【第6話】
「…貴方は、この世の未練がそいつだけみたいだね」
「そうですよ。愛してるんです」
平然と言い放つ少年は、藤二からすれば、“青い”ように思えた。
なんと狭い世界に生きているのだろう、と。
「(まいったな)」
藤二はうーんと空を見る。
こういう、二元論的な問題は好きではないのだ。
最悪、持ち帰って上司に相談するか…いやいや、私情をはさんでこのチャンスを逃がすと、また猫魈に逃げられかねない。
「ま、あなたがそこまで言うなら、とりあえずそいつの処理だけはさせてもらうよ。あなたはその後で精神科にでも通ってもらって…」
槍を軽く振り、近寄った藤二は、次の瞬間、横から大きな力で殴られた。
「っが、」
辛うじて受け身を取るものの、しっかりと壁に打ち付けられた衝撃で息が詰まる。
膝をついて体勢を立て直し、槍を構えなおす。
「(しまったな…)」
まだ余力があったらしい。
猫魈がするりと少年の腕から抜けて、藤二に向かってくる。
怒るようにゆらゆらと猫魈からにじみ出る、しっぽのような大きな黒い鞭。
その揺らめきを見ていると伝わってくる。
ここまで、猫魈はあえて手加減を「してくれていた」のだ。
しかし、今、目の前の猫は、藤二を完全に消す相手として認識している。
追撃をするように、向かってくる黒い影。
避け切れないことを理解し、藤二は腕を上げる。
しかし、その合間にぴしゃりと雷のような声が響いた。
「こら!」
少年の声だった。
先ほどまでの会話とは別人のような、鋭い声。
その声に反応し、金縛りのように猫魈の動きが止まった。
暫く固まっていた猫魈は、耳をへたらせる。
「…おいで」
少年の声に促されるまま、猫魈は恐る恐る少年の元に近寄る。
その様子は、まるで悪戯がばれた猫のようだった。
「何を怖がっているの?もっとこっちにおいで」
猫魈を足元まで招くと、少年はゆっくりと手を伸ばした。
見えない輪郭を探し、なぞるように空を撫でる。
そして、小さく見せている妖の「本当の体」に、掌を滑らせた。
「君が死んだら、ちゃんと後を追ってあげる。だから、大人しくしていて」
少年の瞳は、きちんと猫魈の本来の瞳を捉えてはいない。
見えないから、当たり前だ。
それでも、猫魈は飼い主の顔をじっと見つめていた。
「約束しよう…君が望むものをあげる。だから、良い子でいて」
少年は、隠しごとのように猫魈にささやき、目を閉じた。
猫魈は、しばらく少年を眺めてから、ちろ、と少年の目元を舐めた。
すると、猫魈はしゅるりとその大きな体躯を子猫の姿に変えた。
少年は閉じていた目を開き、子猫の姿の猫魈を見つめ、微笑む。
そして、ゆっくりと猫を抱き上げて、藤二の方に向き直った。
「…ごめんなさい。もう、大丈夫。この子のことは、あなたにお任せします。なるべく苦痛無く、静かに断って欲しい」
そう言って笑う少年の瞳は、黒から青に変わっていた。