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2022年4月1日 トアル探偵事務所
自己主張の強い奥の机で窓を見ながら椅子に寄りかかる男性と
テーブルを挟んで親身に話を聞いてくれる女性が
高校を卒業したての芦葉哲良を挟んでいる
「ごめんなんさいねぇ……
うちの所長はあれでも仕事はちゃんとするので」
「はい…… よろしくお願いします」
依頼料は後払いでも構わないと言われたが
所長と呼ばれるあの気怠そうな男が視界に入れば
この事務所はハズレと思わんばかりの空気に包まれていた
そんな本音を彼らに言えるはずも無く
芦葉は下がる肩に鞄を掛け お辞儀をして出て行ってしまった
「フゥ…… お客様が来てる時はシャンとしてと言いましたよね?」
「依頼内容は?」
「はぁ? 殺すよ? ちゃんと給料払えよバカ!?
依頼人は芦葉哲良さん 今年から大学生ですね
依頼内容は行方不明の幼馴染みを探して欲しいとの事
一年前に失踪した篠川武美
近隣の女子校に通う生徒ですね
施設に連絡を入れるでもなく ある日忽然と姿を消したそうなんです」
「最後に目撃があった場所は?」
「【火女神社下の商店街】の住人達が複数名
階段を登って桜を見つめる怪しい女性を目撃したらしいです
しかし暗くなる頃には帰っているだろうと誰もが思っていたそうで
行方不明を知らされたのは数日後だと話されていたそうです」
「子供の癖によく調べたなぁ そして警察は当然にも未だ発見していない」
「……彼の話を聞いていて不可解な点があるんですよね~~
彼は彼女と仲が良いと言っていましたが
当日や前日に連絡は取っていなかったのかしら?」
「そこを聞かなかったのはお前の落ち度だな」
「じゃぁ次に話を聞くときはてめぇがしろよクソ所長……」
「現場を確認する 出掛けるぞ」
「昼飯はあなたの奢りで…… 給料から差し引いたら殺すから」
二人はコートを着て商店街へと赴いた
寒空が続く中での聞き込みは地獄だったが仕方ない
小さな事件でも物にしなければ所長は従業員に殺されるのだから
「ここは八百屋さんか…… そして隣が神社に続く道と……」
「すいませーん!! 誰か居ますかぁ?!!」
「うぃーっす!! おたくら誰っすかぁ?!」
髪を茶色に染めて如何にも容疑者リストに入れたい店員が出て来た
しかし店のエプロンを着用している辺りと 真面目な対応がギャップをそそる
「トアル探偵事務所の所長をしております 安斎賢也です」
「同じく従業員の柴塚久留美です」
「おぉっ…… 八百屋三代目予定の馬場恭典っす!」
二枚同時に名刺を受け取る馬場は萎縮を見せているが
一分よりも早く解決するをモットーにする柴塚は畳みかける
「一年前の失踪事件ご存じですか?」
「あぁ…… 桜の木を見てた姉ちゃんが消えたって話っすよね?
当時はこの辺りじゃぁ有名になったけど見つかったんすか?!
……えぇと名前なんでしたっけ?」
「篠川武美という名前らしいです 近所の高校生でしたよね?」
「ちょっと分かんないっすねぇ!!
ここらを通学路にする高校生は山程いますから!!」
「そっか…… ちなみに馬場さんは事件当時は何を?」
「一年前の四月一日ですか?
……店をやってたんじゃないですかねぇ
エイプリルフールだから友達に悪戯LINEをしてたかも!!」
「見せて貰えますか?」
「別に良いっすけど…… そんな強引にさぁ これ犯罪になりません?
それに俺疑われてるんすか?」
「そういう訳では…… では拝借します」
柴塚はパソコンを取り出してスマホのデータを過去に遡らせた
その作業中に不安を募らせぬよう 安斎が雑談を持ちかける
「アンタを疑っている訳じゃねぇが 現代の警察が手を焼いているんだ
たった二人でそんな事件を追うとなると難航してるものがその倍になる」
「あぁ…… そっすね!」
「謝礼は払う…… 小遣いにでもしてくれ」
「あっあざっす!!」
結果が出た柴塚はさっそく安斎にも内容を見せた
ババチョ『21:35 してやったぜ楠本!! ざまぁ!!』既読
クスクス『21:50 ホントふざけんなよお前 チャリのサドル駄目になったじゃねぇか!!』既読
ババチョ『21:51 冷めるなぁホント 20分も既読無視すんじゃねぇよ』既読
クスクス『21:53 てかあの女の子まだ桜の下にいんのか?』既読
ババチョ『21:54 あぁいるいる 俺呪われんのかなぁ』既読
クスクス『22:00 バカ言ってねぇで明日も頑張れよ やっと更生してオヤジさんの跡を継ぐんだろ?』
パッと見では何とも言えない普通のやりとり
柴塚は諦めてパソコンを鞄に仕舞うが 安斎は幾つか質問した
「女の子ってのは篠川武美のことか?」
「断言はできねぇっす!! でも皆そうじゃねぇかって……
勿論そのことは警察にも言いましたよ!?」
「……もう一つ気になるのが
楠本の返信でそれ以降は君が未読無視をしてるが
20分で腹が立っている割には薄情じゃねぇか?」
「おぉ! なんか名探偵っぽいですね!
楠本の奴…… その次の日から東京に行くことになってたんだ
結構有名な大学への進学決まってたらしくてよ!
だからさ…… 最後の悪戯になっちまったんだよ
自転車のサドルを緩めてさ あいつ立ち乗りだったからさ
……ホント 返信が来たら成功したんだと笑いまくってやったぜ!」
「それ以降の楠本との連絡は三ヶ月置いてたりしてるんだな」
「そりゃそうだろ!! 女じゃあるめぇし早々近況なんざ興味ねぇよ!!」
「……悪かったな!! 色々聞いて!!」
安斎は馬場に五千円札を握らせて事を済ませた
馬場は金を握って安堵の一息を吐く
そんな姿を見ていた柴塚は頬を膨らませて安斎を睨んでいた
「ホイホイ買収して情報提供するくらいなら……
もっと時間を掛けて安く解決したいんですがねぇ~~」
「一分一秒がお前のモットーじゃなかったのか?
金銭が生じると怖じ気づく辺り…… 矛盾が枷になってるぞ?」
「〝無駄足よりは低コストでも確実を〟を訴えているんです!!
だから私の給料も少ないままなんですよも~~」
「少なくとも篠川武美が誘拐されたとなると
ここ商店街周辺の住人に絞られる
ここに住む人達の大勢が彼女を見ていて
尚且つそれ以降の目撃情報は無かったんだからな」