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第40話 未来を持ち帰った少年


「なあ、今日もお前の家行っていい?」

放課後、俺は友達のシンへ告げた。


「勿論いいよ。一緒に見ようよ。」

シンは机の中から教科書を取り出し、学生鞄へ詰めた。



俺の家にはまだテレビがない。


発売された当初は、とても一般家庭で買える様な物でも無かったが、

最近では一家に一台テレビを置く家庭も増えている。


だが、俺の家は皆に比べて少し貧乏なのでテレビはまだ無い。

なのでシンの家に入り浸り、2人で夢中になってテレビを見ている。


シンはお金持ちの家庭だ。

皆が持っていない新しい物も多く持っているし、お小遣いも沢山貰っているそうだ。


だけどそれを自慢する事はない。

俺の家の事情も分かってるし、それでいて仲良くしてくれる。

誰とでも同じ態度で接する、気の良い奴だ。



「あ、ラムネ売ってるよ。飲もう。」

シンが道端でラムネ売りを見つけ、素早く声をかけた。

こちらに向かって「ほい。」とラムネを差し出す。


「いいの?また奢ってくれて。」

俺は受け取りながらラムネのキャップを外し、玉押しを容器に押し当てた。

プシュと音がして数秒待ち、キンキンに冷えたラムネを喉に流し込む。


「いいよ。一緒に飲んだ方が美味しいじゃん。」

シンはラムネを飲みながらそう言った。


「あー、飲んだらちょっと涼しくなったよ。ありがと。」

夏の日差しに照らされた体は、冷たい飲み物を飲んで少しだけ楽になった。


「早く夏は終わらんのかねえ。」

シンは飲み終えたラムネの瓶を額につけて涼をとった。




「あら、おかえり。トラちゃんもようこそ。」


シンの家に着くと、シンの母親が台所で夕飯の準備をしながら言った。

母親もシンと同じく俺に良くしてくれる。

ほぼ毎日来ているのに、一度も嫌な顔をされた事はない。


居間に着き、シンは鞄を捨てる様に投げて扇風機をつけた。


「んー、幾分涼しいが、体が冷えんね。」


俺も鞄を隅に置き、シンの横に座り扇風機の風を浴びる。

汗で湿った服を風が撫でるが、やはりまだ暑さを感じた。


「じゃあこれでも食べるかい。」

そう言って、シンの母親がお盆に飲み物とアイスを持ってきてくれた。


「わ、ありがとうございます!」

俺は受け取りながら目を輝かせた。


俺の家に冷蔵庫はあるが、冷凍の機能はない物なので、

こうやって手軽にアイスを食べられるのは大変有り難かった。


「いっぱい食べなよ。」

そう言ってシンのお母さんは台所へと戻っていった。


スプーンで一口すくってアイスを食べる。

「うまい。シン、いつも本当にありがとな。」

アイスの甘さと冷たさは、一瞬だけ俺を夏から解放した。


「俺じゃなくて、母さんに言いなよ。」

シンは笑いながらアイスを食べた。


その後2人して釘付けになりながらテレビを見た。


今までは身近な事しか目で見る事は出来なかったけれど

こうやって色んな情報を受け取れるのは、俺にとっていつまでも新鮮で楽しかった。



「ただいまー。」

玄関をガラリと開けると、

母親が「またシンちゃんの所でお世話になったの?」と困った顔をした。


「これだけお世話になっているのに、何もお返しが出来ないわ。」

そう言って嘆く。


「かあちゃん大丈夫だよ、シンは嫌なら嫌って言う奴だから。」

俺は自分の部屋に戻りながら母親へ言った。


着替えをし、居間に行き扇風機を回す。

「強」のボタンを押すとガタガタと古めかしい音を立てたので、

慌てて「弱」のボタンを押す。扇風機はゆっくりと回り始めた。


「これ、もう壊れそうだよ。」

台所にいる母にそう言うと、

「壊さないでよ。新しいのなんて買う余裕はないわ。」と冷たい返事が返ってきた。


やがて父も仕事から戻り、居間でちゃぶ台を囲み食事をした。


父は厳格な人であまり話をしない。

「ん。」と空になったコップを母に差し出すと、

母は「はいはい。ついできますね。」と台所へ向かう。


こうやって、「あれ」とか「それ」とか単語でしか話が出来ない人かと思うが、

俺のテストの成績が悪かったり、振る舞いが悪かったりすると

嘘の様に饒舌に叱り出すので、俺は到底父には歯向かえない。



「なあ父ちゃん、扇風機が壊れそうなんだ。」

おかずを食べながらそう告げると、父は少し考えた後「分解してみっか。」と言った。


父親は製造業に勤めている。

具体的に何を作っているのかはよくわからないが、

