1.表通りの三文芝居
「リュージュ、君との婚約はなかったものと考えてくれ。僕は前世での恋人を見つけてしまった」
婚約者のアルバートからそんな言葉を聞かされたのは、今日の11時半。
一緒に昼食でもどうか?と誘われた場所に行ったら、アルバートの他に、ウェーブを描く長い黒髪の女性がいた。
「僕と彼女の前世は、敵対していた貴族だったんだ。結ばれない定めを背負っていた二人は、生まれ変わって一緒になろうと言って、涙ながらに別れたんだよ!」
アルバートの実家は割と裕福な商人だが、自分も彼もバリバリの平民だ。
貴族に憧れるお年頃だとでも言ってほしいのか――少し夢見がちな男だとは思っていたけれど、大分夢見がちの間違いだったらしい。
リュージュは冷静に、『元』婚約者になりつつある男の評価を、下方修正した。
その横で腰を抱かれている女性も、おそらく平民だ。
化粧の濃い美人で、これ見よがしに上部が露出された胸には、紅い貴石が燦然と輝いているが品がない。
服も上流っぽく仕上げているが、貴族の家からの払い下げ――中古品だ。
息をするように鑑定魔法が使えるリュージュには、簡単に分かる。
「許してくれリュージュ……彼女と再会してしまったからには、僕は彼女と生きる道しかない!」
アルバートは自分に酔ったように手を額にかざし、斜め下を見ている。
一応顔はいいので、役者絵のように決まってはいるが、リュージュは心中で大きくため息を吐いた。
コイツこんなに馬鹿だったのか……と。
アルバートの家は、リュージュの祖父の代からの付き合いだ。
仕事一本で、17を過ぎても男っ気のないリュージュを心配した父が、歳の近いアルバートとの縁談をまとめてしまったのだ。
リュージュは多少悩んだが、アルバートの家は裕福だったし、仕事は続けたままでいいと言われ、縁談を了承した。
昨今、女性の就業は当たり前だが、まだまだ世間は独り身には厳しい。
とりあえず妥協した結果だったが……なんだかんだ、最後は顔で決めたリュージュは、己の面食いを恨めしく思うのだった。
「アルバート、仕方ないわ……私たちは前世から結ばれた、運命の恋人なんだから!」
「おぉ!メリッサ……我が永遠の恋人よ!」
目の前の茶番を、冷めた目で見てリュージュは、ため息を一つ吐いた。
「分かったわ、アルバート。今を限りに別れましょう、それじゃ……」
貴族と違って書面を交わした婚約ではない。
あくまで家同士の口約束だ。
未練は全くないし、己の選んだ男の顛末を話せば、父もしばらくは大人しいだろう。
「あぁ、メリッサ!僕はなんて罪な男なんだ!1人の女性を不幸にしてしまった…」
「あなたの罪は私の罪よ!愛しい人」
背後から聞こえる三文芝居を無視し、無駄に使ってしまった昼食の時間をどうやって補填しようと、リュージュは悩みながらその場を去った。
リュージュ・ネイビーは、冒険者組合に登録している魔術師だ。
階級はBマイナー。
最上位はSSSだが、そんなのは歴史上の人物だけで、現在国で登録されているSS級は3人、S級は11人、A級はプラスとマイナス合わせて50人にも満たない。
17で登録して、1年目にしては上出来の階級だった。
急ぎの仕事が入っているか確認しに、リュージュは冒険者組合の事務所に入った。
仕事がなければ、今日はもう切り上げて、ご飯がてら買い物にでも行こうと思いながら。
だが、行く手には、満面の笑顔の友人が手を振って待っていた。
「聞いたわよぉ、リュージュ。婚約解消ですって?」
「耳が早いわね、レイチェル」
そこそこ有名なレストラン近くで、開演されていた茶番劇だ。
通行人に話を聞かれていても、何ら不思議はない。
しかもゴシップ好きな『赤毛のレイチェル』の得意魔法は、聴覚に関するもので、その気になれば、街中で語られる噂話もフォローできるだろう。
「良かったじゃない、お家の押し付けでしょう? まー確かに顔はイイ男だったけど!」
面食いを当てこすられて、元々低かったリュージュの機嫌はさらに下降する。
すべてがどうでもよくなってきて、とりあえず空腹を満たしてからにしよう……と、背を向けた彼女の肘を、たくましい手が掴んだ。
「話は聞いたぞ」
「組合長……」
刈り上げた銀髪も眩しい、この街の冒険者組合の長は、渋いじーさんだが、元S級冒険者で、今でも手が足りない時は現場に立っている。
うんざりした顔で自分を見上げる部下に、ファンクラブ(非公認)を持つ組合長はハキハキと告げる。
「婚約者が逃げたンならヒマだな? ちょうど良かった、『氷眼のリュージュ』に長期任務が入ってる!」
「え~……」
デリカシーの欠片もないセリフと共に、リュージュはずるずる引き摺られ、再び両開きのドアを通り表の馬車に連行された。
今にも鳴りそうなお腹を抑え、説明を求めるリュージュに、組合長は「まぁ、待て。すぐ着く」と取り合わなかった。
確かに、それから程なく馬車は止まったが、その場所は……
「王城じゃないですか!」
「おぅ! お城の仕事だ、払いはいいぞ」
そんなこと聞いてない……リュージュは深く座席に沈んだ。




