第5話:赤スパ作戦
公園のベンチで、蓮は夏目栞に全てを打ち明けた。虹乃そらをどれだけ愛しているか。闘病生活の支えだったこと。興奮のあまり死んでしまったこと。そして、どうしても果たしたいスパチャの約束があること。
一通り話を聞き終えた栞は、しばらく天を仰いで黙り込んでいた。ついに呆れられたか、と蓮が落ち込みかけた、その時。
「……最高じゃん」
栞は、満面の笑みで言った。「推しの配信中に尊死とか、オタクの鑑だよ、あんた!しかも、幽霊になってまでスパチャしたいって?何それ、最高にエモい!泣ける!」栞は自分の胸をドンと叩いた。
「手伝う!私が、あんたの成仏、全力でプロデュースしてあげる!」
かくして、利害と趣味が完全に一致した幽霊と人間による、奇妙な共同戦線――チーム赤スパが、ここに結成された。
「で、作戦なんだけど」
後日、栞の部屋で作戦会議が開かれた。壁一面にオカルト雑誌の切り抜きやパワースポットの地図が貼られた、趣味丸出しの部屋である。
「一番手っ取り早いのは、私が蓮の代わりにスパチャすることだけど」『だめだ。それじゃ意味がない。僕のアカウントで、僕の名前で送りたいんだ。「レン」として、約束を果たしたい』蓮がペンを操ってそう書くと、栞は「だよなあ」と頷いた。
『僕の銀行口座からなら、お金は下ろせる。暗証番号は覚えてる』「蓮はATM操作できないし、私がやったらただの窃盗犯じゃん。却下」
『じゃあ、どうすれば……』
頭を抱える蓮に、栞はニヤリと笑った。「答えはシンプルだよ。稼ぐの。私、バイトする。一万円、稼いでくる」
そして、栞は宣言通り、バイト探しを始めた。しかし、これがなかなかに難航した。面接で趣味を聞かれ、「心霊スポット巡りとUMAの生態研究です」と正直に答えては、気味悪がられて落とされる。カフェのバイトでは、蓮が「頑張れ!」と念を送ったせいでコーヒーカップがひとりでに震え出し、客を怖がらせてクビになった。
「なんでよー!幽霊がお手伝いしてくれるなんて、付加価値じゃん!」
「普通は呪われてると思うだろ……」栞の部屋で、二人はため息をついた。蓮も、ポルターガイストで皿を運び、栞の負担を減らそうとしたが、力加減を間違えて割りかけたり、客の頭にフォークを落としそうになったりと、空回りばかりだった。
そんなドタバタな日々を送る中、虹乃そらの様子に、少しずつ変化が見え始めていた。配信での笑顔は変わらないが、ふとした瞬間に、疲れの色が滲むようになったのだ。『最近、ちょっと数字、伸び悩んでるのかな……』『同期の子はどんどん大きくなってるのに、そらは……ダメダメだね』時折漏れる弱音に、蓮と栞は胸を痛めた。彼女が、決して順風満帆ではないことを、二人は知っていた。
「急がないと」栞が言った。「そらちゃんが、心を折っちゃう前に」『うん……』
栞はオカルト趣味を封印し、地元の小さな古本屋でのアルバイトを決めた。時給は安いが、店主のおじいさんは穏やかで、栞の奇行にも動じなかった。栞は真面目に働き、蓮も今度は邪魔をしないよう、本棚の隅で静かに彼女を見守った。
そして一ヶ月後。栞は給料袋を握りしめ、蓮の前に差し出した。
「貯まったよ、一万円」
その一万円札は、どんな大金よりも、重く、そして輝いて見えた。