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桐霧とアリス  作者: 今宮
6/10

桐霧とアリス⑥

ぬいちゃん、こと“乾 桃ちゃん”は近所に住んでいる1つ年下の女の子だ。

小学校と中学校は同じだったが中学の頃は会う機会も殆どなかったため、話すのは5年ぶりだろう。

小学生の頃のぬいちゃんといえば、茶色がかった地毛で天然パーマの髪を伸ばしていたため、さながら某魔法ファンタジー作品のヒロインのようだった。背は低めで丸い眼鏡をかけ、くりくりの目がさらに大きく見えて可愛らしい女の子。その容姿や、まるで私が持っていたぬいぐるみのプードルのような見た目、ワンちゃんのような人懐っこさ、そして苗字を文字って、私はぬいちゃんと呼んでいた。


目の前に現れた高校1年生のぬいちゃんはトレードマークだった眼鏡を外し、髪はひとつに束ねている。隣町の女子校のモスグリーン色をしたブレザーを着こなしていて、いかにも女子高生らしい。

しかしキラキラとした大きな目や、愛嬌のある口元、溢れ出る人懐っこさは私の知っているぬいちゃんそのままだった。


「乾さん、角野さんと同じバイト先を選んだのね。2人はなんの知り合い?」

「やだ、冗談ですよう。角野さんとは近所に住んでいる仲で、昔からよくしていただいていたんです」

「そう!そうなんです、私も久しぶりに会ってびっくりで」

「そっか、乾さん初めてのバイトだよね?」

「はい、そうです」


ぬいちゃんはチラリと私を見て、愛らしいその顔でにこっと私に笑いかけてみせる。


「角野先輩がいたら、私も心強いです」


それならよかったな、と隣にいた先輩が私の肩をポンと叩く。初めての後輩、知り合いだからこそしっかりと先輩として振る舞わなければ。

私は心の中で自分を鼓舞するように、ヨシっとガッツを入れ仕事に取り掛かった。





あ、アイツ、アリスちゃんの肩に触れた。

大学生?のくせに女子高生、しかもアリスちゃんに気安く触れるなんて何考えてんの。

イラッとする気持ちが、チリっと目の上を走る。だめだめ、アリスちゃんの前なんだから笑顔でいないと。


乾 桃、4月の上旬が誕生日で、高校1年生になって早々16歳。

私がこのバイト先を選んだのは勿論、アリスちゃんがいるからだ。

アリスちゃんは近所に住んでいる1つ年上のお姉さん。小学校と中学校は同じだったが、高校は家族の意向がありアリスちゃんとは別の女子校に通うことになった。ただでさえ中学に入ってから1つ上の学年にいるアリスちゃんとは話す機会がなく、一方的に憧れるだけの3年間。このままじゃアリスちゃんの中から私の存在がなくなってしまうと焦った私は、今回このバイト先を選んだわけである。


「びっくりしたよ、ぬいちゃん。ぬいちゃんの学校もバイトOKなんだね!」

「うん、そうなの。高校生になったし私も新しいことに挑戦したいなって思って」


あぁ、アリスちゃんかわいい。本当に可愛い。

ずっと会っていなかった私に対しても、あの頃と変わらずの笑顔で話しかけてくれるなんて、とっても優しい。

私の心の中の思い出にいたアリスちゃんと全く変わらない。




「乾さん、さっき説明した感じでレジは大丈夫そう?」


あ、さっきアリスちゃんの肩に触った奴。

端でマニュアルを読んでいた私のところに、のこのこと先輩Aがやってくる。あろうことか、私のアリスちゃんとの会話反芻タイム&アリスちゃん眺めタイムまで奪ってくるなんて、信じられない。


「大丈夫です〜、角野先輩の仕事を見て私も学ばせていただいてます〜ので……」

「そっか、それならよかったよ。乾さん高校生になったばかりなのに、バイトするなんて偉いね。オレなんかーー……」


ペラペラと話し始める先輩Aにげっそりとする。

頼みの綱のチーフは奥に篭ってしまって出てくる様子もない。

せっかくアリスちゃんの側にいられて幸せいっぱい、心もいっぱいな無敵状態なのに。いくら無敵ったって、これ以上邪魔するようなら私だって……


「せ、先輩!そろそろ次の波来ますよ!早くキッチン戻ってください」

「角野さんったら相変わらず真面目だなぁ、分かった分かった」


片側のレジに入っていたアリスちゃんがいつの間にか座っている私と先輩Aの間に立つ。年下のアリスちゃんに戻るよう言われたAは肩をすくめて、すごすごとキッチンへ戻っていった。


「大丈夫?あの先輩少し……うーんと、話が長いっていうか」


あんな奴に対しても、アリスちゃんは先輩を下げないようにと言葉を選んで私に話そうとしてくれる。

それに、またアリスちゃんは私のことを守ってくれた。

アリスちゃんに迷惑をかけるのは忍びないはずなのに、どこか喜んでいる自分はどうしても隠しきれない。思わず涙が出そうで俯くと、アリスちゃんは私が先輩を怖がっていたと勘違いしたようで、慌てて側にあったティッシュペーパーの箱を差し出してくれた。


私はアリスちゃんが大好きだった。

自らアリスちゃんの日常に食い込もうとしたはずなのに、今の私はそんな自分が情けなくて恥ずかしかった。

この思い、アリスちゃんのためにもどうか隠し通せますように。

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