奇妙なWデート 〜side美希〜
「『息子に会わせてくれ』って言ってた事なんだけど…。」
孝平君に聞くかどうか迷っていたが、聞かないと先に進まないと思った私。
「息子さん…、何て言ってました?」
不安そうな彼の顔。
「それが…、難しい問題が出来て…。」
「そうですか…。やっぱり…。」
彼は少し勘違いをしたようだ。
「えーと、孝平君が考えている事とは、違う問題だと思うんだけど…。」
「…?」
「孝平君には会ってもいいと言ってるんだけど…。」
「僕に直接会って、反対したいという事ですか?」
「そうじゃなくて…、反対ではないみたいなんだけど…。」
「良かった…。じゃあ、問題ないじゃないですか?」
「健太がね…、『健太』って息子の名前なんだけど…。自分の『彼女』も一緒でもいいか、と言い出して…。」
「『彼女』って、恋人の事ですか?最近の子供って進んでるんですね。」
「ん?」
彼は、まだ何か勘違いしているような…。
「僕は構いませんよ。健太君も、自分一人じゃ不安なんでしょ。」
「本当にいいの?」
「大丈夫ですよ。何処に行きましょうか?遊園地とかがいいかな?」
「そういう所に行きたいタイプじゃないと思うんだけど…。」
「水族館とかは、どうですか?今は、大人も子供も楽しめるって言いますし。」
「そう言えば、昔、健太と二人で行った事あるなぁ。」
「息子さんの意見も聞いておいて下さいね。」
「うん、分かった…。」
何かおかしな事になってきたような…。
昔、健太を引き取ったばかりの頃、ふさぎがちだった健太を元気付けようと、水族館に連れて行った事を思い出した。
あの時、健太は私の手や服を片時も離さなかった。
同世代の子供達が、元気にはしゃぎ回る中、小さな手は私を離さなかった。
健太は、もう頼れる人は私しかいないと、幼心に感じていたのかも知れない。
生きて行く為の本能が、そうさせたのかも知れない。
例え本能がそうさせただけだとしても、私には充分だった。
その小さな手は、私の決意を揺るぎないものにしてくれた。
何があっても、この子だけは私が守るという、世間知らずの小娘の決意を…。
そして当日…。
「彼が、友達?の有馬孝平君。」
「どうも…。」
「初めまして。」
何故か三人共、唖然としている。
初対面だからなのかな?
「それで、この少年が健太で、そっちの女の子が健太の彼女で、竹内友美ちゃん。」
「…、息子さんって…、こんなに大きい子だったんですか?」
健太と友美ちゃんを見て、唖然としていた孝平君が、ようやく口を開く。
「…?どういう事?」
「小学生ぐらいの男の子かと思っていました…。彼なら、彼女の一人や二人いて当たり前ですよね…。」
「あれ?言ってなかった?」
健太は私を見て呆れている…。
言ってあると思ったんだけど…。
「ところで…、孝平さんは、独身ですよね?」
バシッ!
「痛っ!」
思わず、手が出てしまった。
あれほど注意したのに、健太の奴…。
最初は少し驚いていた健太だったが、時折、笑顔を見せている。
もっと、無愛想に振る舞うと思っていただけに、意外だった。
孝平君を気に入ってくれたと思ってもいいのか…、それとも…。
健太の感情は、表に出ているものと違う場合が多いからなぁ…。
私と孝平君は、まだ少しぎこちない感じがするのに対し、健太と友美ちゃんは妙にしっくりしていりように見える。
長年連れ添った夫婦のように…。
それを見ていた私は、寂しさを感じると同時に、羨ましくもあった。
健太はこれから先、こうして私の下を離れて行くんだろうな…。
私と孝平君は、健太と友美ちゃんのようになれるだろうか?
正式に恋人同士になったわけじゃないのに、私も気が早い…。
それにしても、友美ちゃんは、健太のどこがいいのだろう?
