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第31話 無垢な心


街中のカフェに入り、オレンジジュースを頼む。

俺はあまり苦い物が苦手なのでコーヒーなんか飲めやしない。


もう25歳なのに、ちょっと子供っぽいとよく言われる。

でも心と言う物は自然に大人になんかならないし、子供心を持ち合わせているのは、

新たな出来事に悲観的にならずに楽しめるから、いい事だと思う。


「お待たせしました。」

美女の店員がジュースを持ってきてくれる。

ありがとうと伝え、彼女の手を取る。

「今日、この後デートしない?」


普通ならそんな事をする人はいないだろう。

でも彼女は「もちろん」と笑顔で答え、連絡先を交換した。


この世界は、俺を中心に回っている。

それはアクシスにそう設計する様に頼んだからだ。


1年前、俺は偶発的に世界線の越境をしてしまった。

AUPDが迎えに来るよりも早く、ORAXのメンバーと遭遇した。

本当に偶然の出会いだったが、その時にORAXへ加入しないかと誘われたのだ。


俺は自由っていいな、なんて軽く考えて加入する事を即答した。


でも実際ORAXの世界線に来てみると、

ORAXメンバーは総じて知能指数が高く、色々研究などをしていた。


俺は正直に言うと馬鹿だ。

皆の研究内容も一通り説明を受けたが、さっぱり訳が分からない。


他のメンバーも俺の使い方をどうしたものか、と頭を悩ませていた。


だが、その時アクシスが現れた。


基本的にアクシスは独自の世界線に住んでおり、

あまり拠点となる研究所には姿を現さないと言う。


皆んなに優しく話しかけているのを見ていると、

「君が、新たに加入してくれた人だね。」とにこやかに笑いかけてくれた。

そんなアクシスの様子に一気に緊張が解れて、自分が適した作業がない事を相談した。


アクシスは簡単な業務であれば紹介できると言ったが、

ここの人達が言う「簡単」は俺に変換すると「凄く難しい」のだ。


「じゃあ、君はここで何をしたい?」

悩んでいる俺に、アクシスはそう言った。


せっかく自分の世界線からここ、ORAXの世界線に来たのだ。


「ORAX世界線の中に、自分だけの特別な世界線を作って欲しいです。俺、そこで一生暮らしたい。」


俺は素直な気持ちでそう答えた。


言った後、ORAXに加入したのに何もせず自分勝手過ぎたかもと後悔したが、

アクシスはふっと微笑んだ後言った。


「ここで何をするのかは、君の自由だから世界線を作る事を許可するよ。」


そうして俺の要望に全部答える形で、俺が住む世界線を構築してくれた。



ここの世界線では、俺が望めば何でも手に入るし、俺の思い通りの結果になる様になっている。


俺は元の世界線では絶対に出来なかった事を、ここでやりたい放題やった。


例えば車。

俺の世界線では車は空も飛べるし地面も走れる。

でも当時の俺は貧乏だったので、中古で買ったボロボロの車に乗っていた。

色々ガタが来ており、空を飛ぶ際にタイヤが回転するのだが右側のタイヤが回転せず、

ずっとキュルキュルと異音をたてていた。

修理をするお金もなく、生活はギリギリだった。


でもこの世界では、元の自分では手が届かなかった高級車が手に入った。

俺はドライブが好きなので、思う存分乗り回した。

異音もしないし、トラブルもない。


世界構築の際に自分以外車を持たない設定にしていたので、

この世界で俺しか持ってない。

取り締まる人もいないので、最高速度で空を飛んでも誰にも怒られない。



法律と言う設定もここにはないので、俺が買い物をしても支払いをする必要がない。


この世界線にいる大勢の人たちは、ゲームのCPUの様に行動がループしている。

でも、俺が話しかける事をすれば、俺の思い通りの回答をしてくれる。


この世界は最高だった。

何をしても、どう動いても俺の理想通りになる。


この世界で1番高い建物の最上階に部屋を構えている。

そこは信じられない程広くて、正直1人では持て余す。


