お裾分け
『何で? 何で? 私なのよ? 他にも沢山いたじゃない、それなのに何で私なの?』
あー鬱陶しい、なっちまったんだから仕方がないだろうが、こんな暗い声を聞いてたら滅入っちまう、だから私は外に出た。
ま、もっとも、私もこの前まで同じような事を口走っていたのだけどね。
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会社のレクリエーションとして行われたハイキングに出かけて来た。
参加は強制じゃ無かったけど、どうせ家にいても寝ているだけだろうから参加する。
見晴らしの良い場所で行われたバーベキューが目当てでもあったのは内緒。
バーベキューを食べ暫く遊んでから駐車場かある場所まで歩き始めたんだけど、突然土砂降りの雨に見舞われる。
山の天気は変わりやすいって聞いた事があるけど、さっきまで晴天だったのに変わり過ぎだろ、ハイキングが行われるような低山なら尚更に。
雨が降り出したばかりの時はまだ、レクリエーションに参加していた人たちと纏まってハイキング道を駆け下っていたんだけど、雨足が早くなってくるともう濡れても良いやと歩き始める中高年の人たちや、水滴は滴ってくるけどこれくらいならと木々の下で雨宿りを始める家族連れが離脱して、駆けてるのは比較的若い者たちだけになる。
その駆け下っている者たちも体力の差で段々とバラけていき、俺の周りにいるのは十数メートル程前を駆ける人だけになった。
その人は雨宿りできる場所を探しているのか、キョロキョロと周りを見渡しながら走っている。
と、突然走る方向を変え道の脇の斜面を駆け上がり始めた。
彼が駆け上がって行く先に目を凝らすと、斜面に大きな岩が迫り出しているのが見える。
あの下なら雨宿りできるかも知れないと思い、俺も後に続き斜面を駆け上がった。
岩の下に辿り着いたら上から降ってくる雨は凌げたんだけど、風に煽られた横殴りの雨は凌げない。
どうしようか? って思ってたら先に此の岩を見つけた人が、「此処なら凌げるか?」と独り言を呟きながら、岩の下に潜り込んで行く。
見ると岩の下に穴が空いていた。
だから俺も後に続く。
穴の中は眼鏡が一瞬で曇る程の凄まじい湿気でジメジメしてる上、天井から染み込んで来たらしい雨水が滴り落ちて来ていて、外と変わらないように思う。
そうしたら先に穴の中に入った人が懐中電灯で周りを照らしながら、また独り言を口にする。
「奥に行けば多少はマシな所があるかも知れないな」
そう言ってズンズンと穴の奥に入って行く。
俺は慌てて眼鏡の曇りを指で拭い、ポケットからスマホを取り出してライトを点け後に続く。
スマホのライトに照らされた前を歩く人の服装は見覚えの無い物。
会社の人では無く、他のグループか個人でハイキングに来ていた人なんだと思う。
暫く進むと凄まじい湿気は相変わらずだが、天井から滴ってきていた水滴は無くなる。
それでも前を歩く人は歩みを止めずドンドン奥に入って行く。
二股や三股になっていたり、逆に幾つかの道が合流していたり交差していたりしてたけど、進むべき道は此方だと言わんばかりに奥へ奥へと突き進む。
だから不安になって前を行く人に声を掛けた。
「あ、あの、道知ってるんですか? 躊躇う事無く奥に向かって進んでますけど」
前を歩く人は振り返る事も無く返事を返してくる。
「不安なら引き返したらいいだろう。
私はアンタに付いて来いなんて一言も言ってないんだからな」
冗談じゃ無い、スマホの電池が心許なくなっているのにこんな所から1人で戻れ無いよ。
だから俺は彼の後に続く。
それから暫く歩くと広い場所に行きついた。
その広場の中は、突き進んで来た入り組んだ通路より幾分湿気が低く感じる。
「此処は?」
広場の一角に座り込んだ彼に声を掛ける。
「私たちの墓場で、アンタの死に場所だよ」
そう言いながら彼は広場の中を懐中電灯で照らす。
広場のそこかしこに、白骨化した人の骨や腐りかけた遺体が転がっていた。
「ヒィ!」
俺が息を飲むと同時に、そこら中からドッと笑い声が上がる
『ウヮハハハハハハ!』
『仲間だ、仲間だ、ヒヒヒヒヒ』
『キャハハハハ! 増えた、増えた』
『お裾分け、お裾分け、ヒャヒャヒャヒャ』
『私だけじゃ無かった、ザマミロだ、アハハハハハ』
『ケケケケケケ!』
「ど、どういう事だ? お裾分けとか仲間とかって?」
俺の問いかけに、腐りかけた肉片を纏った骸骨の姿になった彼が答えた。
『不幸のお裾分けだよ、アンタも此処で私たちと同じように死に腐って行くのさ』
「い、嫌だ、こんな所で人知れず死ぬなんて嫌だ!」
『だったら戻りなよ、1人で穴の入り口まで戻りなよ、戻れるならな。
皆んな戻ろうと穴の中を彷徨い歩き、結局此処に戻って来るんだ』
逃げ出そうとした時、スマホの電池が切れて真っ暗な闇が広がる。
俺は逃げ出す事もできず頭を抱えて啜り泣きながら喚く。
「何でだ? 何で俺なんだ? 俺以外にも沢山の人がいたじゃないか? それなのに何で俺なんだよー!」