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8. 聖女の行進(2)

「マリーズさん!また怪我人だ」

「分かりました。そっちのベッドへ運んで下さい!」


 神殿から追い出された後、アタシは国境近くにある医療所で治癒師として働いていた。浄化だけでなく治癒スキルも持っていたのが幸い。この辺りは魔獣が多くて、毎日のように怪我をした兵士や巻き込まれた村人が運ばれてくる。それに近くの冒険者ギルドからご指名で同行依頼が来ることもあるから、結構小金が溜まった。


「マリーズさん、そろそろ休憩を取ったら?」

「まだ大丈夫ですよ。エッカルト先生こそ休んでください」

「マリーズさんは働き者だねえ。君が来てくれてホント助かってるよ」


 ここで働くのは楽しかった。先生も患者さんもみんな優しいし、働いた分ちゃんとお給料を貰える。私を知らない人から崇拝されるより、こっちの方がアタシには性に合ってるみたい。


 自分が元聖女であることは秘密にしていた。そんなものを明かしたら、また前線へ放り込まれるかもしれないもんね。

 兵士の中には”前の聖女”を知っている者もいたけれど、アタシだとは気づかなかった。遠目でしか見たことがなかったらしいし、髪を切っちゃったから同一人物とは思わなかったみたい。


「そういや王太子殿下が結婚したんだってな。そりゃもう豪勢な式典だったらしい」

「聞いた聞いた。相手は公爵家のご令嬢だっけ。まあ、こんな辺境じゃ関係ない話だ」

「違えねえ。そんなことに金を使うんなら、兵士を増員してほしいぜ」


 治療を待っている兵士達の会話が聞こえてきて、やっぱりなと思う。

 王家はアタシやフェリシーを妃に迎えるつもりなんて最初から無かった。ちょっと考えれば分かることだよね。平民の孤児で教養のない女に、王妃が勤まるわけがない。なれたとしてもせいぜい愛妾くらいじゃない?

 妃という餌をぶら下げて、聖女の力を持つアタシや妹をこき使うつもりだったんだろう。

 

 結婚式で賑わう王都を余所に、フェリシーは連日魔獣退治へと駆り出されているらしい。

 アタシが聖女だったときだって、どんなに疲れていても休ませて貰えなかった。聖女パワーだって毎日使っていれば減ってしまうのに。あの子はアタシより魔力が弱いから苦労してるに違いない。


「大変だ!魔物の群れが近くに!」

「軍は何をしているんだ。聖女様も同行してたんだろ?」

「壊滅状態らしいぞ」

 

 飛び込んできた村人の声で、なごやかだった治療所は大混乱。慌てるみんなを宥めて避難の準備をする先生を尻目に、アタシは飛び出した。


「あっ、マリーズさん、どこへ行くんだ。そっちは危な……」


 先生の止める声を無視して、魔獣が出たという方向へ全速力で走る。


 前方に兵士らしき死体が転がっているのが見えた。それは進むにつれてどんどん、どんどん増えていく。

 そして、アタシは彼女を見つけた。

 

 開けた野原のような場所に積み重なる遺体と、充満する血の匂い。その真ん中にフェリシーが倒れていた。


「フェリシー!」


 アタシの声に、妹がか細い声で「お姉ちゃん……?」と答えた。ホッとして彼女抱き起した手にべったりと血がついて、絶望が胸を支配する。だけど必死で何でもないフリをして「フェリシー、いま治してあげるからね!」と声を掛けた。

 

「お姉ちゃん……お姉ちゃんの言うとおりだった……。アドリアン様は私みたいな平民を妃にするつもりが無いってバカにしたの。兵士も私にばっかり浄化させるの。でも数が多すぎて、魔力が足りなくなって……そしたらみんな、私を置いて逃げちゃったの」

「……そっか」

 

 フェリシーの瞳から涙が零れた。何を言ってあげればいいか分からなくて、アタシはただ彼女の頭を撫で続ける。

 

