよく思われているが、本人は決して、そんなつもりはなかったんだ。まさか弁当の図案にまでなるなんてね」


―― そうなんだ、


「彼はできるかぎり意識的に『一般的な美』を造形しようと努めていた。具象を分析し、そこから平面プラン律動リズムとに集中し、やがて宇宙を統べるバランスを目指し、己の作品を普遍性という高みに昇華させていったんだ。

 だから一般的な「もの」のデザイン、例えば新造形主義を椅子や建物等として実用化することに対しては違和感があったのではないだろうか。現に、ドゥースブルフがデザイン上の措置として対角線という概念を導入した時、彼らは決裂した。水平と垂直の中に自らの規範を求めていた彼にとっては、許しがたい暴挙だったのだろうね……

 ごめん、何だか初対面なのにこんな話を急に……つまらないだろう?」


―― いえ、つまらない、ということはないけど。訳が分らない。


 彼女は正直にそう言った。

 声が高くもなく、低くもない、心地よい響きで耳に届く。


―― それでも、お弁当の模様からそんなお話が聞けるなんて、ちょっと、面白いかも。

 だってその人たちは、線の引き方でケンカになったってことでしょ?


「まあ、そうばかりでもないけど……」

 というか、何となく違うかも、と僕は少し苦笑を浮かべる。

 だが彼女の声は真剣だ、ムキになっているという感じではなく、淡々としているのだが。


―― 私にとっては、同じようなものかな。ピエトさんは「縦と横だけで行こう」って言ったのにドゥー何とかさんという人が「それだけじゃあ座れねえ、使えねえんだよ」って応えて、そうしたら「使えねえって何だよ、元々オレの絵を使ってやろうたぁどういう料簡だよ」っていうケンカみたい。


「なんだか……」


 僕は笑いだしてしまった。ずっと笑いを忘れていた僕が。


「君の会話の方が真実味があるなあ」


―― そう? まあ、少し前のことだろうし、真実なんてもう誰も覚えていないのかも知れないね。


「そうだね。君の言う通りだ」




 言葉が途切れる。心地よい束の間の沈黙。



―― ところで、私たち、前にどこかで会いました?


 急に聞かれて、僕は黙りこんだ。




 そう、僕たちは、まずどこで出逢ったのだろう。

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