静かな台所の抵抗
静かな台所の抵抗
静かな台所の抵抗
心療内科の白い扉を叩くようになってから、数えて27年の月日が流れていた
それは私にとって、自分の心と身体の波を静かに見つめ続ける、果てしない旅のような時間だった
2010年、優しかった母親が旅立ち、世界から一つの大きな温もりが消えた
それでも私は歩みを止めなかった
そして令和8年、今年の3月
長く心の支えであり、灯火であった父親もまた、静かにこの世を去った
大きな喪失を胸に抱えながら、私は新しい一歩を踏み出すことを決めた
始まった一人暮らし。誰もいない部屋、自分で決める生活リズム。張り詰めた緊張と寂しさを抱えながら、なんとかやり遂げて7ヶ月目が過ぎようとしていた
運命の日は、令和8年11月5日、木曜日の朝に訪れた
いつものように台所に立ち、朝食を作っていたときのことだ
トントンと野菜を刻む音、フライパンが爆ぜる音に混じって、突然、頭の中に「お笑い」のような声が響いた
それは私の右脳と左脳の隙間をすり抜けるようにして、奇妙な「ひとり笑い」を誘い出そうとする、得体の知れない幻聴だった
一人の静かな空間に、突如として侵入してきたその気配に、私の心は激しく動揺した
しかし、27年間、自分の病と向き合ってきた私の経験は、決して伊達ではなかった
時計の針が進み、昼食の時間になったとき、再びあの奇妙な感覚が私を揺さぶろうとした
だが、私は深く息を吸い込み、自分の心に強く言い聞かせた
「これは、何かが変だ」
脳が仕掛けてくる悪戯に流されてはいけない
私は奥歯を噛み締め、こみ上げようとする笑いをじっと堪えた
一人暮らしの台所で、私は目に見えない自らの症状に対して、静かに、しかし毅然とした態度で勝利を収めたのだ
耐え抜いたあとの静寂のなかで、私は確かな手応えを感じていた
カレンダーを見やる。次の心療内科の診察日は、11月11日。あと数日ある
今朝の出来事は、きっと長年の一人暮らしの疲れや、両親を見送ったあとの深い哀しみが、脳の疲れとなって現れたサインなのだろう
私は手帳を開き、今日の朝と昼に起きた戦いの記録を静かに書き留めた
11月11日、信頼する主治医にこのノートを見せ、次のステップへ進むために
私はこれからも、自分のペースで、この静かな部屋で生きていく
静かな台所の抵抗




