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勉強罪

作者: DET
掲載日:2026/07/16

題名 風の残る日


「お前は変わっている。」


その言葉を、彼は物心ついた頃から何度も聞いてきた。


学校では周りに合わせることが苦手だった。皆が同じ方向を向いているように見えても、彼だけは道端の花や、空を流れる雲や、風の音に耳を澄ませていた。


「人間だけが生きているわけじゃない。」


そう口にすると、笑われた。


だから少しずつ、本音を隠すようになった。


大学では応用化学を学んだ。実験では数式も、理論も、反応式も答えを出してくれる。しかし、人の心だけは何一つ計算できなかった。


努力しても、体はついてこない。


眠れない夜。

腹痛。

疲労。

そして、突然世界が遠ざかるような感覚。


ある日、彼は救急車に乗っていた。


白い天井を見上げながら、ぼんやりと思った。


「俺は壊れたんだろうか。」


病室では時間だけが過ぎた。


窓の外では風が木々を揺らしている。


世界は何も変わらない。


自分だけが取り残されたようだった。


退院した頃には、授業は終わっていた。


提出期限は過ぎ、試験も終わり、友人たちは次へ進んでいる。


彼だけが、時計の針を失っていた。


「もう無理かもしれない。」


何度もそう思った。


それでも、不思議と完全には諦められなかった。


教授へ連絡を送り、事情を説明し、頭を下げた。


できることを一つずつ探した。


未来はまだ見えなかったが、立ち止まることだけはしたくなかった。


彼にはもう一つ、人には理解されない世界があった。


神話。


神々。


見えない存在。


夢の中で聞こえる声。


風が何かを伝えてくる感覚。


彼はそれを証明したかったわけではない。


誰かに信じてもらいたかったわけでもない。


ただ、人間だけが世界の主人公ではないことを伝えたかった。


しかし、人はすぐに否定した。


笑う者もいた。


心配する者もいた。


怒る者もいた。


誰一人として、彼が見ている景色をそのまま見ようとはしなかった。


だから彼は怒った。


社会に。


政治に。


欲望に。


人が人を利用し合う世界に。


「こんな世界なら滅んでしまえばいい。」


そう思った夜もあった。


だが翌朝になると、小鳥の鳴き声が聞こえた。


風は昨日と同じように吹いていた。


草花は何事もなかったように揺れていた。


自然は人間の憎しみなど知らない。


その姿を見るたびに、彼は思う。


「世界はまだ終わっていない。」


彼は海外へ行くことも考えた。


静かな国。


涼しい気候。


医療費が高くなく、人が急ぎすぎない場所。


喧騒から離れて、ただ風を感じながら生きられる場所。


だが、日本には家族がいた。


簡単には捨てられない。


自由を選べば、誰かを置いていくことになる。


その現実だけが、彼を引き止めた。


生活は決して楽ではなかった。


学費。


奨学金。


アルバイト。


将来への不安。


それでも彼は勉強を続けた。


化学を学び、教育を学び、人を知ろうとした。


「本当に強い人とは誰だろう。」


何度も考えた。


神ではない。


英雄でもない。


傷ついても、誰かを憎み続けることなく、生きようとする人。


きっと、そういう人なのだろう。


彼はまだ答えを知らない。


夢も途中だ。


人生も途中だ。


傷もまだ癒えていない。


それでも風は吹く。


冬の冷たい風も。


春のやさしい風も。


彼は歩き続ける。


人に理解されなくても。


失敗しても。


何度倒れても。


世界には、まだ見たことのない景色が残っていると信じているからだ。


そして、いつか誰かが彼に尋ねるだろう。


「どうして、そこまでして生きてきたの。」


その時、彼はきっと笑って答える。


「風が、まだ吹いていたから。」

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