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家族に虐げられた令嬢は雷神様と添い遂げる

作者: 緑玉

「エマリア・ハーベスト、其方は我が愛しのリア嬢に対し、執拗に嫌がらせをしていると報告が上がっている。真実か?」


とある国の王宮、王太子であるラルフ殿下の執務室にて、目の前には殿下と側近の貴族とリア嬢が、後ろには両親であるハーベスト公爵夫妻と妹のジェシーがいる中で、私エマリア・ハーベストはあらぬ罪の断罪を受けているところだ。


「恐れながら殿下、私には身に覚えがありません。」

「お姉さま、罪は素直に認めた方が良いですわ!」


妹が勝手に割り込んでくる。

ーーなぜ貴方の罪を私が自分の罪として認めないといけないの。

そう、ラルフ殿下の想い人である平民のリア嬢を虐めていたのは他でもない我が妹ジェシーだ。

殿下とリア嬢は王立学園に通う学生生活の中で恋に落ちた。学園は身分関係なく広く門戸が開かれており、リア嬢はなかなか聡明で、貴族の子女たちとも友好的に過ごしていたのだ。

しかしそれを、ジェシーは憎らしく思ったようだ。もともとラルフ殿下の婚約者候補として幾つかの家から令嬢の名が上がっており、ハーベスト家では私ではなく、妹がその中に入っていた。


殿下の側近、将来の宰相候補のフォードが口を開く。

「ジェシー嬢、勝手な発言は控えなさい。」

「恐れながら私は、なぜ姉がこのような愚行に及んだのか知っているのです。」

それに対して殿下が返答する。

「ならば聞こう。」


妹の言い分はこうだ。殿下の婚約者として妹が一番有力だったのにも関わらず、平民の女に出し抜かれそうになり、ハーベスト公爵家の発展のためにも妹のためにも、姉が殿下と平民女の仲を割き、妹を婚約者に押し上げようとした。平民女は少し虐めれば耐えられずに殿下から離れると思ったのだ、と。


だが真実はもっと単純だ。妹がリア嬢に嫉妬して虐めただけだ。しかし妹の言い分に両親が乗っかってくる。全て妹のせいだと知っているくせに。


「恐れながら殿下、私共からも謝罪を…」

「良いだろう。」

「エマリアは女ながら私の仕事の手伝いに熱心でございました。熱心すぎるが故にこのような…殿下の大切な方に対し、とんでもない失礼を…誠に申し訳ございません。」

父と母が頭を下げる。その様子を見て殿下がふぅと溜息をついた。

リア嬢が恐る恐る手を挙げて発言の許可を得て話に入って来た。

「私はもう何も怒っておりません。殿下、どうか罰は与えないでくださいませ。」

「うむ、リアがそう言うのなら。だが公爵家としてしっかりと娘の罪に対処せよ。」


それを聞いた両親と妹は恭しく頭を下げながら口元は下品に笑っていた。

私は終始、感情をどこかに置き忘れたかのように、冷めた目でこの茶番劇を見ていた。当事者に仕立て上げられているが、馬鹿馬鹿しい。だが発言したところで誰も信じはしない。私はとうの昔に反抗することを諦めている。ハーベスト家では妹が絶対なのだ。私は仕事をするだけの政略結婚の駒。妹のしでかした凡ゆる罪を被ってきた。けれど今回は相手が相手なだけに、いつものように認める訳にはいかなかった。


