2. 亡国の騎士(2)
彼との隙間を埋めることができないまま月日が過ぎ……私たちの運命を変える女性、エヴリーヌ・シャリエ子爵令嬢が転入してきた。
以前は自領に近い地方都市の学院に通っていた彼女は、成績優秀なため王都の学院へ来ることになったらしい。
その噂に間違いはなく、期末試験では首席の私と数点違いの次席。さらにそれを奢ることなく、控えめながらも朗らかで優しい性格の彼女は、すぐにクラスの人気者となった。異分子に眉を顰めていた上位貴族の令嬢たちも、立場を弁えて控えめに接する彼女の振る舞いには文句をつけようがないようだ。
その優秀さと人望が評判になり、エヴリーヌ様は生徒会へ入ることになった。
それからしばらく経った頃だ。リオネル様とエヴリーヌ様が、親し気に語らう姿を度々見かけるようになったのは。
不埒な事をしているわけではない。二人きりではなく、リオネル様の側近が横にいる。だけど二人の交わす視線に含まれる密やかな感情。他人には分からないだろう。だけど私には、ずっと彼を見つめてきた私にだけはそれが分かる。
「リオネル様。その……エヴリーヌ・シャリエ子爵令嬢とは親しいのですか?」
いつものお茶会で、私は恐る恐る聞いてみた。
「ああ。彼女はとても機知に富んだ女性だ。話していて楽しい」
「差し出がましいようですが、あまり特定の女性と親しくなるのは如何なものかと」
「俺に指図する気か?」
がちゃんと音を立ててカップを置くリオネル様。そのお顔には、今までに見たことのない険しい表情が浮かんでいる。
「彼女は生徒会の仲間であり、大切な友人だ。別にやましい関係ではない。それに、我々が学院へ通う理由は何だ?教養を高めたいのであれば、城へ講師を招けば済むことだ。それでもわざわざ学院へ通うのは、見聞と人脈を広げるためではないか。優れた人材と交流を深めることに、何の問題があるか言ってみろ」
「ありません……」
「ならばこの話は終わりだ。クラリス、君は次期王妃として、もっと広い視野を持つべきだと俺は思う」
リオネル様とエヴリーヌ様がますます親しくなっていく一方で、私との距離は広がるばかり。
塞ぎ込むようになってしまった私へ追い打ちをかけるように……私がエヴリーヌ様へ嫌がらせをしているという噂が、学院中に広まっていた。
「そのようなこと、私はやっておりません」
生徒会室に呼び出された私は、リオネル様から詰問された。彼の側近たちもこちらを睨みながら立っており、まるで尋問されている犯罪者のような扱いだ。
教科書を破っただの、教室から締め出しただの。そのような幼稚な行為をした覚えはないと、私は否定した。
「だが、君と親しいベレニス・クローズ伯爵令嬢やジャスミン・ルシエ伯爵令嬢が嫌がらせを行っていたという証言が、複数の生徒から挙げられている。君が指示したのではないのか?」
「いいえ。身に覚えはございません。彼女たちは、私が落ち込んでいる様を見て自ら動いて下さったのでしょう。やり方はよろしくなかったと思いますが」
「……その言葉は信じよう。だが君は侯爵令嬢として、また次期王妃として、彼女たちの行動を把握し、目に余るようなら諫めるべきだったのではないか?王妃とは貴族女性のリーダー的存在だ。友人くらい、統率できなくてどうする」
「はい。申し訳ございませんでした」
私は口を噛んで下を向く。そうやってまた、貴方は正論を押し付ける。
では、貴方が彼女へ愛しげな瞳を向けるのは正しいことなのか。婚約者の気持ちを思いやらないことは?私はただ、その愛を向けて欲しかっただけなのに。
心の中でそう叫んだ。
リオネル様に叱られた友人たちは大人しくなり、後は噂が鎮まるのを待つばかりと思っていたのも束の間。
ベレニスがエヴリーヌ様に怪我をさせるという事件が発生した。
どうやら友人たちは「子爵令嬢ごときが、王太子殿下に擦り寄って自分たちを讒言で陥れた」と腹を立てていたようだ。
ベレニスとジャスミンがエヴリーヌ様に暴言を吐き、エヴリーヌ様の仲間と口論になったらしい。そしてヒートアップしたベレニスが手を振り上げ、エヴリーヌ様を叩いた。
ちょうど段差のある場所だったのも災いし、姿勢を崩して転んだエヴリーヌ様が怪我を負ってしまったのだ。
ベレニスは退学となり、その他の友人たちも処罰を受けた。私は退学にはならなかったものの、一連の出来事の責任を問われリオネル様との婚約を解消された。
「何の罪もない令嬢に集団で嫌がらせを行い、あまつさえ暴力を振るうなど。彼女たちを諫めなかったクラリスは王太子の婚約者に相応しくない」とリオネル様が国王陛下へ進言したそうだ。
その後すぐにエヴリーヌ様はブルデュー侯爵家の養女となり、リオネル様との婚約が決まった。
ブルデュー侯爵は、王太子妃の座を我がヴァロワ家から奪う機会を虎視眈々と狙っていたのである。父がひどく悔しがったのは言うまでもない。
下位貴族出身のエヴリーヌ様に王妃が務まるのかという声もあった。二人は学生の身ながら公務に顔を出し、精力的に活動。しかも彼女は未来の王妃だからと奢ることは決してない。
その様子に、反対意見は徐々に収束していった。それを忸怩たる思いを抱えて眺める私をよそに。
――そして、あの運命の日。
学院では令嬢たちを集めてお茶会が開かれていた。礼儀作法の授業の一環であり、私も参加していた。
若い娘たちの談笑の声がさんざめく中で突然、響いた悲鳴。
「ぐふっ……!」
「きゃぁぁぁ!エヴリーヌ様っ」
食後のお茶を飲んだエヴリーヌ様が、突然嘔吐したのだ。その場は騒然となり、お茶会は中止となった。
幸い命までは失わなかったが、彼女は数日寝込んだ。その後捜査を行った王宮騎士により、彼女のお茶には毒が盛られていたと告げられた。
そして、それは私のやったことだとも。
嵌められた……!
そう気づいたときにはもう、遅かった。私はエヴリーヌ様の殺害未遂の罪で捕らえられた。
「何かの間違いです。私はやっていません!」
「ヴァロワ邸から、茶に入っていたものと同じ毒が見つかった。ここまで証拠があるのに言い逃れするのか?見苦しい」
無実を訴えても、誰も信じてくれない。
養女とはいえ侯爵家の令嬢、かつ王太子の婚約者を害そうとしたのだ。当然のことながら、リオネル様とブルデュー侯爵は私を含むヴァロワ一族の処刑を望んだ。
だが父が爵位と領地を全て王家へ返上したこと、また今までの父の功績に免じ、両親と弟は王家の監視の元、幽閉。私は鞭打ちの上、国外追放となった。
「俺たちにはこれ以上、どうすることもできない。これから辛いだろうが……どうか悲観せずに生き抜いてくれ」
両親は泣きながらそう励ましたが、私の心は絶望に支配されていた。
今まで貴族の令嬢として生きてきた私が、突然放り出されたところで生きて行けるわけもない。これは事実上の死刑だ。
そうして痛む背中を抱えながら、私は国境へと護送された。