終 Next Level
夏至を過ぎて 武美の外出許可が下りた
良くも悪くも思い入れのある近所の商店街は
いつも通りの活気は予想通り弱って見て取るのだが
今から神社の階段を 彼女をおぶって登る俺にとっては
どうでもいいことだった
「重くない? 哲良君?」
「呼び捨てで頼むよ武美」
日陰で木漏れ日に当てられた石段は生きているかの様な
風で揺らめく木々に命を吹き込まれた
冷たく そしてお尻を任せられるくらい頑丈な階段の中腹で
蝉時雨を背景に近くの店で買った二本合体のアイスを割り
「ほい武美!!」
「……ありがとう 冷たっ!!」
「今日も暑ぃなぁ…… もうちょっと涼しい日にすれば良かったな……」
「いいの!! 記憶はまだ思い出せてないけど……
引き籠もってたら余計に不安になるよね」
アイスを口に突っ込んで上下に揺らしている俺は
ふと階段上の桜の木を見てみる
「あの木も被害者だよなぁ~~ 根元に埋められてよ」
「……」
「……あっ! この話イヤだったか?」
「違う…… なんで去年の私はあそこに居たのかなって……」
「あぁ…… …………
……待ちきれなかったとかだと嬉しいな」
「えっ??」
武美を背負って来た為
前に装着していたリュックから
長方形のステンレス製容器を取り出した
少し蝋の臭いが思い出を蘇らせる
「記憶戻って無いけど…… 見てみるか?」
「うん! 見る!」
パカッと音が鳴り
そこには手紙が二通入っていた
他には松ぼっくりや葉っぱなど
やらなくなったゲームソフトなどがたくさん入っているが
おそらくその時のノリで入れた あまり意味の無い物ばかりだろう
「六年前だから少し記憶があるけど……
なんでこんな物を入れたのかってなるな!」
「多分手紙だけじゃ物足りなかったんじゃない?」
「……何か思い出したか?」
「うぅん…… でも今の私には有り難いかも……」
嫌でも記憶が蘇りそうな思い出の品の数々
その中でもメインを飾るであろう手紙を互いは読み始めた
「哲良く…… 哲良は何て書いてたの?」
「〝ぜってぇプロポーズしろよ〟 ……だってさ!」
「哲良らしいねぇ!」
「武美は何を書いていたんだ?」
「……私のはこれ」
〝 哲良君へ
おそらく貴方がこの手紙を読むとき
篠川武美は記憶を失っていることでしょう
楠本という男に言い寄られ 彼女は階段下に突き飛ばすと思います
そして彼女も自殺を試みてしまいました
すると近くに居た男女三人はこの事を隠そうと行動し始めます
彼女は花屋で暮らし 周りは何事も無かったかの様に生活を始めます
ここまでが私が見てきたもの
去年の春 神社から転げ落ちた篠川武美は死んでしまいました
なので私が彼女の代わりになり 哲良君と幸せになろうと思います 〟
「これは…… 武美の字じゃない……」
一気に夏の暑さが冷め切っていた
俺は恐る恐る隣に座っていた筈の武美を見やると
そこには誰もおらず 次に目をやったのは桜の方
そこには彼女が満遍の笑みで立っている
おそらく一年前のあの日と同じように
「お前は誰だ?」
「……もう分かっているでしょ?」
武美は上を見上げて一枚一枚散っていく花びらを
風を伝って俺の体を通り抜けて大空に舞った
「私は〝桜の木〟の精霊
根元に埋まった貴方達が埋めたタイムカプセルに宿る
想い出の思念を吸収してここまで擬態出来る力を得ました」
「……本物の武美は死んだだと? そんな……」
「……芦葉哲良君 私は貴方を愛しています
ずっと待ち焦がれていました!」
「分かんねぇよ! 俺が好きなのは篠川武美だ!!」
「考えてみて 私は二人の想いを吸収したの
ということはつまり
私の中にある篠川武美の君への想いは……
これで察して頂けました?」
その場で固まったまま
状況が呑み込めない俺は日向で大量の汗を流すことも気にせず
武美の死と 桜の木の精霊の出現に不意を突かれる
されどここからは 思いも寄らない謬見の連続が始まる
それはまだ誰も知らない序章
ーー安斎さんと柴塚さんには大変お世話になりました
だけど皆さんは勘違いしてるかなと思って説明させて頂きます
この物語の主人公は俺のようです
武美のことは今でも吹っ切ることは出来ませんが
大人になった今でも桜の木の精霊と仲良く 睦まじく暮らしています
今回はそんな二人の出会いの一ページ目を紹介させて貰いました
ではそろそろこの話も終わりのようなので また何処かでお会いしましょう