そんな全体的な様子をリア嬢は訝しげに見ていたことには気づかなかった。その日は、それでお開きになった。


屋敷に帰ると父は私を怒鳴りつけた。

「なぜ罪を認めなかった!まさか、ジェシーのせいだと告発するつもりだったのか?」

母、いや継母も私を見下して言った。

「私の可愛いジェシーに庇ってもらって良かったわね。これからも誠心誠意仕えなさい。」

「ふふっはははは!堪らないわ!いつも私のために可哀想なお義姉様!」

下品に笑う3人を見て、私は何のために存在しているのか、1人暗闇の中に吸い込まれそうな感覚に陥る。

「お前の沙汰はもう考えてある。喜べ、縁談だ。ベルトラード子爵のところへ直ぐに行け。」

ベルトラードといえば成金子爵として知られている家だが、それよりも女好きの中年オヤジとしても有名だった。

「まあっ素敵じゃないの!でも貴方、持参金なんて勿体無いのではなくて?」

「心配するな。若い娘が嫁に来ると分かって向こうで全て用意してくださるそうだ。」

「あっははは!もう最高ねお父様!お義姉様!素晴らしい縁談で羨ましいわ!」

ーー私がいなくなって、家の仕事はどうするつもりかしら。手伝いどころか全部丸投げのくせに。まぁそこまで頭は回ってなさそうね。

この家は元々私の母の実家だった。父は婿入り養子で、公爵家としての領地経営や社交、その他の仕事は全て母が行っていた。しかし母は病弱で私を産んですぐに亡くなった。その後すぐ、もともと父の愛人だったのだろう継母がこの家にやって来て、早々に妹ジェシーも産まれた。やがて家の財務が傾き始めた時、成長し母譲りの経営の才を表していた私に父は全てを丸投げした。

「承知しました。準備のため、今日はもう部屋に戻ります。」

私は醜く笑う家族に背を向けて自室へ向かった。

家族はその後もリア嬢の悪口を言いながら、ラルフ殿下の寵愛を受ける方法はないか議論し合っていた。


「ふぅ」

あれから小一時間ほどで荷造りは終わってしまった。もとより自分の物と言える私物が少なく、侍女を呼ぶまでもなかった。日はすっかり暮れて月が昇っている。

ショールを羽織りバルコニーに出て夜風にあたる。

感情が無いように見える私だが唯一心を取り戻せる相手が1人いる。

「ライ様…私はもうここには居られないようです。お別れですね。」

独り言のように呟くと、何もない空間から突然人影が現れ、エマリアの前に降り立った。

「何故受け入れる。なぜ争わない。」

そう言った人物はおよそ人間離れした美しい姿をした男だった。そして実際人間ではない。雷を纏った黒い雲が夜空を覆い始めた。

「全て見ていた。雷を落としてやろうかと思ったが、エマリアが俺を呼ぶのを待っていた。」

「もういいのです。ライ様、いえ雷神様。私はこの地で貴方と出会えて幸せでした。それだけで良いんです。」


私と雷の神様の出会いはハーベストの領地にある広大な森の中だった。母が残した公爵の仕事一覧の中に、何故か森の中の祠を清めるという他の仕事とは毛色が違う項目があり、最初は疑問に思っていた。そして初めて祠のお清めに向かった時、作業をしている私を見下ろす影に気づき空を見上げると、彼がいたのだ。

「あっあなたは⁈というか宙に浮いて…」

驚きで後ろに尻もちをつく形で倒れ込んだ私に近づき、彼は名乗った。

「俺は雷神。お前らが崇める神の1人だ。」

「かみ…さま…」

「あーだか、願いを叶えるとかそういう類の事は引き受けてないからな。不幸な顔した人間が祠でなにをしているのか気になって降りただけだ。」

なんて失礼な神様なのだろうか。最初の印象はそれだった。しかし祠に行くたびに何故か雷神はエマリアの前に姿を表し、徐々にエマリアも雷神に何でも話すようになり、雷神に名前は無いが、お互いをライ、エマと呼び合うまでになっていた。そしてエマリアは次第に雷神に恋心を抱くようになっていった。神様に恋をするなど、あってはならないのに…。


「お前が望むならここから攫ってもいい。」

エマリアは驚いた。私のためにそんな事を言ってくれるなんて、と感激した。だが神と人とでは共に生きて行くことは出来ない。それは分かっている。

「ありがとう…ございます。けれど私は運命を受け入れます。そして嫁ぎ先には決して会いにこないでください。」

穢れた自分の姿を見られたくないのだ。それだけは耐えられないから。

すると突然、雷神がエマリアを抱き寄せた。エマリアは驚いて目を見開いた。雷神の胸板に顔が当たる体勢に思わず照れてしまう。雷神の腕の力がふっと緩くなってエマリアはそっと雷神の顔を伺い見上げた。いつの間にか雷雲は無くなり、晴れた夜空に浮かぶ月光を背にした雷神は本当に美しかった。整った目鼻立ち、うっすら褐色の肌、耳には雷を型どったピアスが揺れる。黄金色の瞳と真っ直ぐに見つめ合うと、思わず想いを伝えてしまいそうになる。しかしそれを先に言葉にしたのは雷神の方だった。

