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懐中電灯で路上を照らして
頼りない電柱の下を走っている柴塚達は
階段の中間地点で煙を吹かしている安斎を見つけて
「殺されてなかったんですね所長!!」
「なんだその残念そうな顔は!!」
憎たらしい顔を確認できて深い溜息を吐く柴塚
だけど安堵の表情で接するのは杞憂が通り過ぎた証拠
柴塚よりも素直な芦葉はさっそく心配の声を掛けてくれる
「どうしたのかと思いましたよ!!
安斎さんの身を案じて走ってきたのに
こうやって馬場さんがガムテープで拘束されてる
……どこからガムテープ出したんですか?」
「仕事柄こういう輩を相手にするのは日常でな
まぁ探偵七つ道具の一つってとこだ」
「……それよりも」
安斎と芦葉 柴塚の後ろには諒子と武美 警官も来ている中
馬場の意識が少し戻ってきたところで
今回の全貌を 答え合わせのご披露会が開かれた
「なんで…… 俺のことを……」
「楠本浩二は死んでいる そうだな?」
「……上手くやれたと安心していたのに」
「そうだな ラッキーだったよお前は
人を殺して警察も動き出したら
いよいよお前も腹を括ったんじゃねぇか?」
馬場の往生際は既に潔かった
体を拘束されている状態にも関わらず
まるでこうなる日を悟っていたかの様に
緊張も見せず 落ち着いた表情で目を閉じ
そしてゆっくりと口を開いて
「去年のこの日……
楠本浩二は東京に行くってことで
俺ん家で泥酔するまで飲んでたんだ
気付いたら11時くらい回っていて 楠本を送っていこうとしたとき
神社んところの桜の木に若い女性が立っていたんだ
すると楠本は「最後にナンパしてみようぜ」って言い出してな
俺は止めたんだがアイツは颯爽と石段を駆け上がってったよ……」
「……ほら続けて」
「その相手が篠川武美だったんだ
女を口説くなんて慣れてねぇことをするからさ……
千鳥足で階段を登る俺は 遠目でも無視されていたって分かったんだ
楠本が詰め寄って 逃げる様に彼女は階段の方へと歩いて来る
そん時に楠本は手を握ってしまった……
相手は嫌がって抵抗していたから俺は注意しようとしたんだがな
その些細な事でとある〝事故〟が起きてしまった」
皆が真剣に聞いている側で
両手で頭を抱え 何かを拒絶している様な
真っ青な顔をしている武美はヒドく苦しんでいた
「楠本が階段から転落した……
俺は登っている途中だったから鮮明に覚えているんだ
アイツの体が玩具の人形みてぇに 俺の隣を通り越して行ったんだからな
下で動かなくなった楠本をすぐに見ることは出来なかった
代わりに篠川武美の方を見ると…… まぁ察したよ
自分が殺したんじゃないかってなるよなぁ……」
一年前 4月1日 23時46分
〝 どうしよう…… 人を殺しちゃった 〟
〝 ……取り敢えず警察に行こう 〟
〝 哲良君と約束したのに…… もう会えない…… 〟
必死に涙を拭う彼女と楠本の一部始終を見ていたのは
俺と そしてたまたま階段下の通りから見ていた里緒奈だった
〝 人が死んでる…… 〟
里緒奈は階段を見上げ
俺達を凝視して何を思ったのか
〝 きゅ…… 救急車呼ばないと そうだよね?!! 〟
〝 待て里緒奈…… 〟
電話を掛けるのを止める理由を俺は持っていない
素直にこの娘を警察に突き出せば良かったんだ
だけど目を離した隙に篠川武美は
〝 おいよせ!! 〟
狛犬の足止め祈願などで結ばれている紐を盗み出し
篠川武美は階段の横に植えられてる木の枝に引っかける
そして自分の首を通して宙吊りになっていた
〝 ……!!!! 〟
一応八百屋の人間だからって理由で
果物ナイフを持ち歩いていたってことは許して欲しい
素早く左右に動かして紐を切るがここは斜面
体を支えることは出来なかった為
篠川武美の体はゴロゴロと転がり不幸なことに側溝の角に頭を打ってしまった
〝 これって私の所為? 〟
〝 違う…… 〟
〝 どうしたらいいの? これってどうしたらいいの馬場の兄ちゃん!! 〟
〝 頭の悪い俺らじゃぁ何をしたらいいのか分らねぇ
でも俺には八百屋が お前には佃煮屋
互いに親から譲り受けた守らなければいけないもんがある 〟
話し合っている内に 諒子さんと合流
諒子さんは事情を呑んでくれた上で篠川武美を匿ってくれると約束してくれた
俺は楠本の遺体を桜の木の根元に埋める
桜の木が一応 墓の役割を果たしてくれると思ったからだ
それから里緒奈と諒子さんとの口裏合わせの生活が始まった
俺はさっそく楠本の真実を偽造する
元を正せばアイツの酔った勢いが招いた事故だったんだから
警察に相談する理由が思いつかない
元々素行の悪い人間ってのもあって何かある毎に頼るとかはしなかった
まずはLINEの偽装
諒子さんは心に病気を持っていたのは知っていた
だからこそ篠川武美をどうするか予想は付いていた
だから行方不明者としていつか騒ぎになるだろう
楠本の場合は運良く明日から東京に行くことになっている
親からは勘当されていたから 挨拶は俺だけに済ませて
何も告げずに行くであろうからして
嘘でねじ曲げるには何もかも上手くいってしまった
案の定失踪事件が浮上した時もそうだった
聴取は近所の交番のおっさんが請け負っていて
不良だったイメージから多くの警官に疑われながらも
そのおっさんと近隣住民の年配の方々がフォローしてくれた
結果甘い捜査でここら一帯は事件とは無関係となり
俺達はまんまと罪を逃れることになる
といういより俺達は何一つ悪いことをした自覚が無かったから
警察を出し抜いた点では スリルとちょっとした快楽を味わっていた