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未知びきっ!  作者: メルト
3/10

(3)『小さい先輩』

 助け出されたのは、4限終了後。

 昼飯を食べに来たヤツが鍵を開けて、やっとのことで出ることができた。

 退屈で退屈で死ぬかと思ったぞ。と言うか、腹減った。腹は立ってるけど、そんなことより腹が減った。何だかんだ朝飯もろくに食えなかったしな。

 と思いつつ、教室に戻る。


麻倉(まくら)。お前どうしてたんだよ」


 教室に入るやいなや、クラスメイトに声をかけられた。

 当然ながら名前は知らない。イタリア生活が長かったせいか日常会話ならまだしも人の名前となると馴染みが無さすぎる。発音や響きがイタリアとは全く違うから、覚えられないのだ。

 それが日本に来て5年も経つ今でも悩みの種となっている俺の短所だ。このせいで人間関係がなかなか上手くいかない。


「いきなり神凪引っ張ってって、この時間までお前帰って来なかったし、フラれたとか色々噂が立ってる」


 その実、監禁されてました、いや閉め出し喰らってたって言う方が正しいか。とも言うわけにはいかないな、目立つし。


「そんなんじゃないけど、指導部の教師に見つかって、今まで隠れてたんだ……」

「うわ、結構やるな。お前」


 少し言い訳を間違えたかもしれないと思ったその時、視界に神凪の姿が映った。


「帰って来てからなんか機嫌が悪いんだよな、神凪のヤツ。お前、神凪になんかやったのか?」


 俺の視線に気づいたのか、名も知らないクラスメイトは丁寧に教えてくれて、質問までしてくださった。見りゃわかるっつーの。

 そのクラスメイトに片手を挙げて礼を言い、教室の後ろを回るようにゆっくりと歩き出す。神凪を刺激しないように、机の横にかかっているコンビニ袋をとらなきゃいけない。


 あれ? なかった。机の横には何もかかっていない。

 無意識の内に鞄か机にでも突っ込んだかと思ってさらに近づく。


 ガタン。

 しまった。椅子の足に右足が引っ掛かった。

 神凪の耳がピクッと動く。

 ゆっくりとした動作で首だけ振り向き、横目でジロリと睨んでくる。


「ふんっ」


 唇を思いきり尖らせて、そっぽを向く神凪の手には、すでに半分以上削られたメロンパンが握られていた。


「お前それッ……!」


 神凪の机には、俺が朝買ったコンビニ袋が乗っている。さらにその中身とおぼしきコーヒー牛乳の紙パックが、ストロー込みでその机の中央に鎮座している。


「俺のだろ、何食ってんだよ!!」

「目立つよヒト」

「うぐっ……」


 怯んだ隙に、残った大きな欠片を口に放り込む神凪。よくこんな小さい口でそこそこにでかいメロンパンを短時間で食えるな、とも感心したがそれ以前に食い物の恨みの方が強かった。

 とはいえ最優先事項は『目立たない』こと。どうせ数百円ぐらいだし、クラスメイトが財布を忘れて困ってたからおごってあげたと考えれば……。まあいいか、とも思える。

 よし、まだ俺はいつも通り正常だ。


「後でいいから、金は返せよ」


 そう言い捨てて、逃げるように教室を出る。飯がない(食えない理由があの自称幼馴染みの正体不明女のせいなのはおいといて)となると、購買に頼るしかない。

 足早に歩きながら、携帯を開く。

 時間を意識してはいなかったけど、昼休みが終わるまで後10分はある。

 購買が閉まるまであと5分。余裕だな。そう思いつつ、購買に到着。

 残っていた紙パックのお茶とあんパン、チョココロネをひとつずつ掴んで、おばちゃんがニコニコと営業用の笑顔を見せるカウンターにそれらを置く。そして、制服のポケットから財布を……。

 財布を……。


「良かった……」


 いつもと違って、制服の裏ポケットに財布を入れていたようで、一瞬教室に忘れたかと思った。ギャグ専門の小説じゃあるまいし、ここでそんな罠はないはずだ。


「300円だよ」

「あ、はい」


 しまったしまった。ついボーッとしてしまった。

 財布を開け、百円玉を3枚……スカスカとむなしく手に伝わる財布の生地の滑らかな手触り。

 そっかそっか、そう言えば今朝で小銭は使いきっちゃったんだった。

 そんなことも忘れるなんて、神凪のことやら午前授業完全サボりやらで少し動揺しているようだ。それにしても一円玉すら無いなんてなかなかあることじゃないよね。

 仕方ない。

 あまり崩したくはなかったが、樋口一葉さんがあったはずだ。せめて野口英世さんがあれば良かったのにな。一葉さんじゃお釣りを用意するのも少し面倒だろうけど、おばちゃんに頑張ってもら……。

