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私と健太 〜side美希〜

気が付くと、そこは病院のベットの上だった。


既に、太陽は西に傾き始めていた。


「…。」


自分の置かれている状況を理解するのに、少し時間がかかる。


ベットの横を見ると、制服姿の少年が本を読んでいる。


「あっ、健太?」


「おっ、気が付いたか?急に倒れるんじゃねぇよ、びっくりするだろ!」


この少年は私の息子。


今年、高校生になったばかり。


「私、倒れたの?」


「ああ、過労だってよ。無理すんなって言っただろ!」


「ごめん…。」


「気が付いたなら、先生呼んで来る。」


病室を出て行く健太の背中を、ぼんやり見ている私。




私は、まだ三十歳を超えたばかりだが、高校生になる息子がいる。


私が十代で生んだ息子…、ではない。


彼の本当の親は、私の兄夫婦だ。




私達兄妹の両親は、私が中校生の時、相次いで亡くなった。


私達兄妹には、他に身寄りがない。


私は高校には行かず、働こうとした。


「心配するな。高校ぐらい俺が行かせてやる。大学だって行かせてやる。お前は、俺と違って頭がいいんだから。お前の面倒を見るくらい、わけないよ。」


少し歳が離れており、既に働き始めていた兄は、半ば強引に私を高校に行かせる。


大学には行くつもりはなく、手に職をつけるつもりだった。


元々、髪をいじるのが好きだった私は、美容師に興味があった。


ある時、高校の担任にそのことをポロリと漏らしてしまう。


すると、兄はどこからか聞きつけ、美容師の専門学校のパンフレットを私に見せてきた。


これ以上、兄に迷惑を掛けるわけにはいかないと思ったが…。


結局、専門学校へ行った私は、卒業後、今の美容室に勤め始めた。


ここまでなんとか辿り着き、私は実家を出て自立を考え始めた矢先、兄夫婦は呆気なくいなくなってしまう…。




兄は、両親が亡くなった後、すぐに結婚した。


義姉は優しい人で、実の姉が出来たみたいで嬉しかった。


私が高校一年の時、兄夫婦に子供が生まれる。


それが、健太だ。


彼等は、自分達の子供の他に私も抱え、生活は決して楽なはずはなかったが…。




そして…、健太が小学生になる直前、兄夫婦は、交通事故で呆気なく亡くなってしまった。


一緒に車に乗っていた健太だけは、一命を取り留める。


軽い後遺症は残ったが、命に別状はなかった。


少し左腕が不自由なだけの、軽い後遺症。


健太を施設に預けるという選択肢もあったが、私はそうしなかった。


『自分の手で立派に育ててみせる』、という変なプライドがそうさせた。


それが、専門学校まで行かせて貰った兄に対する、恩返しだと思ったから。




しかし、二十歳そこそこの小娘が、小学生の子供を一人で育てることが出来るほど、世間は甘くないということは、すぐに思い知らされる。


幸い、両親が残してくれた家があったから、住む所には困らなかった。


しかし、私の給料では食べていくのがやっとの状態。


一番の問題は、健太に関する事。


彼は、一度も私に言ったことはないが、家庭の事情の事で色々辛い思いもしているはず。


私に対する風当たりなら大した問題ではないが、健太に関することには心を痛めた。




健太は私のことを、『美希さん』と呼ぶ。


戸籍上の母親は私になっているが、実母は他にいるのだから、当たり前と言えば当たり前。


思春期真っ只中の現在は、『美希さん』と呼んでくれることすら稀で、『オイ』とか『アンタ』で済まされることも多い。


私自身も、『お母さん』と呼ばれたい訳ではないので、特に気にはならない。


せめて名前では呼んで欲しいが…。


そんな健太だが、周囲には私のことを自分の親だと話しているようだ。


まだ小学生だった頃、彼の友達が遊びに来た時、


「健太君のお母さん。」


とその友達に呼ばれた事がある。


「えっ?あぁ、私か。」


すぐに自分のことだと、認識出来なかった。


「今日、お母さんって呼ばれちゃった!」


嬉しそうに健太に話す私。


「何を当たり前のことで喜んでるんだよ!気持ち悪いなぁ…。」


照れ臭さを隠し、ぶっきらぼうに答える彼を、単純に可愛いと思った。


自分のお腹を痛めた子供じゃなくても、母性は目醒めるものらしい。


つい最近、二人で近所のスーパーで買い物していた時にも、


