こいつはただの幼馴染で、女として意識してないからさ〜もう、そんな風に言ったら婚約者さんなのに可哀想だよ(笑)〜
私、エミリア・ライオンハートには婚約者がいる。
ハンプトン伯爵家三男のレオナルドだ。
家同士が決めた政略結婚だが、愛が無いなりにお互いを尊敬し合って、二人で共に生きていければと私は思っていた。
少し前までは。
貴族学院の中庭。
そこで、私は全力で顔が引き攣らないように耐えながら、目の前の二人に言った。
「レオナルド様。そちらの女性とはどういう関係で?」
「こいつ俺の幼馴染のマリアンヌ。ほら、マリアンヌ、エミリアに挨拶しな」
「どうも、こんにちは! フォーリル男爵家のマリアンヌと申します。エミリアさん、よろしくねっ!」
いくら学園が身分平等を歌っているとはいえ、侯爵家の人間に向かって随分と礼儀知らずな…… いや、勇気ある挨拶をする子。そんな思いをそっと胸にしまいながら、私は気になっていることを指摘した。
「あの、マリアンヌ様。人の婚約者に軽々しく触れるのはマナー違反なのですが」
「えー、エミリア様厳しい〜。私だったら気にしないのに、嫉妬深いんですね(笑)」
「エミリア、こいつはただの幼馴染だ。女として意識してないからさ。意識どころか男と思ってるくらいだよ(笑)」
「こらー! 誰が男だー! 言っていいことと悪いことがあるだろー(笑)」
ぷくーっと頬を膨らませて、私の婚約者であるレオナルドにくっつきながら、その腕をポコポコと叩くマリアンヌ。
鼻の下を伸ばしながら、戯れ合うレオナルド。
私はその瞬間、悟った。
(あ、こいつと結婚するの、多分無理だわ)
そんな私の内心に気が付かず、レオナルド達は止まらない。
「本当、マリアンヌみたいにまでとは言わないけど、エミリアも、もっとサバサバした方がいいぞ」
「もう、そんな風に言ったら婚約者さんなのに可哀想だよ(笑)」
「まったく、マリアンヌは優しいなあ」
マリアンヌは勝ち誇った目で私のことを見てくる。
(ああ、そう。あなた、私の敵なのね)
私がマリアンヌを敵と認識したその日から、私の苦労は始まった。
♦︎
ある日のことだった。学院の学食に友人達と一緒におしゃべりしながら行くと、声が聞こえてきた。
「マリアンヌ、今日のご飯は何にする?」
「うーん、どれでも良いけど、大盛りにすることだけは確定!」
「さすが男! よく食べるな!」
「もう、そんなに男扱いして! こんなに良い女の私でも怒っちゃうぞ〜(笑)」
急に無言になった私を、周囲の友人たちが不思議そうに見る。しかし、すぐに私の視線の先の二人に気づき、憐れむような目線になった。
その日のパンはいつもより固かった。
別の日。
夜会にレオナルドと一緒に行った時のことだった。
マリアンヌがその夜会に参加すると聞いていた時点で、嫌な予感はしていた。
その予感は、ダンスの時に的中する。
「私、パートナーがいないのです。だから、レオナルド様に一緒に踊っていただきたくて」
(そんなの知らないわよ、自己責任でしょ)
そんな私の思いは、レオナルドに通じるはずもなく。
「エミリア、可哀想だからマリアンヌと踊ってあげても良いだろうか?」
「分かりました。そしたらファーストダンスが終わったら、マリアンヌ様とも踊ってあげてください」
ファーストダンスは婚約者と踊るのが普通だ。だから私はそう提案したのだけれど、その言葉を聞いたマリアンヌが涙目になった。
「そうですよね。お優しい婚約者様なら、ファーストダンスも、きっと笑ってお譲りくださると思っていたのですが、譲っていただけないですよね」
「……エミリア、君は優しい女性だろう? これからずっと踊れるんだ。今日くらいはマリアンヌに譲ってあげて欲しい」
そうレオナルドが言うと、私の返事も聞いていないのに、マリアンヌはレオナルドの手を握りしめた。
そして、レオナルドとマリアンヌは、私を置いて踊り始めた。
結局その日、私がダンスを踊ることはなかった。
壁の隅に立っていた私だったが、私を守るように立ってくださっていた公爵家令息のアレックス様がいたことだけが救いだった。
アレックス様はダンスが苦手なようで、ダンスの時間は私と一緒に壁の隅にいたのが、とても印象的だった。
また別の日。
庭園を友人達と歩いていると、マリアンヌ様と一緒にいたレオナルド様に話しかけられた。
「おい、エミリア。これを見てみろ」
そう言ってレオナルド様がクッキーを見せてきた。
「良いだろう。クッキーだ」
「はあ、そうですか」
「マリアンヌが作ってくれたんだ」
そう言ってなぜか自慢げなレオナルド様。
「もう、恥ずかしいからやめてよ〜」
「本当にマリアンヌは何でもできるな〜」
貴族の子女は料理など普通やらない。やるのは、料理人の仕事だからだ。それがわかっていても、私はなぜかイラッとしてしまった。
「ほれ、一個食べてみるか?」
「……良いのですか?」
食べたくなかったが、マリアンヌの方を見ると、わざとらしい笑みを浮かべて頷くので断れなかった。
「では、いただきます」
そう言って口に運ぶ。
(むっ。これはナッツではなくて、ピーナッツが入っている!)