家電に関わる部品を作っているらしい。



以前時計が動かなくなった時、一緒に分解をした。


父は手先が器用で、細かなパーツを1つずつ外していった。

俺にもやらせてくれたが瞬きすれば小さなパーツを無くしそうで、

必死に目を開いていたので後で目が痛くなった。


全部分解し、再度同じ手順で元に戻していく。

1つでも欠けてはならないパーツが、

幾十にもなって複雑に作られている事を知ったのは、その時が初めてだった。



以前からそう言った事を何度かしていたので、

夕飯後も一緒に扇風機の分解をする事になった。


「ねえ、壊さないでよ?お願いよ?」


母親は皿を洗いながらこちらの様子をチラチラと見ている。


父と俺は丁寧に扇風機の部品を外しながら、何が原因かを探っていた。


「あ、多分これや。」

父がボタン部分にあった部品を取り出した。


原因が分かっても新しく取り替える部品はないので、

その場にある道具で取り繕って元の場所に戻す。


「行くで。」

全部のパーツを戻した後、父が試しに「強」のボタンを押した。


扇風機は先ほどまでの様に異音は出さず、強い風が俺の頬に当たった。


「やったな。」

父が俺の頭を撫でた。

俺も嬉しくて父に「流石父ちゃんや!」と笑った。



夜も更け、寝る前に自室でノートを取る。

先ほどの扇風機の解体図を、拙い絵と共に手書きで書いた。


また壊れたら自分でも直せる様に、

解体した物はこうやってノートに書き起こしている。


「寝るかあ。」

一通り作業が終わった俺はノートを本棚に戻し、

明日の科目の教科書を学生鞄に入れた。



だが、布団に入ろうとしたその時急激な眩暈に襲われた。


まるで、地面がぐるぐると円を描く様に動き、

自分の体が上にいるのか下にいるのかも分からなくなった。




気がつくと、見た事もない様な場所に俺は立っていた。


足元には色々な文字が行き来しており、その文字は読めないが

地面が土ではなくガラス張りの様な物だった。


自動車の様な物も動いている。だが、タイヤが見当たらない。

地面から数センチ浮いてその物体は進んでいる。


今まで見た事がない位高い建物ばかりで、俺は唖然とした。


シンの家のテレビとは比にならない位大きい画面が町中に沢山ある。

どれも色がついた映像で、音声と共に滑らかに動いている。


「なんだこれは…。」


俺は歩き出した。

ここはまるで宇宙人が住む様な、不思議で発展した都市だ。


目の前にあった建物もキラキラと輝いていて

上を見上げても最上階がどこにあるのかも見る事が出来ない。


空はドームの様になっていて、綺麗な星空が映し出されている。


ここは現実か、はたまた夢か。


近くを通った人は、1人で何か喋っていた。

様子が気になり後ろから追いかけると、耳元に何か器械の様な物をつけ

それに何か喋っていた。


その会話を聞いてみるも、独り言ではない。

多分察するに、あの器械で誰かと喋っている様子だ。


そんな技術とうてい俺の住んでいた所にはない。


その人が俺に気づき振り返ったので、俺は逃げる様に反対方向へ走った。



道の近くに車らしき物が止まっていた。


近づいて確認したが、ハンドルはなかった。

代わりに小さいテレビの様な画面がはまっており、地図みたいなものが表示されている。

止まっていても地面から数センチ浮いていて、形も横長の丸状だった。


「すごい!」


俺は街中を探索し、色んな物を見た。

ここは未来の都市なのだろうか。

身近な物が軽量で便利になっている様子に、俺は興奮した。


そう言えば、ここに来てから暑いとか寒いとか一切感じない。


不思議と風は吹いていない様だが、

まるでここら一体の気温が管理されているかの様に心地よい温度だった。

また、じめっとした湿度も感じられない。

軽やかで涼しくて、こんな体験初めてだった。


どこを見てもネオンが光り、キラキラと輝いている。



「すみません。AUPDです。」

急に2人の男性が現れて驚いたが、俺はたまらず話しかける。


「ここって、未来ですか!?」


そう言うと、黒髪の男性が困った様子で答える。

「君で言うと、未来かも。でも世界線が違うから、未来でもあり過去でもある…かな。」


「じゃあ、あの器械とかって、どうやって動かしてるんですか!?」

俺は興奮冷めやらずに矢継ぎ早に質問する。


「別世界線の情報は基本的に教えられませんよ。

えー、兎に角。私はアマギリであちらはセイガさんです。」


カーキー色した短髪の男性、アマギリさんが俺を落ち着く様に促す。


