第13話「反撃の青白い光」
最初の一画は、直線だった。
蓮の左手の人差し指が夜気を裂き、宙に青白い光の軌跡を刻む。震えが線を歪ませる。〇・三秒の遅延が、かつてなら瞬きの間に完成していた幾何学を、引き延ばされた時間の中に晒していく。
構わない。
二画目。指が折れ返り、最初の直線と三十七度の角度で交差する。光が交点で一瞬膨らみ、空気中の水分が蒸発する微かな音を立てた。三画目、四画目——震える指先が描く線は、精密さを欠いていた。前世なら失格の出来だ。だが今の蓮に必要なのは精密さではない。
速度だ。
路地の出口から繁華街を見据える。ネオンサインの半数が明滅を繰り返し、残りは割れたガラスの向こうで火花を散らしている。車道に横転した軽自動車の陰に三人、コンビニの庇の下に五人——逃げ遅れた一般人が、壁や柱に張りつくようにして身を縮めていた。
妖怪の数を数える。
左手の回路が空間の霊力分布を走査した。精度はセンチ単位。それでも、暴走した中型妖怪の体躯を捕捉するには十分だった。
七体。
蛇のような胴体を持つものが二体、路面を這っている。爬虫類じみた四足歩行のものが三体、店舗のシャッターを引き裂きながら散開している。残り二体は、空中——ビルの二階と三階の間を、膜状の翼で滑空していた。
七体が、制御を失った獣の本能で、最も近い生命反応——逃げ遅れた人間たち——に向かって収束しつつある。
蓮は路地から一歩踏み出した。アスファルトに散乱するガラス片を踏む感触が靴底を通じて伝わる。左手の魔法陣は五画目に達していた。
「——逃げろ」
掠れた声が、繁華街の喧騒に呑まれる前に、横転した軽自動車の陰で身を縮めていた三人に届いた。最も近くにいた中年の男が声の方向を振り返り、蓮の左手に浮かぶ青白い光を見て目を見開く。
蓮はその反応を待たなかった。
「あの路地の奥に」
ひよりの声が横から飛んできた。蓮が向き直るより先に、ひよりは路地の出口を離れ、コンビニの庇に向かって走り出していた。
「逃げてください。こっちです、こっち——」
琥珀の瞳が繁華街の残光を拾い、ほとんど金色に光っている。恐怖で白くなった一般人たちの腕を引き、路地の方向——高瀬がいる方向とは反対側の、もう一本の裏路地——に誘導し始めた。
蓮はひよりの動きを視界の端で捕捉しながら、正面の状況を再計算した。
ひよりが一般人を退避させる。その間に、七体を片づける。
問題は左手だ。
消滅式の同時展開数は二。通常の消滅式を七回撃てば済む計算だが、七体が散開した状態では、一体ずつ処理する間に残りが一般人に到達する。蛇型の一体は既に横転した軽自動車から十メートルの距離にいる。車の陰の三人に到達するまで、秒単位の猶予しかない。
だから、通常の消滅式は使わない。
蓮の左手が、六画目を描いた。
そして七画目を描く指が——途中で分岐した。
一本の線が二つの魔法陣に枝分かれする。左手の指先から伸びた青白い光が、蓮を中心に放射状に広がり始めた。右へ、左へ、頭上へ。空間そのものを紙面にして、複数の幾何学模様が同時に展開されていく。
多重魔法陣の同時展開。
大賢者が七十年の戦場で練り上げた奥義。一つの起点から複数の魔法陣を連鎖的に生成し、空間全体を一つの「回路」として書き換える——それは、魔法を「術」ではなく「建築」として扱う発想の極致だった。
蓮の左手が宙を薙ぐ。指先が描く軌跡は一本だが、空間に刻まれる魔法陣は一つではない。起点の陣から派生した副陣が、蓮の周囲三メートルの球体を覆うように花弁のごとく開いていく。一つ、二つ、三つ——。