「あら、姉弟で買い物ですか?仲が良いのね。」


見知らぬおばさんに、声を掛けられた。


「姉弟だって!私もまだまだイケるね。」


「母親のくせに気持ち悪いこと言うなよ…。」


冷たく返す健太だったが…。


その言葉が、私を更に喜ばせたことに、彼は気付いていない。




健太を引き取ってから、既に十年になるが、その間、自分を顧みる余裕は全くなかった。


職業上、外見にはある程度、気を使ってはいたが、同世代の女性のように、恋を探し彷徨ったり、恋人と遊んだり、ましてや結婚する余裕など全くなかった。


自分の境遇に涙する時間すら…。


気が付けば三十歳を過ぎ、私はもう結婚する事はないだろうと思っている。


言い寄ってくる男がいないでもないが、私の複雑な事情を知ると、大概の男は離れていっていまう。


「美希さんは結婚しないのか?」


ある日、健太が聞いてきた。


「この歳じゃ、もう無理じゃないかなぁ。それに、私は結婚願望があるわけじゃないし。」


「…俺の…、所為じゃないのか…?」


やっぱり、健太はそれを気にしていたのか…。


「健太は関係ない。私だって結婚したくなればするし。でも、相手を見つける事から始めないといけないけどね。」


彼に余計な心配を掛けたくない私は、少し嘘をついた。


「別に結婚出来ないなら、それでいいんじゃねぇの。あと三年もすれば俺も働き始めるし、美希さん一人ぐらい、面倒見るのなんてわけないよ。」


その言葉に、涙が出そうになった。


兄が私に言った事と、同じ事を健太も言ったから…。


「あんたは世間を甘く見てる。大学には行ったほうがいいよ。その方が、後々差が出てくるんだから。健太は頭がいいんだから勿体ないでしょ?」


気が付けば、私も兄に言われた事と、同じ事を言っていた。


「うーん…、もう少し考えてみるけど…。」


「お金は心配する必要ないからね。私も貯蓄ぐらいあるし、おじいちゃんとおばあちゃんも、出してくれるって言ってるから。」




『おじいちゃん』、『おばあちゃん』とは、私の祖父母ではない。


健太の祖父母、つまり義姉の父母のこと。


世間知らずの小娘が、ここまで彼を育てる事が出来たのは、この祖父母のおかげ。


少し離れた所に住んでいるが、時々、健太を連れて顔を見せに行く。


健太にとっては血の繋がりのある肉親だが、私は、はっきり言って赤の他人だ。


そんな私達親子を、何かと助けてくれる。


「うちで健太の面倒を見てもいいんだよ。勿論、美希ちゃんも一緒に。」


「大丈夫です。まだ頑張れますから。」


この人達の前で、私はいつも強がってみせる。


彼等の中に、赤の他人である私が入り込む訳にはいかない、という意地みたいなものだ。


そんな私の心を知ってか知らずか、


「お金ならいつでも出すから遠慮なく言ってね。」


「はい…。」


先立つものは…、こればかりは仕方ない。


健太を私が引き取ることになった時、彼等は最後まで自分達が引き取ると言って引かなかった。


最後は健太が、


「この家を離れたくない。」


と言ったことで決着がついた。


その代わり、金銭面は祖父母である彼等が援助する、という条件付きで。


健太の高校進学の費用も出して貰った。


全部、自分でなんとかした兄みたいに、私はなれなかった…。







「今日は入院してもらう事になるけど、明日、検査結果が問題なければ、退院してもらって結構です。それから、二、三日は自宅で安静にして下さい。」


「分かりました。ありがとうございます。」


医師の診断結果を聞いてホッとしたが…、余計な出費が…。




「そういえば、美希さんが寝てる時、美容室の店長が来たよ。」


一旦、家に戻る健太が、帰り際に言った。


「何か言ってた?」


「何かめちゃめちゃ恐縮してたよ。『働かせ過ぎて申し訳ない』って。一週間は休めってよ。」


「そんなに休みいらないのに。…あんた…、また余計な事を言ってないでしょうね?」


「『また』ってなんだよ!何も言ってねえよ。」


「ならいいけど…。」


「じゃあ、着替え取ってくるから。」


「気を付けてね。」


「ちゃんと寝てろよ。」


あの小さかった健太が、よくぞここまで大きくなったものだ。


健太の後ろ姿は、私の兄にそっくりだった。








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