「エマ、お前が好きだ。」

「え…なっ…」

思わぬ告白にエマリアは動揺したが、一つ深呼吸をして言った。

「揶揄わないでください。」

「神は嘘を言わない。」

「…だとしても無理です。私はただの人間です。それも不幸な。どうせ一緒にいられないなら…」

言いながら目に涙が滲み、ポロポロと頬をつたって流れ落ちていく。

「一緒に居られないんだから、そんなこと言わないでくださいっ!」

片想いで良かった。叶わない恋なら諦められるから。それなのに雷神様が自分を好いてくれているなんて。嬉しくて、悲しい。だって欲をかいてしまう。あなたと一緒にいたいって…。

たが雷神はエマリアの不安を軽く超えてきた。

「俺が人間になろう。」

「………え?」


その頃王宮の応接室でラルフ殿下とリア嬢と側近候補のフォードが3人でソファに腰掛けながら今日の出来事を話し合っていた。

「全く…今回のことでハーベスト家も終わったな」

「ラルフ様。私…どうもあの一家の様子に納得出来ないといいますか…」

「何が言いたい?」

ラルフに聞かれて、リアも明確には答えることができなかった。しかし集団の真ん中で罪人として立たされているはずのエマリア嬢の姿を見て、この人が自分を虐めた首謀者とはどうしても思えなかった。

その時、突然応接室の縦長の大きい窓が強風で勢いよく音を立てて開いた。危うく窓が割れそうになるほどの強い音に3人は身体をビクッと驚かせ一斉に窓の外を見た。

するとそこには羽衣のようなものを纏い優しいベージュ色の長い髪を編み下ろした色白の美しい男が夜空を背にゆっくり降りてくるのを見た。瞳もベージュ色のその男は酷く冷たい表情をしていたが、急にニッと笑って3人に声をかけた。

「アナタたちに面白い情報をあげるわ」

なんと見た目に反して話し方は女人のようだった。

「なっなんだ貴様は!」

得体の知れない登場人物に内心怯えながらもラルフはリアを背に庇いながら言った。しかし隣のフォードはベージュの男を見ながら、まさかと呟き、真実を確かめようとした。

「貴方様は…風神様ではありませんか?」

ラルフは驚いた表情でフォードを見た。風神の記録はこの国にはもう残っていない。しかし隣国には神が人と交流があったとされる伝承が書物として残っているのだ。ラルフは人伝に聞いたことがある程度だったが、フォードは隣国に留学した際にその書物を一度見たことがある。その時の姿絵と目の前の人物がそっくりだったのだ。

「あらぁ、私のこの姿を見ただけで何の神か当てるなんて、やるわね!」

そう言って風神はウインクをした。

「そうそう情報よ、気が変わらないうちにこれどーぞ!」

風神が人差し指を宙でくるくるっと回すと、応接室中に風が吹き始めた。それは緩やかな風でよく聞くと音が聞こえる。人の話し声だ。

『エマリア!この愚図が!さっさと仕事をしろ!支払いの件はどうなってる!督促状が来てるんだぞ!父の顔を潰す気か!』

『お義姉さま、わたくし子爵家と男爵家の殿方とこの前の夜遊んだのよ、エマリアと名乗っといたから手紙がくると思うけど、うまく処理しといてね。じゃあいつも通りよろしくね!』

『お前の事を娘だなんて思わないわ。お前は私の可愛いジェシーのためにその一生を尽くすのよ!アハハハハ!』

それはハーベスト家の日常の会話だった。そのほかにも耳を塞ぎたくなるような酷い扱いをエマリアは受け続けたのだとよく分かる内容が多々あった。

リアは涙目になりながらつぶやいた。

「ひ…ひどいわ…こんな…エマリア様…」

「殿下、リア嬢への虐めの件も分かりました!全ての首謀者はジェシー嬢です。ご両親もそれを知っているようです…」

ラルフは誤ってエマリアを責めた自分を情けなく思った。そして王太子である自分に嘘をつき、娘を盾に保身に走ったハーベスト公爵に怒りが収まらなかった。グッと握った拳には血管が浮き出るほどだった。

