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掲載日:2014/09/08

 わたしが前世の記憶を思い出したのは、五歳になった時だった。


 流行り病にかかって高熱を出し、ふと気が付くと、わたしは前世の記憶――日本人だった《葉月なつみ》の記憶を思い出していた。

 前世の世界は豊かで清潔で、今とは全く違った。わたしはなつみではないけど、その知識を活用出来ないだろうかと考えた。

 熱が下がったとたん、別人のように大人びたわたしを、両親がどう思うかなんて考えもしなかった。ただ、二人の手助けがしたくて頑張った。

 頑張って、頑張ったけど――気味が悪いと、恐がられ、嫌悪され。

 ……捨てられた。


(……お腹空いた)


 父親に連れてこられたのは、街外れの貧民街、スラムだった。

 わたしは捨てられた場所に蹲ったまま、もう二日もこうしている。

 何もする気がおきなかった。ただぼんやりと膝を抱え、物陰に隠れているだけ。


(お腹空いた。……でも動きたくない)


 このままだと死んでしまう、と理性が囁くが、それすらどうでもいい。繰り返し思い出すのは、母の言葉だ。

 母はわたしに向かって言った。

 ――私の娘を返して! と。

 わたしは彼らにとって、娘の身体を乗っ取った得体の知れないナニカなのだ。化け物め、と罵しられて捨てられた。それから、わたしの中は空っぽになってしまったのだ。

 ぼんやりとしていると、ぽつぽつと水滴が落ちてきた。雨だ。


(冷たい。……でも、どうでもいい)


 わたしはそっと目を閉じた。




 次第に雨は強くなり、人影は絶えた。こんな土砂降りの中には物乞いだっていたくないのだろう。

 先ほどから身体が冷たく凍えていて震えているが、それもどうだってよかったから、わたしはまだ蹲ったままだ。行く場所もないし、帰る場所もない。

 ぼんやりとしていると、ぬかるみを走る音が聞こえてきた。


「はぁ、はぁっ、だ、誰か、助け……」


 やってきたのは中年の男だった。彼は血の滲んだ足を引きずっていた。

 いや、よく見るとあちこち怪我をしている。喧嘩だろうか。しかし、男はスラムの住人には見えない。仕立ての良さそうな服を着ていて、ちょっと小太り。ごく普通の中年男性だ。

 ならば、スラムの住人に絡まれたのだろうか。ありそうだ。

 でも、わたしにはどうすることも出来ないし、する気もおきない。ただ、ぼんやりと眺めていると。


「うがあっ!」

「!」


 男が叫んで倒れた。いきなりのことでわたしも久し振りに驚く。ぱちぱち、と何度か瞬きをして、少しだけはっきりとした頭で男を見る。男の背中に、ナイフが突き刺さっていた。


「……おや? もう終わりですか?」


 ふいに、場違いなほどのんびりとした声が聞こえた。

 雨の中、いつの間にか若い男が立っていた。


「依頼人の頼みだから、わざわざ雨の中、追い駆けっこをしてあげたのに……こんなにあっさり終わるなんて、失敗しましたね。もっと軽く投げれば良かった」


 男は倒れている中年の男に近付くと、足でつつき、何の反応もないことを確かめて溜め息を落とした。

 殺人。目の前で犯罪がおこなわれたのに、わたしはまだぼんやりとしている。なんだか現実じゃなく感じてしまうのだ。全てが、遠い。


「……おや」


 男がわたしに気付いて、軽く目を瞠った。

 殺される、と思う。目撃者なのだから。これでようやく終れるのだろうか。

 わたしは改めて男を眺めた。

 すらりとした体格で、背は高い。雨避けなのかフードを被っているせいで髪の色は良く見えない。顔はそれなりに整っているけど、なんだか作り物みたいだ。

 そして、目は金色。

 猫のように金色の目を細めて、彼はわたしに近付いてきた。


「へえ、ふぅん……うん、面白い」


 男はじろじろとわたしを眺め、小さく呟く。

 その言葉の意味を考えていると、突然抱えあげられた。

 ぎょっとして男を見上げる。すると、彼は不思議な笑みを浮かべた。


「僕は君が気に入りました。だから拾って帰ることにします。いいですね?」


 正直、なに言ってんのコイツ、と思った。だけど、わたしは投げ遣りなまま頷いた。なにも考えたくない。どうでもよかった。


「……好きにしたら」

「ええ、そうします」


 なぜか楽しげな男を眺めながら、わたしはただぼんやりとしているだけだった。


「君の名前は?」

「……ない」


 言いたくない、と首を振る。男は少し考え、またにこりと笑む。


「なら、僕がつけましょう。君の名前はラズです。――よろしく、ラズ」


 こうしてわたしは《ラズ》になった。それが七歳の時の話。今から八年近く前のことだ。




「リューイ! ちょっと起きてよ! なんでこの服こんなになってんのよ!? 仕立てたばかりなのに!」

「五月蝿いですよ、もう。僕は眠いんです。寝かせてください」

「起きてってば! 起きろー!!」


 仕立てたばかりなのにぼろぼろになっている服を片手に、わたしは再び寝入る男に怒鳴り付ける。彼の名はリューイ。八年前のあの日、わたしを拾った男である。


「……ちょっとミスったんですよ。いいじゃないですか、服くらい。また買えば」


 リューイは黒に近い紺色の髪をかき混ぜ、気だるげに愚痴る。

 この怪しげな男は、やはりやばい職業だった。暗殺、盗掘、誘拐。なんでもござれの闇の住人――だった。


「よくないっ! もう、今月も赤字なんだから、気をつけてよね!」

「はいはい」


 今、ベットで寝転がっている男は、わたしを拾ってすぐに犯罪から足を洗った。「子供の教育に良くないですよね」と真顔で言いだした時はコイツ頭沸いてんのか、と正気を疑ったものだが、リューイは本気だった。

