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舐めてたんだね

作者: P4rn0s
掲載日:2026/02/18

夜の居酒屋は、仕事終わりの匂いがする。

油と煙草と、少しだけ焦げた醤油の匂い。

俺はジョッキを握ったまま、向かいに座る彼女を見ている。


あの頃、彼女はよく言っていた。

「家の中だけで終わる人生なんて嫌だ」と。

誰かの帰りを待って、誰かのために皿を洗って、それで一日が終わるなんて耐えられないと。


俺は、ふうん、としか言わなかった。

正直、どっちでもよかった。

俺は外で働き、家に金を入れ、帰れば飯がある。

それで回っていた。

別に誰かを閉じ込めているつもりもなかった。

ただ、そういう形だっただけだ。


彼女は外に出た。

資格を取り、面接を受け、やっとの思いで職を得た。

誇らしげだった。

世界が開けたみたいな顔をしていた。


でも数年経って、口にする言葉が変わった。

残業がきつい。上司が配慮してくれない。体力的に厳しい。

もっと理解が必要だ。もっと柔軟であるべきだ。


俺は、喉の奥に溜まった言葉を飲み込めなくなる。

あれだけ外に出たいと言っていたのは誰だったのか。

閉じ込められていると言っていたのは誰だったのか。


外は楽園じゃない。

俺は最初から知っていた。

理不尽も、重圧も、成果でしか測られない世界も。


だからこそ、家の中の役割を軽いとは思っていなかった。


お前は、外の世界を敵だと思っていた。

でも本当は、ただ知らなかっただけじゃないのか。

見えない場所で何十年も続いてきた負担を。

数字に追われる感覚を。

失敗すれば居場所がなくなる恐怖を。


想像できなかっただけじゃないのか。


世界は、それなりに回っていた。

完璧じゃない。

でも、破綻もしていなかった。


そこへ理想を持ち込んで、構造を揺らして、今度は「きつい」と言う。

俺には、それがどうしても理解できない。


楽だったとは言わない。

家にいることだって大変だろう。

でも、少なくとも命を削る競争には立たなくて済んだ。

それを拒んで、同じ土俵に立ちたいと言ったのは自分だろう。


俺は彼女を責めたいわけじゃない。

ただ、釈然としないだけだ。


選んだなら、腹を括るしかない世界もある。

甘さも厳しさも、最初からセットだ。


彼女は黙っている。

ジョッキの泡がゆっくり消えていく。

俺たちの間にも、消えかけた何かがある気がする。


俺はため息をつく。

結局、誰も楽はしていないのかもしれない。

ただ、知らなかった重さを、今さら持たされただけだ。


それでも俺は思ってしまう。

見えなかった仕事を、最初から同じ重さだと想像できていたら、

こんな拗れ方は、しなかったんじゃないかと。

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― 新着の感想 ―
口に出して心の整理ができるなら愚痴るがいいさ、という感じです 愚痴ることも許されないのは辛すぎやしませんか? (真っ当な)男であることの重圧も、家事育児をしたところで社会に接点が無い女の閉塞感も、…
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