なので、今日みたいに好みの女性に話しかけ数週間程度同棲をする。

会話は普通に出来るが、俺の言う事に反論もしないし否定もしない。


俺の部屋に入った瞬間から、まるでずっと好き合っていた様に恋人関係になる。

でも正直言うと、どんなに美女だろうと肯定しかしない人間はつまらない。


だから数週間で関係を切り、新しい女性を探すのだ。


「今日で、この関係は終わり。さよなら。」

玄関口で女性にそう言うと、「分かりました。さよなら。」と笑顔で返答するのだ。


その後、彼女達はまたゲームのCPUにでも戻ったかの様に、また同じ行動に戻るのだ。


一度に女性を何人も部屋に連れ込んで、戯れた事がある。

それもそれで楽しかったし、定期的に行っているがやはりどこか孤独を感じる。

俺が求めれば直ぐに心が通じ合うが、なんだか一方的な気がするのだ。



それでも、俺はこの世界線を気に入っていた。

欲しい、と思えば直ぐに手に入る。

こんなにも便利な世界線は絶対に他にはないと思う。


たまにORAXのメンバーが俺を見に来る事がある。

自由奔放にしているこんな俺でも、メンバーは心配してくれている様だ。


そこで色々な情報を聞くが、やっぱり俺には理解出来ない。

AUPD対策の何かの装置が完成間近と言うが、設計や理屈を教えてもらってもサッパリ分からない。


最初は、俺はさも分かっているかの様に振る舞ったが、

そうすると、理論の説明がもっと始まってしまうのでそれからは正直に分からないと答える様にしている。


ORAXのメンバーは一般的に危険と言われるが、実際は親しみやすくおしゃべりな人も多い。



俺をスカウトした男性も、定期的にこの世界線に遊びに来てくれる。

「なんか、安易にスカウトして悪かったな。お前が困ってないといいけど。」


そう言って申し訳なさそうにする彼は本当に優しいと思う。

俺はこの世界線で凄く満足していると伝えると、安堵の表情で「良かった。」と微笑んだ。


その後は色々な雑談で盛り上がった。

彼は俺にあまり知識がない事を分かっているので、他の人とは違い理論の話などはしない。

単純に今までの世界線であった出来事等を面白おかしく話してくれるのだ。


この世界線では経験出来ない、唯一心が通じ合っていると感じる瞬間だ。


彼がORAX世界線に戻ってしまうと、ポッカリと心に穴が空いた気分になる。

だからそう言う時は、新しい女性に声をかけるのだ。



最初こそ楽しかったものの、

この世界線に来て1年程経つと、俺はこの生活に退屈さを感じる様になった。

欲しい物はもう既に手に入っており、それ以上望む物がない。

女性との関係も、既に飽きてしまっていた。


俺はこの世界線から元の世界線へと戻りたくなっていた。



ある日ORAXのメンバーが来た際に、どうしてもアクシスに会いたいと伝えた。

他のメンバーとは違い、自分からORAXの別の世界線へ移動する許可は得ていないので、

アクシス事この世界線へ来て貰う必要があった。


2週間程度気長に待ち続けた頃、アクシスは目の前に現れた。



「やあ、どうしたんだい。」

アクシスはいつも優しい笑顔をしている。


「俺、この世界線飽きちゃったんです。

だから、元の世界線に戻りたいって言うか…。ORAX抜けたり出来るんですかね。」


俺は意を決して言った。

ORAXに加入しているものの、俺は何の役にも立っていない。

なので、自分の世界線に戻り普通に生活が送りたかった。


アクシスは少し考える様に腕を組んだ。

「君の元いた世界線は、君をORAXに移送した時に既に世界線事消滅させたよ。」


「え、消滅!?」


「そう。AUPD対策でもあるんだけど、

1人別の世界に引っこ抜くと、その世界線が因果崩壊を起こす可能性もあるしね。」


アクシスは冷静にそう話した。


俺は、自分の世界線は当然まだあるものだと考えていたし、

正直アクシスに言えば、帰れるんじゃないかと淡い期待を持っていた。


俺のいた世界線は、もう消滅してどこにもない。

その事実が悲しくて寂しかった。


「うん。戻れない変わりに、君に仕事があるよ。」


