【第3話】
釣り糸よろしくテグスを細かく引きながら、藤二は和紙の反応を追いかける。
すると、和紙はとある少年に向かっていることに気が付いた。
下校中の学生なのか、制服姿で通学用のリュックを背負っている。
しかし、少年の周囲に猫は見当たらない。
確認のために少年へと距離をつめる藤二は、ふと、少年の目線が藤二と同じように『いきもの』を捕えるように動いていることに気が付いた。
どうやらあの少年は『いきもの』が見えるタイプらしい。
「(さぞ面倒な人生だろうな。…しかも猫魈の反応があるってことは、家に住みつかれているのか…?)」
そう思っていた藤二は、次の瞬間、目を見開く。
少年へと引き寄せられていた和紙が、少年のリュックから出てきた黒い紐に「喰われた」のだ。
和紙を喰ったそいつは、もぞもぞとリュックの中でうごめくと、ポイ、と和紙を吐き出す。
藤二はぽかんと口を開けてから、はっとして吐き出された和紙を拾った。
くしゃくしゃになった和紙をポケットに仕舞う。
間違いない、猫魈だ。
やはり、今の寄生先は、あの少年らしい。
あのリュックで運ばれることで、見られることなく移動をしているようだ。
「(頭がいいな)」
しかし、逆に言えばリュックに入って動きを制限している今が、封じ込められるチャンスだった。
少年には悪いが、強盗よろしくリュックごと奪わせてもらうしかない。
藤二は周囲に人気がなくなった瞬間を見計らい、少年に向かって走る。
そして、リュックに手をかけようとした
しかし、あと一歩というところでリュックから黒猫が飛び出し、少年の腕の中に逃げた。
「ん?どうしたの」
少年が驚いて黒猫を抱える。
そして、背後にいた藤二と、目が合った。
「(こいつ…)」
無害そうな顔をして少年に抱え込まれた黒猫に、藤二は心の中で舌打ちをする。
こうなったら、正面から行くしかない。
「…ちょっといい?」
藤二は黒猫から目線を外し、少年を見た。
大人しそうな、黒髪の少年だった。
童顔だが、背丈は藤二よりも少し高い。
「なんでしょう」
突然現れた藤二に、少年は驚きながら答える。
藤二は少年の腕に守られた猫を指差した。
「その猫」
もぞもぞと腕の中で動く黒猫をなだめるように抱えなおし、少年は「はい」と頷く。
「探してたんだ。…見つかって良かった」
少年は瞬きをする。
「この子のことを、知っているのですか?」
「うん、まあ、そんな感じ。正確には、俺の知り合いが、だけど」
「…」
少年からの「疑わしい」という目線に苦笑をして、藤二は頭をかく。
「俺もちょっと、本当に探してるのがそいつなのか自信が無いんだ。…ちょっと確かめさせてもらってもいい?」
少年は少し迷う素振りを見せるが、しぶしぶ頷いた。
礼を言い、藤二は猫に手を伸ばす。
その指が黒猫に触れる、その直前、地鳴りのような音と共に、藤二の足元の地面が抉れた。
藤二は慌ててバックステップで逃げる。
まるで爪で豆腐をひっかいたようになっている地面に、藤二はぞわりと鳥肌が立つのを感じた。
無意識に口角を上げながら、藤二は槍を取り出した。
「うん。探してたの、間違いなくそいつだ」
爛々と目を輝かせる黒猫から、ゆらゆらと黒い靄が出ている。
「悪いけどそいつ、消させてくれ」
訳が分からずに呆然とする少年に、藤二はそのまま距離を詰める。
そうして、命がけの追いかけっこが始まった。