「どうしてこうなったのかなあ……。私は偉い聖女になりたかっただけなのに。綺麗な服を着て、いい暮らしをして、みんなから愛されて……」


 その言葉に、アタシまで涙腺が緩むのが分かった。

 

 アタシが悪かったんだ。聖女の仕事は本当に本当にキツかった。だけどお姉ちゃんだからと見栄を張ってフェリシーの前では平気な顔をしてた。

 辛いって、本当は辞めたいって、ちゃんと言えば良かった。そうしたらフェリシーだって聖女になりたいなんて思わなかったかもしれないのに。

 こんなことになる前に、ちゃんと仲直りしとくんだった。


 背後から「グルルル……」という唸り声がした。いつの間にか魔獣数匹に囲まれている。ここには死体ばかりだから、彼らにとって生きてるアタシたちはさぞやご馳走なのだろう。


「お姉ちゃん……嫌だよう……魔獣に食べられるなんて嫌……」

「大丈夫だよ。大丈夫。姉ちゃんが何とかしてあげるから」


 冷たくなっていくフェリシーの身体を抱えたまま、アタシは最大パワーで浄化を放った。光が迸り、魔獣が消滅していく。生きているものも、死んでいるものも。


 分かったよ、フェリシー。あんたの願いは絶対に姉ちゃんが叶えてあげる。

 たった一人の、家族なんだから。

 


 △ △ △


 カラゴル博物館の入り口に、開館時間を待つ人々が長蛇の列を作っている。この博物館は定期的に展示物を入れ替えるそうだ。並んでいる人たちの目的はアタシと同じく、今日から再公開される『聖女の行進』だろう。



 アタシはあの後、フェリシーの身体を持って隣のランベール王国へ渡った。流石に一人では運べないので、冒険者ギルドで「知り合いの遺体を預かっている。隣国から来た女性で、家族の元へ返してあげたい」と説明して護衛兼荷運び人を雇った。魔術を使える人を指定したから、腐らないようちょこちょこ氷の魔法を掛けて貰って。どうにか王都までたどり着いた。


 そして、遺体を飾り付けて展示しているというカラゴル博物館の門を叩いたのだ。キュレーター?とかいう黒ずくめの男は、突然訪れたにも関わらずアタシを迎え入れて話を聞いてくれた。彼曰く、「突発的に遺体を持ち込まれることは多いので」だそうだ。


 彼によれば、この博物館に展示する遺体は綺麗にしてから特殊な処理で腐らないようにしているらしい。その後、依頼者の願いに応じて飾り付けをするとのこと。


「これで彼女に良い服を着せて貰えますか?あと、出来るだけにぎやかにして欲しいんです。寂しくないように」


 残っていたお金を全部差し出したアタシに、彼は「分かりました。金額の範囲内となりますが、出来るだけのことをさせて頂きます」と微笑んだ。

 


 アタシはその後もランベール国に残り、治癒師で生計を立てている。エッカルト先生とも再会できた。先生はあれから、いなくなったアタシを随分探してくれていたらしい。何も言わずに飛び出してごめんなさいと謝るアタシに「無事でよかった」と先生は笑ってくれた。

 この春には先生と結婚して、王都外れに医療所を開く予定だ。

 

 ルェワリア国は現在、魔獣の被害で大変なことになっているらしい。聖女が二人ともいなくなって対応しきれなくなったんだろうね。多くの人々が先生のように周辺国へ避難してるんだって。

 王家と神殿は聖女を失ったことで、民衆から糾弾されているそうだ。あの国が潰れるまでそう長くはないだろうって言われている。


 

「まあ、なんて美しいドレスかしら」

「おもちゃの兵隊があんなに沢山!見ていて楽しいわね」

「生前はさぞ皆に慕われた聖女だったのだろう」

 

 妹が飾られたガラスケースは今日もたくさんの観客に囲まれている。彼らが飾られた骸に感嘆の声を上げる様子を、アタシは隅っこからいつまでも眺めていた。



 フェリシー、見えてる?

 望み通りあんたは綺麗な服を着て、聖女として敬愛されているよ。

 思っていたものとはちょっと違うかもしれないけど……満足してくれてるといいな。


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