その言葉に、俺はアクシスを見つめる。



アクシスから仕事内容を詳しく聞いて、俺はその仕事に就く事に決めた。

この世界線にこれ以上いると、心が壊れる気がした。


アクシスは世界線転送装置を俺に渡して、微笑んで言った。


「まあ、危険は危険だけど君なら大丈夫だと思う。」



———————


「なあ、また俺どっか行くの?」


俺は眠たげに目をこすりながら言った。


今俺は、ORAXの技術管理をしている世界線に住んでいる。

ここでは皆が各々に研究をしていたり、世界線を越境する際の出国ゲートの様な役割を持っている。


「うん。また行ってきて。」


管理をしている女性にそう言われ、俺は項垂れる。


それは、何十回目の世界線の越境だった。



最初に行った世界線は空が緑色で、海が赤かった。

歩く人々の肌は薄い紫色をしていた。

最初こそ物珍しさで興味を持ったが、直ぐに見慣れた。


「ふーん、で、どうしたらいいんだ?」


俺は近くのベンチに座り、ポケットから飴を取り出す。


誰かが俺に近づいてくる。


「IDを見せて下さい。」


その世界線では、肌の色が違うと直ぐに越境者だとバレるらしく、事前に偽のIDを持たされていた。

それを差し出すとその人は機械で確認し、問題はないですと去っていった。




次の世界線では、人々は一才言葉を発しない世界線だった。


どこへ行っても人が密集しており、肩がぶつかる度に「すみません。」と言うが誰も何も言わない。


最初はなんて失礼な人達なんだと思ったが、

よく様子を見ると誰も一言も言葉を発していない事に気付き、

俺は「そう言うもんか。」と納得して俺も黙った。


そこでは誰も何も言わないので、静かな世界も良いもんだなと思った。



1番嫌だった世界線は、全ての音が反響というか、変になる世界線だった。


着いて直ぐに鳥のさえずりが怒鳴り声に聞こえた。

風の音は誰かの笑い声の様に鳴り響き、耳を塞ぎたる程うるさかった。


だが数分もすると俺はその世界線に慣れていた。

丁度お腹が空いていた俺は、屋台で打っていた焼きそばを買って食べた。


焼きそばは凄く美味しかった。


聴覚は変になりそうな世界だが、味覚はそのままで良かった。




こうして俺は色んな世界線に飛ばされて、

時間が経ったらORAXの世界線へ戻ると言った奇妙な仕事をしている。



アクシスが説明するには、俺は「純粋な無思想人間」だと言う。


最初そう言われた時は褒められた気がしたが、

よくよく考えてみると、頭が空っぽって意味ではないだろうか。


数個の世界線へ飛ばされた後、

ORAXのメンバー達に「この仕事に、君は適任だ。」と言われた。


世界線の変化に対して、最も反応しない存在らしい。



違和感を感じ「ここは自分のいた世界と違う」と認識を始めると、

直ぐに存在波の揺らぎが強くなりAUPDに保護されてしまう。


まあ俺は確かにどんな世界線でも、「そんなもんか」としか思わないので

存在波は影響せず、まるで「そこにいた人」の様に馴染む事が出来るそうだ。


その「反応のなさ」が、今後観測干渉の境界を示す基準の研究に繋がるらしい。




まあ、面倒だけど皆褒めてくれるし、せっかく与えられた仕事なので頑張っていこうと思う。





-----AUPD第2課にて-----



「あ、またこの人ですよ。」

俺はデータを共有しながらセイガさんに伝える。


「時空の歪みを感知して捜査しても、全然存在波が揺らがないので、確保出来ないです。」


セイガさんはラムネをボリボリ食べながら言った。

「いや、正直俺も分からん。ただ、こいつ何も考えてないんだと思う。

色んな世界線に行ってデータを取る。多分ORAXだけど、実験台にされてると思う。」


俺はため息をついた。

どれだけ頭を空っぽにしたら、色んな世界線でも異常をきたさないんだろうか。


セイガさんは最後に呟いた。


「んー。案外こう言うヤツが1番ヤバいかもしれん。」



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