薬指はもう、圧覚の残滓すら頼りにならない。そこに指があるという実感が、描画のたびに薄れていく。中指も圧覚が揺らぎ始めている。人差し指と親指だけが、かろうじて空間に線を刻み続けている。
四つ目の副陣が展開された瞬間、蛇型の妖怪が車道を横切り、横転した軽自動車に体当たりした。車体が横滑りし、陰に隠れていた三人のうち一人——若い女性が、転倒して車道に投げ出される。
蓮の指が止まった。
四つの副陣。本来なら最低六つは欲しかった。だが、もう時間がない。
四つで足りるか。
足りなければ、足りるように撃つ。
蓮は左腕を前方に突き出した。四つの副陣が起点の主陣と接続し、青白い光の幾何学が一瞬だけ空間に静止する。繁華街を覆う光。ビルのガラスに反射し、路面の水たまりに映り込み、砕けたネオンの残骸を透過して、夜をまるごと書き換えるような——
発動。
音はなかった。
青白い光が街区を走り抜けた。それは光線ではなく、空間そのものの書き換えだった。四つの魔法陣が定義した座標軸に沿って、消滅の論理が伝播する。蛇型の二体が、四足歩行の三体が、滑空していた二体が——七体の妖怪が同時に、その存在を構成していた霊力の凝集を解かれた。
塵。
妖怪だったものが、光の粒子に分解されて夜気に溶けていく。蛇型が纏っていた瘴気が、四足歩行のものが撒き散らしていた粘液が、滑空体の膜状の翼が——すべてが同時に、物質としての結合を失い、風に攫われるように消えた。
静寂が落ちた。
ネオンの明滅だけが、何事もなかったかのように繁華街を照らし続けている。
*
蓮が最初に感じたのは、喉の奥を掻き毟るような灼熱だった。
鉄の味が口腔を満たす。舌の上に、ざらりとした血の塊が転がった。蓮はそれを飲み込んだ。吐き出せば、周囲にいる一般人の目に入る。
左手を下ろす。五本の指が、もはや震えているのか痙攣しているのか区別がつかない状態で、だらりと体の横に垂れた。薬指の感覚が完全に消失している。中指は圧覚だけが辛うじて残っている。人差し指と親指は——動く。動くが、展開精度の遅延はさらに広がったはずだ。
視界の右端の滲みが、ほんの少しだけ中央に侵食した気がする。「気がする」としか言えない。自分の知覚の劣化を自分の知覚で測定することの限界を、蓮は冷徹に認識していた。
右腕はポケットの中で、最初からそうであったように、ただの重量物として沈黙している。
「——大丈夫ですか!」
声が聞こえた。ひよりではない。先ほど蓮の光を目撃した中年の男が、車道に投げ出されたままの若い女性に駆け寄っている。車体が横滑りした衝撃で三人とも散らばったが、中年の男ともう一人の男は転倒を免れていた。女性は膝を擦りむいた程度で、自力で立ち上がろうとしていた。もう一人の男も、車体の反対側で呆然としながらも無事に立っている。
蓮は一般人たちを一瞥した。負傷者は軽傷一名。死者なし。
それだけ確認して、視線を切った。
ひよりが裏路地の方向から戻ってくるのが見えた。五人を誘導し終えたらしい。走ってきた勢いのまま足を止め、蓮の方を見た。
何かを言いかけて、止まった。
蓮の顔を見ている。おそらく、唇の端に滲んだ血の痕を見つけたのだろう。蓮は左手の袖口で口元を一度だけ拭った。白いシャツの袖に赤黒い筋が一本残った。
「……全部、消えた?」
ひよりの声には、問いかけの形を取った確認以上のものが混じっていた。だが蓮はその質感を分析しなかった。
「ああ」
一語。喉が軋む。それでも声は出た。
「七体。残存なし」
四語を追加した。掠れた音が夜の空気に消える。
