闇の中のつぶやき
第1話 追いかける闇
カツカツカツ・・・。
コツコツコツ・・・。
闇の中、音が重なっている。
一つは私のヒール。
もう一つは。
分からない。
低い音。
男?
カツ・・・カツ・・・。
コツ・・・コツ・・・。
私が歩を緩めると。
同じように緩める。
ドクン。
心臓が脈打つ。
カツカツカツカツカツカツ。
コツコツコツコツコツコツ。
私が速めると。
同じ速さで。
冷たい汗が背中に。
無意識に右手がポケットを探る。
カツカツカツカツカツカツ。
コツコツコツコツコツコツ。
振り向けない。
振り向いたら。
「はぁっ・・はぁっ・・はぁっ・・・」
やっとたどり着いたアパートのドアを後ろ手に閉める。
心臓の鼓動が収まらない。
薄闇の中。
白い影が霞んで見える。
震える手で。
照明のスィッチを押した。
明るさに少し、ホッとする。
そのまま玄関のフローリングに座り込んでしまった。
私は元々、怖がりだ。
しかも、昨夜のことがあったから。
今朝の大家さんとのやり取りが頭に浮かんだ。
第2話 彼女の事情
「実は・・・」
泳がせていた目をオズオズと私に向けて事情を話し出した。
半年前。
私の部屋の前の住人が殺されて押し入れで発見されたということだった。
どうりで。
家賃が格安な訳だ。
転職したばかりの私は。
少しでも費用を浮かしたくて。
この格安案件に飛びついた。
転職の理由は。
失恋。
結婚も考えていた彼が。
同じ会社で浮気。
よくある話。
彼は優しくて、良い人だった。
そして、誰にでも。
彼の携帯を覗いた私もバカだったけど。
ラインの履歴くらい、消して欲しかった。
アドレスも電話番号も変え。
私は姿を消した。
彼の知らぬ街で再就職したのだ。
建築CADオペレーターの私は職には困らなかった。
だけど、引っ越し費用なんかでお金は節約したかったのだ。
でも、失敗だった。
出るのだ、あれが。
第3話 重み
「うぅ・・・」
胸元を圧迫する暑苦しい重み。
ベッドの中で私は身動きできないで、うなされていた。
ようやく、薄目を開けると。
目の前に充血した女の両目が。
(ひっ・・・)
声も出せずに私は顔を引きつらせる。
(にくい・・・)
心の中に問いかける声。
(にくい・・・)
髪は乱れ、想像を絶する苦しみの表情。
窓が、ガタガタと鳴りだした。
ベッドも揺れ、部屋全体が何か得体の知れない動きを始める。
(死ぬ・・・)
脳裏に恐怖がうずまく。
(にくい・・・)
女の細い指が私の喉を締め付ける。
(く、苦しい・・・)
声が出ない。
(にくい・・・)
更に食い込む力が私の意識を奪っていく。
(にくい・・・)
闇の中、声だけが響いていた。
第4話 解約
朝になって。
汗びっしょりで目覚めた私は、何とか生きていた。
大家さんとの会話の場面に戻る。
※※※※※※※※※※※※※※※
「とにかく、部屋は解約させていただきます。
当然、敷金、礼金、家賃は変換させていただきます。」
私の要望を大家さん承諾した。
元々、気の小さい方で引け目は感じていたようだ。
新しいアパートを探すために今日は遅くまで出かけていた。
その帰り道に、靴音に追いかけられたのだ。
第5話 真相
お風呂と身支度をすませ、ベッドに入った。
今夜も出るのだろうか。
怖かったが、昨日の疲れがまどろみを呼ぶ。
意識が遠のいた瞬間、昨夜と同じ重みを感じた。
(ひっ・・・)
だが、目の前にいたのは女では無かった。
「し、死ね・・・」
無精ひげを生やしたメタボ気味の男。
眼鏡越しの引きつった目が睨んでいる。
太い指が喉を締め付けている。
(し、死ぬ・・・)
無意識に右手を枕の下に伸ばした。
「ウギャッー・・・」
閃光と共に男がのけ反り、ベッドから転げ落ちた。
「はぁっ・・はぁっ・・はぁっ・・・」
左手で喉を押さえながら、震える右手で私は握りしめていた。
今日、買ったばかりのスタンガンを。
※※※※※※※※※※※※※※※
警察が男を連行していくのを、大家さんと共に見ていた。
男は近所に住む引きこもりの中年男。
私の部屋の前の住人の女を殺していた。
下着泥棒を見つかって、思わず殺してしまったらしい。
それ以来、ノイローゼになった男は、私を女と勘違いして殺しにきたのだ。
(にくい・・・)
女は私に男への呪いを訴えていたのだろうか。
真相は分からない。
どちらにせよ。
ここは引っ越すつもりだ。
その時、住宅街の闇の隅に白い影が見えたのは。
錯覚だったのだろうか。
第6話 同じ靴音
カツカツカツ・・・。
コツコツコツ・・・。
闇の中、音が重なっている。
一つは私のヒール。
もう一つは。
あの時と同じだ。
カツ・・・カツ・・・。
コツ・・・コツ・・・。
私が歩を緩めると。
同じように緩める。
ドクン。
心臓が脈打つ。
カツカツカツカツカツカツ。
コツコツコツコツコツコツ。
私が速めると。
同じ速さで。
冷たい汗が背中に。
無意識に右手がポケットを探る。
カツカツカツカツカツカツ。
コツコツコツコツコツコツ。
振り向けない。
振り向いたら。
※※※※※※※※※※※※※※※
「・・・子!」」
肩を掴まれた。
「・・・男?」
元カレの顔があった。
「探したんだ、ゴメン・・・。
やり直させてくれないか?」
優しい眼差しと甘いマスク。
二度と会うまいと。
決心していたというのに。
私は引き寄せられるままに。
彼の両腕に包まれた。
温かい。
そう思ったら、涙が滲んだ。
第7話 白い影
腕枕の中で目が覚めた。
薄闇の中。
彼の寝息が聞こえる。
温もりが嬉しい。
恐怖と。
寂しさで。
ずっと、凍えていたから。
フッと、口元が綻んだ。
そう、その時。
白い影が見えたのです。
そう、あの女が立っていました。
口が大きくゆっくりと動き、想いを伝えようとしている。
(あ・り・が・と・う・・・)
私にはそう、見えた。
心の中でホッとタメ息をついた。
(どういたしまして・・・)
声に出さずに呟いた。
白い影が薄くなっていく。
私は幸せに包まれながら眠りに落ちていこうとしていた。
だけど。
最後に見た女の唇の動きが。
私に再び悪夢を見せる予感がしたのは、気のせいだろうか。
(お・な・じ・・・だ・よ・・・)