静かな戦場
キーンという耳鳴りが、脳の奥で脈を打つ。
閃光、破裂音、そして断続する発砲。
私は戦場の真ん中で、ただ空を見上げていた。
なぜここに立っているのか、思い出せない。
過去も未来も剥ぎ取られ、
この場には「死と隣り合う今」だけがある。
音の遠ざかる方へ歩く。
足を踏み出すたび、ピュンと弾丸が耳をかすめる。
砂塵の向こう、光るスコープが私を狙っていた。
右へ一歩、左に二歩、次は止まり、また進む。
動きは呼吸となり、思考は身体の後を追う。
筋肉が脳より先に反応する。
終わりのない敵意だけが、
この場を支配しているようだった。
絶対に戦いたくない。その信念が私の足を動かした。
でも、本当は少しだけ戦ってしまっていたのかもしれない
足元には、地雷が無数に埋まっている。
踏まぬよう意識するたび、紙片がさくっと擦れる。
書類の束が地雷に変わる。
受話器のベルは爆発音となり、
上司の視線はスコープの冷たい輪に戻る。
廊下の蛍光灯は照準のように一直線に並び、
会議室のドアは塹壕の入口のように重い。
ひとつのミスで――いや、ひとつの言葉で心臓が跳ねる。
それでも私は歩き続けた。
生き延びるために足を動かし、
身を小さくし、目を細める。
ある瞬間、扉を押し開け、オフィスを出た。
外の空気を肺に吸い込むと、湿り気のある普通の冷たさが喉を通った。
街の喧噪は痛いほど近く、話し声はやけに生々しい。
息を吐いたとき、胸に残ったのは、疲労とわずかな確かさだけだった。
この場所で平穏を選ぶことが、時に孤立を意味することを私は知っている。
しかし、私は歩き続ける。弾丸をかわし、書類の地雷を避け、誰にも見えない道をゆっくりと進む。
争いの中には、決して理想の世界はない。
でも、その恐怖に立ち止まってはならない。
オフィス街の風が頬をなでた。
もう銃声は聞こえない。
私は歩く。平穏を求めて、一歩ずつ。




