あれから私達は 〜side美希〜
私と孝平君は、健太の高校卒業を機に結婚した。
孝平君は、こんな私のどこが良かったのだろう?
一番不安だった、私の複雑な家庭事情は、結婚の障害にはならなかった。
健太を連れて、孝平君の家に挨拶に行った時、健太を見た義父母は、流石に少し驚いていたが、反対はされなかった。
健太の祖父母は、私の結婚を、自分の娘の事のように喜んでくれた。
結婚した私は、有馬美希となったが、健太は坂下健太のまま。
健太はどちらでも良かったみたいだが、私が『坂下の姓』を名乗らせたかった。
健太は大学に進学し、この家を出ようとしたが、私はそれを引き留める。
両親が残してくれたこの家は、兄が引き継ぎ、本来、健太に引き継がれるべき家。
健太の後見人みたいな存在の私は、彼を養育する為に、この家を必要な期間だけ借りていたに過ぎない。
健太が成人すれば、返すのが筋だ。
ましてや、私は有馬美希となったのだから…。
…というのは、表向きの理由。
私が、健太と離れたくなかったのが本音。
結婚の翌年には、私と孝平君の間にも、息子が生まれる。
健太の『弟』、優太だ。
正真正銘、母親となった私だったが…。
健太は、優太の面倒をよく見てくれた。
私は産休をもらった後、仕事に復帰した為、健太には本当に助けられた。
子育ての経験があるから大丈夫だと思っていたが、健太を引き取ったのは、彼が六歳の頃だった事を忘れていた。
私は、六歳未満の子供を育てるのは初めてで、四苦八苦した。
そんな私達親子は、このまま、ずっと一緒にいるものだと思っていた…。
健太と友美ちゃんは、大学生になっても、変わらず恋人同士だった。
友美ちゃんは短大に行き、花嫁修業をしたらしい。
私みたいなお母さんになりたい、と言っている。
私の真似をしたら、運がよくないと、子供はちゃんと育たないと思うのだが…。
健太は教員採用試験に受かり、高校の先生になる。
そして…。
健太が、学校の先生になってしばらく経った頃、彼等に話があると言われる。
直感的に、二人は結婚するんだな、と思った。
知らない女の子と結婚するわけじゃないし、彼等が学生の頃から、将来、二人が結婚する事は容易に想像出来ていたから、淋しくは無かった。
来るべき日の為に、心の準備もしていたから…。
しかし、彼等の話は、私の想像と少し違っていた。
結婚という事に関しては、想像通りだったが、家を出て二人で暮らすと言い出した。
私は、最もな理由を並べて彼等を引き留め、一緒に住もうと言ったが、今回、健太は引かなかった。
『この家は健太のもの』という切り札は、
「しばらく、美希さん達に貸しておいてやるよ。」
と言って、取り合って貰えなかった。
「大学生になった時は、金銭的な理由もあったから諦めたけど、今は、自分達の稼ぎでやっていけるようになったから。」
私にはこれ以上、彼等を引き留める術が無かった…。
もし、孝平君も優太もいなかったら、私は淋しさからどうにかなってしまっていただろう。
逆に、私が結婚していなければ、健太は家を出て行かなかったかも知れない。
いずれにしても、私の心には、大きな穴がぽっかりと開いてしまった。
健太には、私が必要だったのではなく、私自身に健太が必要だった事にようやく気付く。
この時、初めて、自分の境遇に涙した。
健太が、私の『息子』になって、はや二十年が経つ。
早くに両親を失うという、似たような境遇を持つ私と健太。
実の親子ではない私達。
しかし、健太は私の『息子』であり、六歳になる優太の『兄』である。
私にはもうすぐ、もう一人、子供が生まれるが、私の最初の子供は健太である。
実家を出た後も、度々、友美ちゃんを連れて、顔を見せに来る健太。
今日も、もうすぐやって来る。
何やら報告があるらしいが…。
子供でも出来たか?
もしそうなら、私の『三人目』の子供は、私の『孫』と同じ歳になる。
私は昔を思い出しながら、長男の帰宅を待ちわびている。