「ちょっと、お土産見て来てもいい?」
「あっ、私も行きます。」
「じゃあ僕は、あそこで待ってますよ。」
「健太はどうする?」
「俺も待ってる。」
健太と孝平君を、二人だけにするのは少し怖かったが、健太を信じる事にした。
健太はもう、子供じゃないんだし、大丈夫だろう…。
「ねぇ、美希さん。孝平さんっていい人ですね。それに、カッコいいし。」
「そう…かな?」
友美ちゃんに孝平君を誉められ、何故か私が照れてしまった。
「あの二人、何か話してるのかな?」
「どうだろう?」
チラッと彼等を見ると、微妙な距離を空けて、何か話しているように見える。
何を話しているのだろう?
「友美ちゃんに、聞きたい事があるんだけど…。」
「何ですか?」
「健太のどこがいいの?それなりにカッコいいとは思うけど、アイツって無愛想だし。」
「そんなに無愛想じゃないですよ。結構、面白い事も言うし、小さい頃から、私とはよく話してくれるし。」
「そうなの?」
友美ちゃんに少し嫉妬した。
だったら私にも、もう少し愛想良くしてくれてもいいじゃん!
「多分、美希さんには照れがあるんじゃないかなぁ?」
「私がもっとしっかりしてれば良かったのかなぁ?」
健太が大きくなってからは、いつも私の方が怒られている気がする。
「美希さんの事が、放って置けないんだと思いますよ。いつも、美希さんの心配ばかりしてますから、最近は特に。」
友美ちゃんの言葉から、『もっと私を見て』という主張が見て取れた。
「何か…、ごめんね…。」
思わず彼女に謝ってしまった。
「何を謝ってるんですか?私は、母親思いの健ちゃんが好きなんですから、美希さんが謝る事はないですよ。」
「母親思いねぇ…。」
「『このマザコン野郎』って思った事も、ありましたけど…。」
「…!健太って『マザコン』なの?」
「多分、世間一般的には…。」
知らなかった…。
私が、子離れ出来ていないだけかと思ってた…。
それにしても、健太は運がいい。
こんなにいい子が、いつも側にいてくれたのだから。
友美ちゃんは健太に勿体ないぐらいだよ…。
その日の夜…。
「どう…だった?」
恐る恐る、健太に聞いてみる。
「何が?」
コイツ、分かってて言ってるだろ!
「だから…、孝平君…。」
「うーん…、いい人だと思うよ。でも…。」
「…でも?」
「『お父さん』とは…、呼べそうもないな…。」
「反対って…事?」
やっぱり、難しかったか…。
タイミングが、早すぎたか…?
「反対じゃねぇよ。美希さんが、『孝平さんがいい』って言うなら、俺は別に構わないよ。」
「もうちょっと分かりやすく言いなさいよ…。」
分かりづらいんだよ、あんたの反応は!
「だから…、孝平さんはいい人。反対はしない。美希さんの好きにして大丈夫。もし結婚しても、歳が近過ぎて、『お父さん』とは呼べない。…以上。」
「そう…。」
取り敢えず、ホッとした。
「孝平さんと…、結婚するつもりなの?」
しばらく黙っていた健太が、突然、口を開く。
「ま、まだそんな事まで考えてないよ!『付き合って欲しい』とは言われたけど、返事は保留にしてて…。」
「もし…、俺の事を気にしてるなら、大きなお世話だからな。俺はもう、ガキじゃないんだから。これからは、美希さんの好きなようにしたらいい。」
「偉そうに…。まだ子供のくせに…。」
ヤバイ、泣きそうだ…。
「孝平さんの雰囲気ってさぁ…、何か懐かしい感じがしたんだけど…。何でだろうな…。」
健太も、私と同じような印象を持ったようだった。
「健太のお父さんに似ているんだよ、きっと…。」
「ふーん…。あんまり覚えていないんだけどなぁ…。」
『俺の事は気にするな』か…。
でも…、やっぱり気にするよ…。
今の私は、健太も含めて『私』だから…。