ひよりは蓮の左手に目を落とした。垂れ下がった五本の指。薬指が不自然な角度で曲がったまま動かないことに気づいたかもしれない。だが、何も言わなかった。
*
路地裏に戻った。
高瀬は、蓮が命じた通りの場所にいた。壁に背をもたれ、両脚を投げ出し、焼け爛れた両手を膝の上に仰向けに置いている。掌の皮膚が赤黒く炭化し、所々で白い水疱が膨れ上がっていた。指は開いたまま、閉じることもできない状態で固まっている。
蓮の足音に反応して、高瀬が顔を上げた。
非常灯の薄緑色の光が、高瀬の顔を歪んだ色で照らしていた。涙の痕が頬に二筋残っている。ただし今は泣いていない。泣く余裕すらない、空白の表情。
蓮は高瀬の前で足を止めた。
高瀬の唇が動いた。声にならなかった。もう一度。
「……なん、で」
搾り出された二語は、問いの形すら成していなかった。なぜ助けたのか。なぜ自分を見捨てなかったのか。なぜ血統も持たない無関係の人間たちのために、あの身体で——。
蓮はその問いの輪郭を推測したが、答える気はなかった。
「局の応援が来る」
五語。事実の伝達。
「手の処置は、そっちに任せる」
八語。これで喉が限界に近い。
高瀬の目が見開かれた。その瞳には、先ほど蓮と交差した時に浮かんでいた「理解の崩壊」が、別の形で残っていた。崩壊した後の瓦礫が、まだどこにも片づけられていない——そういう目だった。
「おれ、は——」
高瀬が何かを言おうとした。おそらく謝罪か、あるいは弁明か。焼けた掌を持ち上げようとして、痛みに顔を歪め、手を膝に戻した。
蓮は待たなかった。
高瀬に背を向け、路地の出口に歩き出した。三歩目で、左手の中指の感覚が一瞬だけ途切れた。——戻った。圧覚だけが、糸のように細い接続を維持している。
ひよりが、路地の入口付近で壁に寄りかかるように立っていた。蓮が出てくるのを待っていたのか、それとも路地の外を警戒していたのか。蓮にはどちらでもよかった。
「ひより」
名前を呼ぶのに二音節。温存していた声を使う。
「応援部隊が来たら、ここの位置を伝えろ。負傷者一名、両手の熱傷。意識あり、歩行不能」
十七語。制限を超えた。喉の奥で何かが裂けるような痛みが走り、蓮は口を閉じた。
ひよりが頷いた。短く、一度だけ。
「……わかった」
蓮はそれ以上何も言わず、繁華街の方に目を戻した。
*
退魔局の応援部隊が到着したのは、蓮が妖怪を殲滅してから十二分後だった。
三人一組の部隊が二つ。合計六名。先頭の男——三十代半ば、骨太な体格に短く刈り込んだ髪——が繁華街の惨状を一望し、それから足元の路面に残った青白い灼痕を見下ろした。
「これは……」
灼痕は、蓮の魔法陣が空間に刻んだ軌跡の残滓だった。地面に焼きついた幾何学模様が、繁華街の一区画をまるごと覆う範囲で広がっている。
部隊の一人が携帯端末を取り出し、灼痕を撮影し始めた。別の一人が、蓮の方を見た。蓮はビルの壁際に立っていた。左手をだらりと下げた猫背の姿勢。気配を消すような佇まい。ただし、アッシュグレーの髪の下にある目だけが、到着した部隊の全員の位置と装備を三秒で走査し終えていた。
「朝霧、蓮——か?」
先頭の男が問いかけた。蓮の名は局内で既に広まっている。土蜘蛛討伐で複数部隊を単独指揮し、犠牲者ゼロで完遂した無血統の異端。
蓮は頷いた。声を出す余裕を節約した。
「状況を聞きたい。妖怪はお前が?」
蓮は再び頷いた。
「七体。全滅」
三語に絞った。掠れた声が、応援部隊の六名の間に波紋のように広がった。先頭の男が灼痕を見下ろし、それから蓮を見上げ、もう一度灼痕を見た。一区画を覆う魔法陣の残滓。七体の中型妖怪を一撃で消滅させた痕跡。
