(1)『普通過ぎて飽きの来る朝(だったはずなのに)』
面倒な話をまとめてすっ飛ばして、簡潔にわかりやすく言わせてもらおう。
目覚めたら隣に女の子が寝ていた。
俺の名前は麻倉陽人。
性格は普通……とは言いたくない。
別に何かある訳じゃないけれど、16年という短い人生経験の中で『性格は普通』なんて言う奴に巡り会ったことがない。いたとしてもそんな他から外れた自己紹介をする奴はまともとは思えない。どちらかと言えば『異常』の部類に入るだろう。
だからって自分の性格を事細かに説明するほどナルシストでもないし、はっきり言ってそんなボキャブラリーを持ち合わせていないので、『穏健派の平和愛好家』とでも言っておこう。厄介なトラブルに関わりたくないし、できることなら目立ちたくない。
誰だ今、『ヘタレ』っつったの。
って言いたいところだけど、どう取り繕ってもやっぱり『ヘタレ』なんだろう。もちろん否定はしないけれど、肯定をしたい訳でもない。
要するに、こんな俺でも治したいと思うほど情けないってことだ。
治すための何かを行動に移せる度胸すらない。
こうして振り返ってみると涙すら出てくるね。憐れすぎて。
とまぁ鬱になりそうなので俺の性格についての話はここで打ち切ることにする。
頼むから、わざわざ掘り返すような真似はしないでくれ。
次は俺の周囲の環境についてだ。
家は普通の一軒家で、家族構成も両親・俺とこれまた見事な核家族。
父さんは何かの鑑定士(前に聞いた時に興味がなくなったのか、覚えてない上に再び聞く気すら起こらない)で、母さんは普通の専業主婦という奴だ。
何処にでもありそうな一般家庭。
俺の友達勢の家族の方がよっぽどキワモノ揃いだと思う。ま、それは置いといて。
現在高校1年生。
家の近くという理由で選んだから別に何の思い入れもないまま、今年入学した私立道標高校。
皆が皆『どうこう』と呼んでいるから間違われ気味だが、『みちしるべ』高校であり『どうひょう』ではない。いかん、また話が逸れた。
成績は中の上、平均よりちょっと上、ぐらいで目立つわけでもない。
高校生活に慣れてくる一学期末の今、クラスでの立ち位置は『ちょっと口数の少ないクラスメイト』ぐらいじゃないかと思う。帰宅部で、これと言った趣味も無く、平凡な高校生の1人だ。
健全な男子高校生だ。
そして、現実に目を向ける。
「な、な、な……」
寝る前には俺自身だけが使っていたはずの掛け布団から、頭だけを出している女の子の顔はまったく知らない顔だった。
長い黒髪がその首筋を這ってベッドの下の方に垂れ、きめ細かい肌の整った顔は小さな卵型。驚くほどすっと通った鼻筋、微かに艶めく桜色の唇。
呼吸を忘れるぐらいに……。
「いや、えっ? ちょっ……」
気が動転していた。
昨日はもちろん普通に1人で寝た。
それなのに目を覚ますと、こんな可愛い女の子が隣で寝ている。
「ん……ぅ……」
「うわっ……!」
やばい、目覚ましたっ。
思わず飛び退いたものの元々いたのはベッドの上、当然伸ばした右手を突けるような場所もなく、そのまま床に落下した。
ドカッ。
「っぐあっ……!」
骨がきしむ。激痛が右手から肘、肩にかけて駆け抜ける。
一瞬だけの痛みではなく、ズキズキとする痛みが身体中に浸透していく。
たぶん長続きする。というか骨大丈夫かな……。
「う……ん……?」
視界から除かれたベッドの上から女の子の声が聞こえてくる。
「おはよう、ヒト……あれ? ヒト?」
数秒の後、予想通りベッドの上から顔を出す女の子。
ぱっちりと開かれた瞳の色は綺麗なエメラルドグリーンで眩しいほどの光を放っている。
黒髪と瞳の色が合っていないのは何かのハーフだからだろうか。
「おはよう」
「誰だお前」
「まあまあ気にしない気にしない。ヒトの寝起きが悪いのも、いつものことだしね。ところでそこで何やってんの?」
頭が下のままでいるのも身体に悪いと思って、大人しくベッドから落ちて横に倒れ、頭をくらっとさせながら、なんとか姿勢を直して座る。