その瞬間、私はハンカチにクッキーを吐き出した。
「なっ。無礼な! マリアンヌが作ったものが食べれないと言うのか」
「吐き出すなんて、なんて下品な人なのかしら! レオナルド様には相応しくないわ!」
私はピーナッツだけはダメなのだ。食べると体調が悪くなってしまう。だから、ピーナッツは幼いときに食べて以来、食べないようにしていた。
レオナルドは顔を真っ赤にして怒鳴っている。
マリアンヌは、私を見てざまあ見ろという表情をしていた。
万事が、こんな調子だった。
もう沢山だ。
私は魅力のかけらもない婚約者とも、その幼馴染とも離れるため、婚約破棄することを決意した。
♦︎
そして、貴族学院の秋の収穫祭の夜会。
私はこの日まで、色々と準備してきた。
だから私の婚約者である、レオナルドの声が、シャンデリアの光が照らす会場に響き渡った時、私は笑みを隠すので精一杯だった。
「私ハンプトン伯爵家のレオナルドは、ライオンハート侯爵家のエミリアとの婚約を破棄する」
ざわめく会場。
私は誰にも見えないようにガッツポーズを作りながら、ひっそりと呟いた。
「計画通り」
私は喜んでいるのがバレないように、すぐに表情を消した。
レオナルドは、顔を真っ赤にして、私のことを指差しながら大声を出す。
「この女は男を立てることを知らない礼儀知らずなだけではない、マリアンヌに嫉妬して嫌がらせをするような下劣な女だ。もう我慢できない。私は真実の愛に生きる!」
そう言って、レオナルドはマリアンヌを抱き寄せる。
見つめ合う二人。
見るだけで吐き気がするので、私は空気を読まずにこのタイミングで返事をする。
「はいはい、勝手にしてください。婚約破棄も了承しました。あ、賠償金はちゃんと払ってくださいね。そちらからの一方的な破棄なので」
「な、何を馬鹿なことを言っているんだ。お前が原因なのだから、お前が賠償金を払うのが当然だろう!」
額に青筋を立てて、レオナルドが主張する。
「はい? あなたが婚約破棄したいとおっしゃったんですよね? 真実の愛(笑)とやらに目覚めたとかで」
「お前が原因だ! お前は男を立てると言うことを知らぬ礼儀知らずな女だからだ!」
「男をたてぬって具体的に何がですか? 成績があなたより上のことですか? それとも、実家の爵位が上なので、あなたの取り巻きに頭を下げないことですか? 他に何かありますか?」
レオナルドは口をパクパクとさせたが、何も言うことができなかった。
しばらくして、レオナルドは怒りに満ちた目で言った。
「お前の性格の悪さは誰もが知っている! マリアンヌに嫌がらせをいつもしていたな! 教科書を破いたり、嫌味を言ったり、いつもマリアンヌからお前が何をしていたのか聞いていたぞ!」
私は首を横に傾げる。
「教科書を破ったって、私がやったという証拠あるんですか?」
「お前以外、いないだろう!」
「いや、私そんな暇じゃないので。私じゃないですよ。大体、マリアンヌ様の部屋もとっている授業もクラスが違うので知りませんし」
私は特別なAクラスで、マリアンヌはCクラスだった。
「う、うるさい! 会った時に嫌味を言っていたそうではないか!」
「貴族として、殿方とは当然の距離感を持つように助言しただけですよ」
話すのも本当は嫌だったが、マリアンヌの行動について全く注意をしなければこちらの落ち度になる。だから、私は何度か、マリアンヌの行動を諌めていた。
「お前がなんと言おうと、僕は真実の愛を見つけたんだ! 婚約は破棄する!」
「どうぞご勝手に」
私の返事に、静寂が場を支配した。
「良いのか、お前の経歴に傷がつくんだぞ。謝れば、第二夫人として迎え入れてやる。お前は本当は俺のことが好きなんだろう? だから嫉妬でマリアンヌに嫌がらせをしていた。俺は全てわかっているんだ。」
私は扇子の下で、空いた口を塞ぐことができなかった。
そして、ついに我慢できずに笑い出してしまった。
「な、なぜ笑うのだ!」
「いえ、本当に愚かだなと思って。第二夫人になどなるわけないじゃないですか。爵位も継げない癖に、どうやって養うと言うのです」
「ふん、私は近衛騎士に内定が決まっている! 二人くらいなら養うことは可能だ」
「一人にはそれなりの暮らしを保証できても、私まで養えると本気で思っているのですか? 算術の勉強をやり直した方が良いのでは?」
それに、こんなところで内定を披露してしまうのは、正直大幅な近衛騎士団にとってマイナスだろう。口の軽い者は王族の秘密までうっかりと漏らしてしまいかねない。そんな人物を果たして雇いたいだろうか?