六名の中に、言葉を発する者はしばらくいなかった。
「……路地裏に負傷者がいます」
ひよりの声が沈黙を破った。蓮の代わりに、ひよりが応援部隊に状況を伝え始めた。負傷者の位置、症状、一般人の退避状況。
蓮はひよりの報告を聞きながら、壁にもたれたまま繁華街の上空を見上げた。
ビルの屋上に、何かが見えた。
視界の右端の滲みが邪魔をしている。輪郭がぼやけて、人影なのか空調設備の突起なのか判別がつかない。ただ、一瞬——蓮の魔力回路が、極めて微かな霊力の波動を拾った。通信機器が発する類の、指向性を持った短い波動。
精度がセンチ単位に劣化した回路では、それ以上の解析は不可能だった。
波動はすぐに消えた。蓮が回路を向けた瞬間に、消えた。遮断されたのか、発信が完了したのか。
蓮は目を細めた。
推測はできる。蓮が全力を出す場面を、誰かが観察していた。牛鬼戦のとき。土御門の屋敷で対峙した夜の、魔力波動パターンの記録。そして今夜——多重魔法陣の同時展開。段階を追って、蓮の戦闘データが収集されている。
妖怪誘引器を高瀬に渡した者。三箇所の神社の霊脈を吸い上げている者。蓮の力を「把握」し、その上で「対処」を準備しようとしている者。
それが誰であるかを、蓮は九割以上の確度で推測していた。
だが今夜、それを追う余力は残っていなかった。
*
応援部隊が高瀬を担架で搬送し、一般人への事後処理——「ガス管の破裂による火災」という公式説明の伝達と、現場の映像記録の消去依頼——を開始した頃、もう一つの部隊が到着した。
三名。先の応援部隊とは装備が違う。軽装で、腰に下げているのは霊具ではなく記録端末と封印容器だった。先頭の女性が応援部隊のリーダーに局の識別章を提示し、短い会話を交わした。
蓮の位置からは会話の内容は聞き取れなかった。距離にして約十五メートル。繁華街の環境音——割れたネオンの放電音、遠方のサイレン——が間を埋めている。
ただ、応援部隊のリーダーが一度だけ蓮の方を見てから、携帯端末に記録した灼痕の映像データを、後着の女性に渡したのは見えた。
回収班。
蓮はその単語を内部で確定させた。戦闘の記録を接収する部隊。牛鬼戦の時にも、似たような動きがあった。現場に残る魔法陣の灼痕、妖怪の残滓、目撃者の証言——それらが「上層部」に流れ、一般向けの公式報告からは別の顔を持つ資料として再構成される。
蓮はそれを止める手段も、止める理由も持っていなかった。
データが収集されていることは知っている。そのデータが何に使われるかも、推測はついている。だが今夜の蓮には、妖怪を倒す以外の選択肢がなかった。逃げ遅れた一般人がいた。高瀬がいた。左手一本で、七体を同時に処理する以外に、全員を生かす方法がなかった。
——全員を生かす方法を、自分が決めた。自分が実行した。
それで十分だ。
蓮はビルの壁から背を離し、姿勢を正した。猫背に戻る。気配を消す。ポケットの中の右腕が、振り子のように揺れた。
「特例協力者として登録される見込みだ」
応援部隊のリーダーが、事後処理の合間に蓮の傍に寄り、低い声で告げた。「今夜の件で、上は動く。正式な通達は後日になるが——」
蓮は頷いた。
特例協力者。血統を持たない者が例外的に退魔局の活動を許可される枠組み。身分は不安定だが、公的な立場としては準正規登録より一段上に位置する。
「そうか」
一語。蓮にとって、それ以上の反応は必要なかった。肩書きが変わっても、蓮がやることは変わらない。目の前の脅威を、最も効率的な方法で排除する。それだけだ。
「……お前、腕」