 今、わたしとリューイはなんでも屋をやっている。情報を集めたり、護衛をしたり、たまには危ない橋も渡る。

 かたぎじゃない。でも、ぎりぎり犯罪じゃない。そんな仕事だ。


「お嬢、飯はまだですかい?」

「ラズ姉ちゃん、腹へったー」


 部屋の入り口から仲間達が声をかけてくる。リューイを叱るのに時間をかけすぎたようだ。


「僕もお腹すきました」


 けろりとした顔で起き上がるリューイに苛つくが、握った拳を振り下ろすのはこらえた。

 今、わたしは幸せだ。

 なんだかんだ言って、リューイには感謝してる。

帰る家があり、家族のように思える相手が居る。あの時の虚しさを思えば、いくら感謝してもしたりないくらいだった。

 ただひとつ、心にひっかかるのは、なぜリューイはわたしを拾ったのか――そして、大切に育ててくれたのか。そんな疑問だ。

 だけど、リューイは答えてくれない。いつもなんだかんだとはぐらかしてしまう。だから、わたしも答えを期待したわけではなかった。


「ねえ。どうしてリューイはわたしを拾ったの?」


 たんに、感謝を伝えようとして口に出した問い掛け。いつもなら、適当な言葉が返ってくるはずだった。


「……ラズ。何歳になりました?」

「なに、いきなり。……もうすぐ、十五になるけど」

「そうですか。……なら、いいですね。ラズには面白い魔力があるからですよ」

「え」


 今までに何度も問い掛けた疑問にあっさり答えられて、思考が止まった。リューイが起き上がり、タンスの引き出しから封筒を取り出す。


「魔術学校への推薦状です。今季の入学手続きは……来週までですね。明日、手続きに行きましょう」

「……え?」

「ああ、入学したら寮生活ですからね。必要な物も買い揃えましょうか」

「はい? えっと、待ってよ。……誰が、魔術学校に通うのよ」

「君ですよ。僕の養い子の、ラズ=クレインです」

「……なんでよ」

「君の魔力は変わっていて、面白いからです。十五になるまでは不安定で、まともに魔術を使えるようになるかどうかも分からなかったですけど、大丈夫そうですしね。頑張ってものにしてきて下さい」

「……ねえ」

「はい」

「……わたしを拾ったのって、それが理由? 単に魔力が変わってて、面白そうで、育ったらその魔力で魔術を使ってもらうため?」

「ええ、まあ。あ、ちょっと違いますね。僕は君の魔術は必要としていません。と言うか、君の魔力は本当に変わっていて、どんな魔術になるのかもよく分からないんですよ。だから、余計に興味がわいたというか……」


 どこまでも楽しげなリューイの姿に、頭のどこかで何かが切れた気がした。


「……んな」

「え? なんですか?」

「……ふざけんなーっ!!」

「な、なにいきなり怒っているんですか? 僕はただ……」

「五月蝿い五月蝿い! ふざけんな、わたしの感謝を返せー!!」


 ……この日、わたしとリューイは出会って以来初めての大喧嘩を繰り広げた。

 仲間達の仲裁で冷戦状態にまでは持ち直したものの、未だに溝は深い。

 だけどわたしは魔術学校に入学することにした。


「……行きたくないなら、別に、行かなくてもいいんですよ?」


 無事に魔術学校に受かって、寮に入る日の朝。珍しく早起きなリューイはそっぽを向いたままそう言った。わたしもそっぽを向いたままで答える。


「ううん、入るわ。リューイの思い通りになるのは癪だけど、魔術学校なんて滅多に行けるとこじゃないし、魔術が使えるならこの仕事ももっとやりやすくなるかも知れないし。……それに」

「……それに?」

「……なんでもない」


 わたしは椅子から立ち上がって鞄を肩に掛けた。渋い表情をしているリューイに笑みを浮かべる。


「なによ。せっかく行く気になったんだから、応援してよね」

「……無理してませんか?」

「ぜーんぜん。ほら、嫌な顔しないでよ。休みには帰ってくるし、皆の事よろしくね。仕事、無茶しないでよ? ――いってきます」


 重い雰囲気になるのが嫌で、わたしはあえて軽く別れを口にして家を出た。

 リューイが心配そうに見送る姿に笑顔で手を振る。

 それに、と最後の理由を口に出さず、心で呟く。それに……リューイが見たいと言うなら、頑張ってみるのも悪くない、と。

 だって、やっぱりリューイには感謝しているのだ。


「よし、……いくぞ」


 わたしは深呼吸をして、街でもっとも栄えている中央地区にある魔術学校へと歩き出した。



 この後、わたしの魔力や経歴を巡ってさまざまな出来事が起きたり、見た目は良いけど変な先輩に絡まれたり、可愛い同級生に「隠しキャラのくせに目立ってんじゃないわよ」と、凄まれたりする事になるのだが。

 その時のわたしはそんな事など全く予感せず、久し振りに着るスカートの違和感にばかり気をとられていたのだった。

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