桐霧とアリス⑤
「すいません、遅くなりました」
「お疲れ角野さん。まだ時間あるから大丈夫、ゆっくり着替えてきな」
時間忘れて桐霧くんと話し込んでしまった私は、日の沈みかけた空を見て慌てて学校を飛び出してきた。学校から徒歩15分のバイト先まで全速力でダッシュ。店先に着いた頃には太陽ももう今日の出番は終わりだと、どでかい球体を少しずつ隠し始めているところだった。
必要な文房具を買ったり、ファーストフードでバイトのための腹ごしらえをしながら宿題でもするつもりだったが予定は総崩れ、でも楽しかった。
ほんの少しでも桐霧くんに近づけた気がするのが嬉しくて、更衣室で誰も見ていないのを良いことに顔を緩める。
頭にはハット、私の髪は短いから後毛が出てくることはないが念のためアメピンを左右に止め、鏡で髪が落ちてこないことを確認する。制服を着て、腰にエプロンを巻き付けたら完成。壁に貼ってあるマニュアルに倣って接客スマイルを鏡で確認し、学校モードとの切り替えスイッチを入れる。どんなに嬉しいことがあったとしてもここからは気持ちを切り替えなくてはならない。
そう、私が高校生になってから力を入れていることのひとつが、アルバイトなのだ。
「角野さん、今日から新しい子入るよ」
「えっ本当ですか」
「うん、なんと高校1年生の女の子!初めての後輩だね」
高校2年生になった私に、高校1年生の後輩!
中学からロクに部活動をしてこなかった私には眩しい響きだ。
ここのお弁当屋さんでバイトを始めたのは今からちょうど1年前。自分の力でお金を稼ぎたいという理由でアルバイトに憧れていた私は、入学早々学校周りを歩き回りまたネットを駆使し、バイト募集という文字を探していた。そんな中、高校生可で学校からも家からもアクセスが良いという理由で働き始めたのが、このチェーンのお弁当屋さんだった。
そしてこの1年間、新しく入ってくる人といえば皆主婦や大学生。そもそも働いたこともない私がここで働いた歴だけで先輩の立場に立てるわけもなく、いつも1番下だった。ありんこちゃんなんて呼ばれながらも可愛がられていたものだ。
「あれ!ありんこちゃんシフト被るのひさびさじゃん」
「ありんこ言わないでくださいよ!」
そんな私に、去年の私と同じような立場の後輩が出来る。
「何か教えたりはチーフがするから、角野さんは困っていたらサポートしてあげてね。角野さんも迷うことがあったら変わらず先輩たちに確認すること」
「はい、頑張ります!」
「まぁ角野さんは大丈夫だと思うけど。あ、今座学研修終わったみたい。紹介だけしちゃうから一旦こっちきてもらおうかな」
奥のスタッフルームからチーフに連れられて女の子がついてくる。小柄な女性のチーフよりも更に一回り小さな茶髪の女の子。まだバイトの制服は着ておらず、真新しい学校の制服がいかにもという感じでどきどきする。私も去年こんな風に見られていたのかもしれない。
それにしてもどこかで見たことがあるような……。
「紹介するね。こちら角野さん、歳が近いから話しやすいと思う。そしてこちらが」
「ぬいちゃん……ぬいちゃんだ!」
「え、知り合い?」
「アリスちゃん、ぬい、アリスちゃんに会いにきちゃった」