5. 亡国の騎士(5)
あれから十年。シルヴァンは任務中に追った怪我が元で亡くなった。
夫が残してくれた資産を使って、私はランベールの王都アスガッドに小さな家を購入した。今は数人の使用人と共に、ひっそりと暮らしている。
訪ねてくる人はほとんどいない。たまに、夫を慕っていた騎士たちが顔を見せに来るくらいだ。
両親はダルキア公国となった故郷へ戻るよう勧めたが、私はここが気に入っている。
ここは良い場所だ。整然とした街並みと縦横無尽に張り巡らされた水路は、眼を楽しませる。日々町並みを眺めながら散歩をしたり、本を読んだり。そんな隠居生活に向いている。
そして何より――ここはカラゴル博物館に近いのだ。
リオネル様の死を見届けた後、私はシルヴァンを呼んだ。
『彼は敵に情けを掛けられることを拒んだ。自決すると仰ったので、私が毒を飲ませた』と涙ながらに説明する私の肩を、夫は優しく撫でた。
「彼はここで死ぬ運命だったんだ。クラリスがどんなに助けたかったとしても、神の定めには逆らえないんだよ」
せめて彼を安らかに眠れる場所へ埋葬したいと懇願し、私はリオネル様の遺体をもらい受けた。レースェンガ帝国へは、背格好の似た罪人の遺体をリオネル王子だと偽って届けたそうだ。
リオネル様の遺体は腐らないよう、魔法を使える騎士に頼んで氷漬けにした。本当はこのまま手元に置いておきたかったが、氷は長く持たないだろうし、私は魔法を使えない。
だからカラゴル伯爵を頼った。
以前から噂は聞いていた。特殊な効果を施した腐らない死体を飾り立てて展示している博物館がある。そして、そのオーナーがカラゴル伯爵であると。
カラゴル伯爵は突然の連絡にも快く応じた。そして遺体の状況を確認し、展示物として申し分ないと引き取ってくれたのだ。
遺体の名と来歴を聞かれた私は、こう答えた。
「名前は存じませんの。最後までフォートリア王国を守るために闘った騎士とだけ、聞いておりますわ」
そうして、リオネル様は名無しの騎士としてカラゴル博物館へ飾られることとなった。
鎧を纏った勇壮なその姿は人気があるらしく、多くの来館者が見物に訪れているらしい。
だけど誰一人、この遺体がリオネル様であることも、またかつて英雄と呼ばれていたことも知らない。私以外は。
私は毎日、ガラスケース越しに彼へと語り掛ける。
愛しい貴方。ようやく私のものになったわね。
私の……私だけの、英雄に。