5.事の起こり
仕事が急に入る事があるので、身の回りの物は常に携帯しているし、自分の部屋には動物も植物もない。
組合長が手回しよく、冒険者組合監修・お泊りセット『成人女性用B』を持って来ていたので、洗面グッズ、簡易服、下着なども万全だ。
「早速だが、仕事の話をしてもいいだろうか?」
ようやく見慣れて来た、イケメンの提案に勢いよく頷く。
「お願いします」
早く終われば、それだけ早く帰れる仕事だ。リュージュに異存はない。
「我が妹イリスは、隣国マラカイトの王太子と婚約している」
「?……知っております」
この国には2人の王子と、2人の王女がいる。
王子王女の結婚相手は、常に国民の一大関心事だ。
2、30年位前に発明されたという活版印刷は、急激に世界に広まった。
その結果、各国には出版社が乱立し、この国には新聞社も幾つかできた。
毎日発行される訳ではなく、月1、2回だが、大きなニュースがあった場合は号外として配られる。
おかげで庶民はロイヤルファミリーの情報には事欠かない。
王太子である第一王子ルーファス殿下と、第一王女のギネヴィア姫の婚姻の際は、特別版としてまだ珍しい多色刷りの紙面が文字通り街に舞った。
唐突に出て来た第二王女の名前に、リュージュの反応が少し遅れたが、それを気にするでもなく第二王子は続けた。
「二人が7つの時に、両国で決めた縁組だ。イリスが16歳になったらマラカイトの魔法学園に入学、18歳で卒業、その半年後に挙式の予定だった」
『予定だった』の言葉がやけに重い。
「先日学園を卒業したイリスは……一方的に王太子から婚約破棄された」
うわ~ー……予想を上回る展開に、リュージュは心の中でどん引いた。
「理由は王太子に、『前世で約束した恋人』が現れたからだそうだ。卒業パーティで、王太子はその女性の肩を抱いて、そうほざいたそうだ。前世での約束は、今世での王族の誓約に先んじると、な」
超苦々しい口調である。王太子の主張を、毛一筋も、信じていないだろう。
リュージュとしては、数時間前に似たような光景を見たわー……と、どこか遠い目になるしかない。
「調べたところ隣国では、その手の理由による破談、婚約破棄が、近年よくあるらしい」
「……殿下、我が国でもあります」
ぼそりとつぶやくリュージュに、殿下の眉間の皺が深くなった。
「そうか……頭の痛い事だな。前世など分かる訳はないのに」
王子の確固とした正論に、リュージュはわずかにあった胸のもやが、少し晴れるのを感じた。
「……通常なら、浮気を繕うだけの、ろくでもない言い訳として相手にしない所だが、これが国家間の問題ともなると、簡単に吐き捨てる訳にはいかない」
「王太子のお父上でもある、マラカイトの王陛下は止めてくれなかったのですか?」
ランヴァルト殿下の端正な顔が、こわーい笑顔に彩られた。
「王太子と妹との婚姻の約定は11年前だ。前世からの約束ならその前だ。真実であれば、そちらが優先されると仰られてな……」
マジか! マラカイトの王様。
「あの、お隣は我が国に何か含むところがあったんでしょうか?」
一応は友好国な筈なのだが。
だからこそ姫君が婚約したり、留学できたりしたんだよね……?
「己の王太子が公衆の面前で、我が国の姫を辱めてしまった事への大義名分が欲しいだけだ。このままだと、国際社会での評判はがた落ちし、ウチへ多額の慰謝料を払わないとならないからな」
「あー……納得です」
王太子がやらかしたのは王様の本意ではなかったが、その責任は当然王様にもいく。
そして王様が優先するのは、当然自国の利益だ。
「だがそれはマラカイトの理屈だ。ウチとしては当然、責任を取ってもらうつもりだ。まぁ、こんなバ……いや愚……いや浅慮な相手に、イリスを嫁がせる前で良かったとは思うがな!」
本当にね~――リュージュも力強く頷いた。
「その為に我々は、マラカイトの王太子の主張が『偽り』であると鑑定し、証明しなければならない」
鑑定魔法の一つに、『嘘発見器』的な魔法はある。
だが、それを行うには、対象者を魔法的に無防備にして、術式を描いた陣の上に乗せなければならない。
貴族や裕福な庶民は、常に対魔術の護符や魔道具を持っている。
犯罪者として自白させる時には、それらをすべて剥ぎ取らねばならない。
しかし、『嘘』をついたかもしれないだけの王族に、そんな真似ができるとはリュージュは思えなかった。
「本気でそう信じている可能性もありますが……嘘をついている自覚のある隣国の皇太子殿下が、護符なしで、自ら陣の上に乗ってくださいましょうか?」
「無理だろうな」
王子はあっさり却下した。
「わざわざ君を呼んだのは、『真偽判定術』を使う予定はないからだ」
真偽判定なら宮廷魔術師が一人で充分足りる。
では……
「つまりそれが、魔術師長様の作った新しい魔法ですね」
「そうだ」
「離れた場所からでも相手の嘘を暴ける、とか?」
「いや……もっと特化したものだ」
特化?
リュージュは首を捻ると、まさか……と思った。
王子は難しい顔をしていた。
「あの、まさか前世が分かる魔法なんて……ははは、無理ですよね!?」
「魔術師長は天才だな……」
呆れたような、疲れたような言葉は、リュージュが笑い飛ばした魔法の『肯定』を意味していた。
…バカ息子を糾弾して恥をかくより、しらを切り通すタイプの王様。
…そして全てが自国の有利に働いた後で、バカ息子の処分手順はガチ決まりしている王様。




