健太と友美ちゃん 〜side美希〜
「ただいま!…?」
その日、仕事から帰ると、健太の物とは違う靴が玄関にあった。
女の子の靴だ。
心当たりは一人しかいないが…。
「おかえりなさい、美希さん。お邪魔してます。」
やっぱり、友美ちゃんだった。
「あっ、いらっしゃい…。」
居間のテーブルには、勉強道具が置いてある。
二人で勉強してたんだよね…?
「おお、おかえり。今日、友美もうちでご飯を食べてくから。もうすぐ出来るよ。」
いつもと変わりがない健太。
「ああ、そう…。」
私は二人を見て、不安感に襲われた。
友美ちゃんは、制服姿だったから、学校が終わってそのまま来たんだよね?
私が帰って来るまで三時間弱、二人きりって事だよね?
年頃の二人を、そんなに長い時間、二人だけにして大丈夫だったのか?
二人がまだ小さかった頃は、危ないから二人きりにする事はしなかった。
少し大きくなってからは、友美ちゃんがうちに来る時は、健太じゃなく私に用事がある事が多かった。
二人が付き合い始めたこれからは、今日みたいな状況になる場合が多くなってしまう。
これは、一度、釘をさしておく必要があるかも…。
間違いが起こる前に…。
まったく、どういうつもりだったのよ、健太は!
友美ちゃんも、無防備過ぎるでしょ!
何だか、苛立ちが抑えられない。
「健太、ちょっと話があるからこっち来なさい!」
私の言葉には、苛立ちが含まれていた。
「…?なんだよ、もうすぐご飯出来るぞ!食べながらでいいだろ?」
「いいから、こっちに座りなさい!友美ちゃんも一緒に。」
「…?」
私の苛立ちは、友美ちゃんにも、伝わってしまったかも知れない。
「あなた達は、付き合ってるという事でいいんだよね?」
「そうだけど…?」
「はい…?」
怪訝そうな顔で返事をする二人。
「状況からして、勉強していたであろう事は分かるわよ。でもね、あなた達は、もう子供じゃないのよ。」
「なんだよ、子供って言ったり、そうじゃないって言ったり!」
「私が言いたいのは、精神的にはまだ子供でも、体は大人だという事。」
「…?」
意味がよく分かっていない健太に対し…、
「…!」
友美ちゃんは分かったようだ。
「恋人同士が二人きりでいると…、何か…変な空気っていうか…、気分になるかも知れないでしょ…。」
「ば、馬鹿じゃねぇの!俺達は、まだそんな段階じゃねぇよ!」
ようやく健太も分かったようだ。
「『まだ』って事は、いずれそうなる事もあるって事でしょ?」
「…!」
「…。」
二人共、顔を赤くして俯いてしまった。
「もし二人に、何か問題が起きた時、それを解決する事は、あなた達だけではまだ無理でしょ?」
「「…。」」
「だから、今はまだ、私や春子さんが目の届く所で行動して欲しいの。」
「それだと、友美と二人で遊びに行く事が出来ないじゃねぇか!」
「そういう事を言っているんじゃないの。二人きりでいるなとは言わない。要は、一時の感情に流されず、よく考えて行動しなさいという事。」
「「…。」」
「自分で責任が取れる取れないに関わらず、周りからは、自分の行動に責任を取らなければいけない年齢になったと、認識されているという事を覚えておいて欲しいの。」
上手く伝わったかどうか不安だったが…。
「美希さんが言いたい事は、何となく分かりました。今度から気を付けます。」
「ごめんね、こんな事を言って。春子さんにも迷惑を掛けちゃうかも知れないし…。」
「うちの母は大丈夫ですよ。」
イマイチ納得がいかない表情の健太に対し、友美ちゃんは分かってくれたようで安心した。
我ながら、自分勝手な事を言っているのは分かってる。
要は、自分がいない間に、我が家で問題が起こって欲しくないだけ。
私の目が届かない所で、よその家の女の子が傷付いてしまった時、私が責任を取りたくないだけ。
現在の状況は、私と健太だけの問題ではなくなってきている。
もし間違いが起きた時、周囲を巻き込んでしまうのだから。
しかし、私が苛立っていた理由はこれじゃない。
健太を友美ちゃんにとられるのが、単純に嫌だったから。
私もいい加減、子離れしないといけない。
健太は『マザコン』らしいが、私の場合は何て言うんだろう?
二、三日後の私が休みの日に、出来れば今は会いたくない春子さんが家に来た。
嫌いなわけでは勿論なくて、色々難しい問題があるから…。
「聞いたよ、美希ちゃん!彼氏が出来たんだって?」
春子さんはいきなり核心を突いてきた。
「彼氏っていうか…、友達っていうか…。」
「照れなくてもいいじゃない、喜ばしい事なんだから。結婚するの?」
春子さんは、悪い人じゃない事は分かっているんだけど…。
「まだ、先の事は分かりませんよ。」
「そんなにゆっくり構えてる場合じゃ、ないんじゃないの?美希ちゃんもいい年なんだから。」
何とか話題を逸らさなければ…。
「そういえば、うちの健太が、友美ちゃんと付き合ってるとか。」
「そうらしいのよ!健太君なら大歓迎よ!うちの娘には、勿体ないくらいの男の子だから。」
私の知ってる健太は、そんなに大した男じゃないんだけど…。
「この前、二人にちょっと言い過ぎちゃったかも知れなくて…。」
春子さんは、友美ちゃんから何か聞いただろうか?
「私は、健太君も友美も信用してるから大丈夫。二人共、しっかりしてるし、ちゃんと考えて行動してると思うよ。」
「そうだといいんですが…。何かあった時、傷付くのは友美ちゃんの方だから、気になって…。」
「例え何かあっても、友美はちゃんと考えた上での行動だと思うし、健太君は逃げたりしないから大丈夫よ。」
どうやら健太の評価は、私と他の人で、随分と差があるらしい。
最近は特に…。