リーダーが蓮の左手に視線を落とした。薬指が動かない左手。蓮はそれをポケットに——右腕の入っていない方の——突っ込んだ。
「問題ない」
嘘ではない。問題はある。だがそれは蓮の問題であり、他人に開示する情報ではない。
リーダーは何かを言いかけ、やめた。蓮の黒曜石の瞳が、会話の継続を物理的に遮断するような無表情を返したからだ。
*
帰路。
退魔局の公用車が路地裏に回された。助手席にひより、後部座席に蓮。運転は応援部隊の一人が務めた。
車内は沈黙だった。
蓮は後部座席の窓に頭をもたれさせ、流れていく東京の夜景を視界の端に収めていた。
左手を膝の上に置いた。五本の指を見下ろす。親指、人差し指——動く。中指——圧覚のみ。薬指——感覚なし。小指——圧覚がかすかに残っている。
繁華街に出る前の時点より、確実に悪化している。
魔法を使うたびに、この身体は壊れていく。異世界の「回路」と、この世界の「霊脈」の位相が合わない。水と油のように反発し合う二つの体系が、蓮の肉体を摩擦の中間地点にして軋みを上げている。
今夜の多重展開は、その軋みを一段深く刻み込んだ。
喉の奥の鉄の味は、もう常態化していた。飲み込んでも飲み込んでも、舌の裏に血の膜が張る。
——あとどれくらい保つか。
分析精度がセンチ単位に劣化した回路では、正確な予測ができない。それ自体が、劣化の深刻さを証明していた。測定器が壊れ始めているのに、測定器で測定器の故障度合いを測ろうとしている——そういう種類の不能。
助手席のひよりが、一度だけ振り返った。
蓮と目が合った。
ひよりは何も言わなかった。ただ、琥珀の瞳が後部座席の暗がりの中で蓮の顔を二秒ほど見つめ、それから前方に戻った。
その二秒間に、ひよりが何を読み取ったのかは、蓮には分からなかった。分かる必要もなかった。
車は東京の夜を走り続けた。
*
蓮は窓の外を見ながら、先ほどビルの屋上で拾った波動のことを考えていた。
一瞬だけ検知した、通信機器特有の指向性波動。蓮が回路を向けた瞬間に消えた——遮断されたか、あるいは送信が完了したか。劣化した回路では、そのどちらかすら判別できなかった。
だが、パターンは読める。
牛鬼戦のとき。あの戦闘の後にも、蓮の戦闘データを記録した形跡があった。あの男——土御門の屋敷で対峙した夜にも、回路の漏洩波動パターンを霊具で拾われた。そして今夜——妖怪誘引器で蓮に全力を出させ、多重魔法陣の同時展開を観察させる。
第一段階。基本的な魔法陣の単独展開。第二段階。戦場指揮下での応用展開。第三段階——大賢者の奥義、全力展開。
段階的なデータ収集。蓮の力の全容を把握するための、計画的な手順。今夜の妖怪誘引器が仕掛けだったとすれば、あの屋上の波動は——最後のピースの送信完了を意味している可能性が高い。
三つの段階のデータが揃った。おそらく。
そしてそのデータは、蓮を「把握」した上で「対処」するために使われる。おそらく。
蓮はそれを阻止する手段を持っていなかった。今夜の蓮には、目の前の七体を殺す以外の選択肢がなかったからだ。全力を出さなければ、一般人が死んだ。高瀬が死んだ。だから出した。その結果として何が記録され、どこに送られたかは——蓮の判断の外にある。
それは蓮自身が選んだことだった。
自分が全てを決め、自分が全てを実行する。犠牲を出さないために。他者の判断に委ねないために。
その信念が、今夜もまた、蓮を生かした。
同時に——蓮の知らない場所で、何かの歯車が回ったのかもしれなかった。だがそれは、蓮には確認のしようがないことだった。