そんなことを考えながら、後で内定を大声でバラしたことを念の為、騎士団に報告しておこうと私は決めた。
ここまで、全て計算通りだった。
今までマリアンヌに小うるさく注意してきたのも、トップクラスの成績を維持してきたのも。全てはレオナルドのプライドを刺激するためだった。
そして、計算通り、レオナルドはそれに我慢できなくなり、婚約破棄を申し込んできた。
こちらを被害者にできると思い込んで。
(勝った)
そう思った時だった。
レオナルドがプルプルと震えたかと思うと、こちらに向かって殴りかかってきた。
周囲の人間は呆気に取られていた。
しかし、私はニヤリとした表情が出ないように気をつけていた。
いくらなんでも、目撃者がいる中で婚約者に手をあげれば、レオナルドの責任で婚約破棄になるのは間違いない。
(これで完成だ)
私は襲いかかる痛みに堪えるため、目を瞑った。
一秒、二秒、そして数秒が経った。
痛みは襲って来なかった。
不審に思いながら、ゆっくりと目を開けると、そこにはレオナルドの拳を受け止めている公爵令息のアレックス様がいた。
(どうして!?)
「あ、アレックス様……。これは違うのです。あの女が全て悪いのです!」
「女性に手を挙げるのは貴族失格ですよ。衛兵、連れて行きなさい」
アレックス様は告げた。
「お、お許しください!」
「許しを乞う相手を間違えていますよ」
そう言ってアレックス様は私の方を見た。
私はにっこりと笑った。
「しっかりと罪を償ってくださいね」
「こ、この野郎!」
そう言って、まだ殴りかかろうとするレオナルド。それを必死に止める衛兵たち。
レオナルドは、そのまま引き摺られて会場から連れて行かれた。
それを見送ると、私は呆然としているマリアンヌに声をかけた。
「あら、一緒に行ってあげなくて良いのかしら?」
迷っているマリアンヌだったが、覚悟を決めたように、慌てて駆け出した。そんなマリアンヌの様子を見て、私は言葉を続ける。
「彼、こんな醜態を晒したから、きっともう近衛兵にはなれないわね。あなたが養ってあげる必要がありそうね。頑張って」
その言葉を聞いた途端、マリアンヌの足がピタッと止まった。
「あら、行ってあげないの? あなたたちの主張する、真実の愛ってその程度だったの?」
周囲の観衆たちの視線が、マリアンヌに集まる。
マリアンヌは口をパクパクとさせた後、覚悟を決めたように言った。
「た、体調が悪いので、この辺で失礼しますわ」
そして、レオナルドが連れて行かれた方とは逆の出口に、マリアンヌは向かった。
♦︎
その後も夜会は続いた。
私は途中で抜け出して、夜風に当たっていた。
月の光がとても美しい夜だった。
「エミリア様、大変でしたね」
気がつくと、アレックス様がいた。
「いえ、全然です」
そう言って扇子を開いて、口元に当てた。
そして、アレックス様に向かってにっこりと笑おうとした。
それを見たアレックス様は困ったように微笑んだ。
「これを使ってください」
公爵家の家紋が入った白いハンカチが手渡された。
気がつくと、知らぬ間に涙が頬を伝っていた。
「お手を失礼します」
アレックス様がそっと私の手を握る。
その手の温もりはとても優しくて、なぜか私は嗚咽を堪えられなくなってしまった。
「すみません、こんな姿」
「いえ、今までされてきたこと、婚約者にどんな扱いをされてきたのかを外から見ていました。他家であることで、手助けできませんでした。本当にすみません。今日、あなたは立派にやりきったと思います」
その言葉を聞いて、私の涙はますます止まらなくなった。
ずっと見てくれた人がいる。そして、その人は私の苦しみをわかってくれていた。
それだけで、私はたまらなく嬉しかった。
ひとしきり涙も流れた頃だった。
私は恐る恐る聞いた。
「アレックス様、あなたは誰にでもこんな風に優しいのですか?」
アレックス様はそれに答えず、黙って手を差し出した。
私が不思議そうな表情をしたのに気がついたのだろう。彼はニッコリと笑った。
「ファーストダンスはまだでしたよね?」
そうして、星と月が見守る中、私たちはゆっくりとステップを踏み出した。
「アレックス様、ダンスはお嫌いで?」
「ええ、嫌いです」
私は、何故か悲しくなった。
「でも、あなたとなら悪くない」
そう言ってアレックス様はじっと私の目を見つめた。
「では、一緒に練習しましょうか」
そういうと、二人、くすくすと笑いあった。
涙の跡は、いつの間にか薄くなっていた。
たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。
最後まで読んでいただけたこと、とても嬉しいです。
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