「あなたは、今別の世界線に越境してます。我々AUPDはそう言ったトラベラーの方を

元の世界線に限りなく近い世界線へ移送するんです。」


「別の…世界線…。」

俺はこれがたんなる夢ではないと知り、また興奮した。

ここの設備について色々と質問してみたが、規則上言えないと言われてしまった。


「悪いけど、今から99.999%近い世界線に君を移送する。」

セイガさんがそう言って、俺の肩を叩いた。


「友人関係とか、何かしら変わる可能性はある。だが理解してくれ。」


セイガさんの真剣な表情に、俺はようやく落ち着きを取り戻し頷いた。


「あの、凄く楽しかったです。ありがとうございました。」

俺は2人にお礼を言った。


2人は目を丸くして固まった。

「あのね〜。ここにきたのは偶発的よ。もう来れないからね。」


「そうですよ。まあ、帰って少し変化があるかもしれないですから、

あなたも慎重にして下さいね。」


セイガさんとアマギリさんはそう言って、笑った。




気がつくと、俺は自分の布団の前で倒れ込んでいた。


ネバネバとする様な湿気と、生暖かい空気が窓から流れていた。

あの世界の様な軽やかな空調ではない。


ああ、戻ってきたんだと実感する。


だが先ほどまで見ていた色んな器械の様子が、目の奥に鮮明に焼き付いていた。


「やっぱり、夢じゃなかった!」




そこからの俺は傍目からした異常な位、科学や工学にのめり込んでいった。

図書館にも通い詰めたし、

家中のありとあらゆる電化製品を解体した。


最初の頃は失敗ばかりで、

母親はもうやめなさいと叱ってはいたが、

目を離した隙に色んな物を解体するので、途中から「好きにしなさい。」と諦めた。



父親はそんな俺の様子が面白かったのか、

解体作業を手伝ってくれたし、色んなアドバイスをくれた。


父が勤めている工場にも連れていってくれて、電子パーツをどうやって作っているのか等

沢山の知識を共有してくれた。




俺は中学、高校を卒業すると、電気工場に勤めながら夜間学校に通った。


そして、22歳で個人商店「トラ電機」を創業した。


最初は町の電気屋さんとして、テレビや扇風機等の組み立てを地道に行った。


ある程度資金が貯まった頃、ずっと考えていた商品の実現に向けて

色んな工場へ持ち込みをした。


「その商品は実現可能なのか?」と相談した会社に散々言われたが、

俺は自信を持って設計図を見せた。



そして俺の事を気に入り、契約をしてくれた工場と共に製品を作成した。

試作段階から、「これは売れるぞ!」と工場の人が息巻いており

小ロットから発注する予定だったが、大幅に変更しかなりの在庫を作った。


そしてついに発売を迎える。


そして、その商品が瞬く間に大ヒットした。


決して安くはない値段だが、利便性を求め世間では品薄状態が続いた。


順調に契約工場を拡大していき、販路は国内に留まらず海外にも進出した。



5年後には、どんな家電をも取り扱う「トラ電機株式会社」として上場した。

この頃にはもう「電化製品と言えばトラ」と言われる知名度になっていた。




「おー!久しぶり!」

居酒屋の前でキョロキョロと当たりを見渡すシンに手を招いた。


「トラー、お前偉くなっちゃってさあ。」

シンは相変わらず無邪気な笑顔で俺を小突いた。


「いや、シンには頭あがんねえよ。散々お世話になったからな。」

隣に座るシンに、俺は改めて中学時代のお礼を伝えた。


シンは大学院付属の私立高校に行ったので、中学卒業と共に少し疎遠になった。

だが遊ぶ頻度は減ってはいたが、ずっと連絡を取り合っている仲だった。


暫くは俺が忙しく過ごしていたので、シンとは1年ぶりの再会だ。



「乾杯しますかあ。」

シンがビールジョッキを片手にあげる。

俺も同じく掲げて、「乾杯!」と叫んだ。


「やっぱ、一緒に飲むと美味いな。」

シンが笑った。


「それさ、ラムネの時もいつも言ってたよな。」

俺はビールを喉に流し込み、笑い返した。



ひとしきり、会話を楽しんでいた時、シンが真面目な顔で問いかけた。



「なんで、あんな物作れたんだ?」


その質問は嫌味ではない、単純な興味だった。


俺は暫く考え込んだ。

でも、ふとあの時の記憶が蘇り笑って答えた。



「一度、見たんだよ。未来ってやつを。」



そんな俺の答えに、

「なんだよ〜。もう酔ってるのかよ!」とシンは笑った。




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