その間に、女の子の方はベッドから這い出していた。どうやら予想に反して服は着ているようだ。
良かった良かった。ほっとした。
ほっとしたところで。
「誰だお前! 何で俺の部屋にいるんだよ! しかも何で俺のベッドで寝てんだよ!」
俺が疑問を直接的にぶつけると、女の子は首をかしげた。
「ん、ん~? 寝ぼけてるにしてはテンション高いねぇ。何で怒ってるのさ、ヒトらしくないよ」
下唇に人差し指を添えて、思案顔になる女の子。
「あれれ? もしかしてこの奇跡さんにどぎまぎしちゃったとか?」
「いや、その前にお前は誰だよ」
右手をシュビッと前に出しつつ、ツッコミを決行。もちろんどぎまぎを否定はしない。女の子相手に『動揺』と『どぎまぎ』は同義だ。文語か口語かの違いだけの。
「いい加減にしないと怒るよ、ヒト」
それ以前に怒って出ていってしまった。
「いや、本当に誰だよ……」
階段をドタドタと駆け下りる音が聞こえてくる。
怒らせるつもりはなかったんだが、と理不尽に覚える罪悪感。
別に俺悪くないじゃん、と思っても本人は既にいない。
はーっ、とため息をついて立ち上がる。
そして、部屋を出て、階段を降り、両親が朝御飯を摂っているだろうリビングへ。
ガチャリ。
「母さん、なんか俺の部屋に変な女が、何やってんだよ!」
リビングは修羅場になっていた。
より正確に状況を描写するなら、先ほど『普通の』と紹介したはずの母さんがリビングで薙刀を振り回していた。
「あ、おはよう。ヒッくん」
「『あ、おはよう』じゃねーよ! 俺の説明をいきなり嘘にしてくれやがったな!」
こんな奴が普通に見えるわけがない!
「なに朝っぱらから訳のわからないこと言ってんのよ。何か変な物でも食べた?」
「アンタの作る飯が変な物ならその通りだよ! それに訳わかんないのはアンタの方だ! 何があったんだよ!」
何で今朝に限って普通がどんどん壊されるんだ。
「『黒の悪魔』が出たのよ。今はそれを退治してるとこ。お願いだから母さんの邪魔しないでね」
「うん、わかったから普通にゴキブリって言えよ。電波だと思われるぞ」
「電波……って何よそれ。またネット用語とかやめてよね。母さんがその辺に疎いの知ってるでしょう」
「これってそんなんだったか……? まあいいや、俺の朝飯は?」
「『黒の悪魔』が落ちたから捨てたわよそんなもの」
「あの悪魔がああぁぁぁぁっ!」
ちょこっと悪ノリしたけど普通なんですよ、いつもはもっと普通なんですよ。
いや違うな。最悪、俺の朝飯はどうでもいい。学校に着く前にコンビニに寄ればいい話だ。
「俺の部屋に変な女がいた」
「変な女って何を訳のわかんない……。どうせまた奇跡ちゃんでしょ」
怪訝そう、と言うか未確認生物を見るような目で見られた。
「奇跡ちゃん……って誰だよ……」
「何言ってんのよ。神凪奇跡ちゃん。幼馴染みであんなに仲良かったのに。なになに? 喧嘩でもしたの?」
「神凪奇跡? 知らねえよ」
「馬鹿なこと言ってないで早く学校行ってよ。邪魔なんだから、そこ!」
ドスッ。
ゴキブリがいたのかソファーに薙刀が食い込んで、布地が裂けた。
一応木製だから真剣ほど危険ではないが、高校時代薙刀を習っていたと言う母さんの一撃は薙刀のステータスをたぶん2、3倍に高める。
帰ってくる頃にリビングがボロボロなんてやだなぁとか思いつつ、大人しく2階に上がり、制服に着替えて家を出た。
あの母さんもいつもは普通なんだ。
今日はちょっと、何か変な物でも食べたか、もしくは機嫌がいい時に、ゴキブリ(母さんはよく『黒の悪魔』と言うが、なぜ思いついたのかは不明)を見たせいで逆にテンションが上がってるかのどちらかだ。
「っつーか、結局朝のは何なんだ?」
さっきからこの事しか考えていないが、インパクトが強すぎたのと単に暇なのが理由だ。
と言うかあれを気にしない人間なんていない。
コンビニで朝飯を購入し、予鈴直前に道標高校の校門を通過。なんとか本鈴前に着席できた。