「早急にハーベスト家へ人を遣れ!私は陛下にこの件を報告してくる!」

「はっ!承知しました。」

「殿下、私も一緒に行きます!」

3人は部屋を出る前に風神に頭を下げ、御礼を言い、其々のやるべき事をしに向かって行った。

「あらぁ今の子達もなかなか良い子じゃない。雷神だけ大切な子見つけちゃってずるいわぁ〜。でもアイツのためにこんな事しちゃうアタシってほんとお人好し。」

そう言って風神は風に包まれて姿を消した。



ハーベスト家のバルコニーではエマリアが雷神の発言に対して詰め寄っていた。

「人間になんてなれませんよ、だいたい生まれ直すとしてもですよ?その頃には私もうだいぶお婆さんです!」

「心配するな。今、人間になるのだから。」

「⁇⁇⁇」

「隣国では1番最近で800年前にも火の神が人里に降りて人間として暮らし死んでいるぞ。」

「えぇ⁈」

800年が長いのか短いのか全然分からないが、よくある事のような言い方でエマリアは混乱した。

「でっでも、その後火の神様無しでは世界の均衡は…」

「人間になる前に新しい後継を産むから大丈夫だ。」

「産む…」

「人間の出産とは違うぞ…分身するような感じと言えば想像できるな」

「はぁ…でも…雷神様…人間になれば…死んでしまいます。」

「分かっている。」

「私なんかのために…雷神様を人間にするなんて…」

「お前は俺と生きたくはないのか?」

エマリアは泣きながら雷神を見上げて言った。

「生きたいに決まってます!」

エマリアは雷神が本気なのだとやっと分かった。後は自分の覚悟ひとつ。

「私は…わたしもっあなたが好きです。ライ…」

言い終わらないうちに再び雷神に抱き寄せられ、エマリアは目を閉じて静かに涙を流した。

そして2人の周囲を光がゆっくりと包み込み、強く辺りを照らした一瞬の後にはもう2人の姿は消えていた。




あれから数年後、エマリアは隣国の街で雷神と手を繋いで買い物をしていた。

「今日はポトフにしますか?」

「あぁ、少し寒いしそうしよう。」

2人は街でも有名なおしどり夫婦になっていた。


あれからラルフ殿下主導でハーベスト家の調査が行われた。結果、長年娘のエマリアに家業を任せ、妹の不祥事の処理をさせ、時には罪を被せ、3人は好き放題贅沢をしていたことが発覚。王家は両親を当主の座から降ろし、エマリアを当主に任命しようとしたが行方不明となっていたため、王家が後任が決まるまで管理することになった。元ハーベスト公爵は平民となり地方に飛ばされ過酷な労働生活を、継母とジェシーは北方の寒い地域の修道院生活を送っている。

暫くしてエマリアは隣国に住んでいることが判明し、直接ラルフとリアが向かったが、エマリアは帰ることを拒否し、そのまま隣国に住むことを選んだ。


雷神がエマリアの手をとり、しっかりと握る。

エマリアもその手を握り返し、雷神の顔を見上げて微笑む。そんな2人を遠くから見守る影が2つ宙に浮いている。


「あついわね〜妬けちゃうわ!」

「あれが先代とは…理解できません。」

1人は風神、もう1人はまだ幼い新しい雷神だった。

「坊やにはまだ分からなくて当然よ〜」

「僕は絶対あの様にはなりませんよ。」

「あらそう〜」


そんな会話が聞こえるはずもなく、エマリアと雷神は今日もこれからもお互いを大切に気遣い合いながら、ずっと幸せに暮らしましたとさ。


ーー終ーー




更新は遅いですが、頑張って他にも新作を書いていきますので、少しでも面白い、応援してやるか!と思って下さった方はブックマーク、評価お願い致します!

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