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【第8話】



 きちんと猫グッズをそろえないといけない。

 吉良は猫の口を開けさせて歯並びを確認しながら、ペットショップの場所を思い浮かべる。

 この猫は、自分とこの先ずっと暮らしてくれるという、確信があった。

 ならば、今は仮住まいとして最低限しか揃えていない猫グッズを早急に用意する必要があった。

 もう日も落ちているが、駅前の大きなペットショップなら、まだ空いているだろうか。

 ついでに隣のATMでお金を下ろす必要もあるだろう。

 この先の猫との生活に、吉良は胸を躍らせる。

 そんな吉良に、どこかと連絡をとっていた青年が、吉良に声をかけた。

「貴方、これから時間は」

「この子の生活用品を駆け込みで揃えないとならないので、ありません」

 即答する吉良に、青年は苦笑いをする。

「…分かった。じゃあ、連絡先と住所だけ、控えさせて」

「ご存知無いんですか?てっきり、調べられているものかと」

「俺はその猫のことしか知らされてない」

 まあ、上司は実は知っていたのかもしれないけれど、と言う青年に、吉良は曖昧に頷く。

 正直に言えば、この猫を殺すことを命じたのであろう、青年の仕事先とは、関わり合いたくはない。

 しかし、ここで異を唱えるのも、面倒なことになる気がした。

「分かりました」

 吉良はしぶしぶ頷き、通学かばんからメモとペンを取り出し、膝を机にして住所と連絡先を書き出す。

「ありがとう。悪いけど明日から貴方、忙しくなると思うから。荷物はできるだけ纏めて。すぐに引っ越せるくらい」

 手を止めて、吉良は青年を見る。

「引っ越すって、そんな急に…どうして?」

 青年は、吉良の傍でのんびりと顔を洗う猫を指さした。

「動物園から逃げて、人を襲ったトラがいました。今は飼育員が保護して落ち着かせています。…貴方の今の状況」

 青年は吉良の前にしゃがみ、頬杖をついた。

「世間様は、なんて言うと思う?」

 吉良は、青年の言わんとすることを察しながら、とぼけるように目線を逸らせる。

「トラが飼育員を襲わないか心配、だとか?」

「惜しい」

 くつくつと青年は笑ってから、笑みを消した。

「さっさと檻に戻せ」

 立ち上がる青年を追いかけて、吉良は立ち上がる。

「貴方のお陰で『檻に戻った』事になったのでは?」

「首輪が付けられただけだよ。…この先、飼育員も檻に入れるかどうかは、上の判断になる」

 吉良は猫と目を見合わせ、眉を下げた。

「…こんなにかわいいのに」

 にい、と鳴く猫を思わず撫でて、吉良は肩を落とす。

 青年は肩をすくめて言った。

「過敏な人は、そんな危ないもの殺してしまえと言うかもしれない」

「そんな、もう、一回死んでしまったようなものなのに…」

「受肉してるんだ。それはもう、『いきもの』だよ」

 青年は吉良の手からメモを取り、連絡先の書かれたページを破り取る。

 吉良はページの減ったメモ帳を受け取り、青年を見返す。

「なら、もしまた、今回みたいなことがあったら、次こそきちんと、私があの世に連れて行きます」

「あっそ。…ま、それは俺の上司にでも主張して」

 青年はメモ帳を見ながらスマホに連絡先を打ち込む。

「吉良秋吉、ね」

「…はい」

「俺は、藤二。藤二泰胡(とうじたいご)。この先、まだしばらくは会うことになると思うから…よろしく」

 こうして、吉良はただの高校生の道から、すこしばかり道を踏み外すことになった。


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