 カサッと手に触れるのは、乾いた紙の触感。しかし紙幣特有のざらざら感がない。

 色は白。どうやらメモ帳の切れ端のようだ。綺麗に四つ折りに畳まれている白い紙を、開く。

 そして目に映る『お買い物のお金がないから樋口借りるね! 母より♪』の文字。俺の一葉さんはとっくに誘拐されていたということだ。

 今さらため息を吐く気にもなれない。


「すいません……お金がなくて……」


 カウンターに置いてあるパンと紙パックを掴み、かごに戻す。

 俺の昼食が……。

 麻倉陽人(まくらひと)。現在文字通り、一文無し。

 さすが購買のおばちゃんだ。金が無い奴とわかっても、営業スマイルが微塵も崩れない。恐るべし、購買のおばちゃん。


「そりゃ残念だったね。じゃあそろそろ時間になっちまうし、閉めるとするよ。本当にいいかい?」

「はい……」


 今から教室の誰かに借りに行って、戻ってきても既に閉まる時間だ。間に合うわけがないだろう。

 俺の目の前で、ガラガラと音を立てながら無慈悲に閉まる購買部シャッター。

 この時、昼飯抜きが確定した。


 とんとん。

 肩を叩かれた。


「お金……」


 振り返ると、そこには小柄な女子が立っていた。前髪が目にかかって、制服の袖から手が出ていない。しかし、学年章を見るとどうやら上級生のようだった。


「え、何?」

「お金……貸してあげる」


 そう言って手、もとい袖を目の前につき出してきた。勢いに押されて手を出すと、近づいてきた袖がパッと開き、チャリチャリと音を立てて、俺の手のひらに硬貨が落ちてきた。

 慌てて拳を握り、そして開く。

 その手の中には百円玉4枚。

 まだおばちゃんも開けてくれるだろう。そう思うと、この幸運だか親切だかに素直に感謝するべきだろう。


「ありがとうございます。でも300円でいいです。1枚お返ししま――」

「いいの。その1枚は使わないで……絶対に使わないで必ず持ってて」


 言葉を遮られただけでなく、次の言葉すら続かなかった。


「買わないの?」

「あ、はい。ありがとうございます!」


 シャッターを軽く叩くと、少しの間の後にシャッターが再び開いた。その向こうにはさっきと全く同じ笑顔のおばちゃんが立っていた。


「思ったより早かったじゃないか」


 どうやら待っていてくれたようだ。胸のネームプレートには『牧田』と書いてある。覚えておこう。親切ないい人だ。

 さっき選んで戻したものを、もう一度手に取ってカウンターに乗せる。


「300円だよ」


 さっきと同じ台詞で全く変わらない笑顔で、おばちゃんは差し出した百円玉三枚を受け取った。


「毎度あり」


 ニッと笑ってレジに硬貨を入れるおばちゃんにありがとうございます、と言って半開きのシャッターから外に出る。


「買えたようで良かった……」


 彼女はまだそこに立っていた。


「あ、ありがとうございます」


 もう一度礼を言って、今度は軽く頭を下げる。感謝するべきは必ず感謝する。そしてそれを態度で示す。それは礼儀であり、普通のことなのだから。


「何度も感謝を言葉に表されるほど大したことはしてないから」


 気が弱そうなのに、はっきりとものを言う、今までに会ったことの無いタイプだ。


「それじゃあね」


 彼女は小さく手を上げて、俺に背を向けて歩き出す。


「あ、先輩。名前とクラス教えてください。今度返しに行きます」


 その言葉に、彼女は振り返った。口をポカンと開いて、驚いたように口に手を当てて。

 そして、彼女は微笑んだ。


「2年D組、蓮池奏(はすいけかなで)。植物の『蓮』に水の『池』、音楽を奏でるの『奏』って書くの。それじゃあね。1年B組麻倉陽人(まくらひと)くん」


 彼女、蓮池先輩は小さく手を振って、再び背を向け、歩き始めた。


蓮池奏(はすいけかなで)先輩か……。うん、たぶん覚えた。たぶん大丈夫」


 後でノートのページを破って、忘れないように何度も書こう。

 腕時計を見る。気がつくと後2分で授業が始まってしまう時間だった。


「やばっ……」


 急ぎ足から走り出す。さすがに午後の授業まで食い込むのはまずいから、たぶん教室に着いたらこのパンもお茶で流し込むことになるが仕方がない。ただでさえ不本意とは言え午前中の授業をサボっていたのだ。既に手遅れな気もするが、これ以上の悪印象は避けたい。


「そう言えば、なんで先輩が俺の名前知ってたんだろう……」

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