第4話:オカルトな、そらとも
計画が頓挫し、蓮は完全に燃え尽きていた。ただ漫然と街を漂い、目的もなく日々を過ごす。もう、スパチャを送るなんて無理なんだ。僕の想いは、誰にも届かずにこのまま消えていく運命なんだ。そんな諦観が、霧のように蓮の霊体を包んでいた。
その日、蓮はいつかのように公園のベンチに腰掛けていた。正確には、ベンチを通り抜けて地面から三十センチほどの位置に浮遊していた。生きた人間たちが楽しそうに談笑し、子供たちが駆け回る光景を、ただぼんやりと眺める。
ふと、隣のベンチに一人の少女が座った。年の頃は蓮と同じくらいだろうか。黒髪のショートカットに、少し大きめのパーカー。何より目を引いたのは、首から下げた古めかしい一眼レフカメラと、リュックサックに付けられた「呪」という文字のキーホルダーだった。少女はスマホを取り出すと、慣れた手つきで操作を始めた。画面に映し出されたのは、見慣れた天使の姿。虹乃そらの配信アーカイブだった。
「……そらとも、か」
思わぬ同好の士の出現に、蓮の心に小さな灯火がともる。つい、少女のすぐ隣までふわりと移動し、画面を覗き込んだ。少女が観ているのは、蓮が死んだ、あの伝説の3Dお披露目ライブだった。
「やっぱり、このライブは最高だな……」
蓮が感慨にふけっていると、少女が突然、ピクリと顔を上げた。そして、蓮がいる空間を、じっと見つめた。
「……誰か、いる?」
心臓が跳ねた気がした。まさか。見えているはずがない。幽霊になってからこっち、誰かに気配を察されたことすらなかった。蓮は息を殺し、その場に凍り付く。少女はしばらく虚空を睨んでいたが、やがて「……気のせいか」と小さく呟き、再びスマホに視線を落とした。
ほっと胸を撫で下ろす蓮。だが、その時だった。画面の中で、そらがウインクをした。
「うっ……!」不意打ちのファンサービスに、蓮の霊体がきゅんとときめき、無意識に身じろぎしてしまった。その瞬間、少女がベンチに置いていたペットボトルが、ガタガタッと激しく揺れた。
少女の目が、カッと見開かれた。
「やっぱりいる!絶対いる!」彼女はスマホを放り出す勢いで立ち上がると、蓮が浮いているあたりを指さした。
「あなた、幽霊さんでしょ!私にはわかるんだから!」
蓮は、混乱の極みにいた。見えている?本当に?半信半疑のまま、おそるおそる手を振ってみる。すると、少女はこくこくと力強く頷いた。
「うん、見える。なんか、半透明な男の子が手を振ってる。ていうか、あなたもしかして、そらとも?」少女は、蓮の視線が自分のスマホに注がれていることに気づいたらしい。
信じられない思いで、蓮も頷き返した。少女は「おおー!」と声を上げると、興奮した様子でリュックからメモ帳とペンを取り出した。
「喋れないんでしょ?これで書いて!私、夏目栞。オカルト研究が趣味の、しがない高校生」
栞と名乗った少女は、メモ帳を蓮の前に差し出した。
蓮は、震える手で、いや、震える念で、ペンを操った。ポルターガイスト能力の応用だ。ぎこちない動きで、ミミズが這ったような文字を書き連ねていく。
『僕の名前は夜桜蓮。幽霊です。あなたと同じ、そらともです』
栞は、宙に浮かんだペンが勝手に文字を綴っていく光景に、「すごーい!リアルポルターガイスト!」と目を輝かせている。恐怖心は微塵も感じられない。むしろ、未知との遭遇を心から楽しんでいるようだった。この少女なら。蓮の心に、消えかけた希望の灯が、再び強く燃え上がった。