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五月の桜

作者: 成瀬結


今年も、もう五月になってしまった。


 当たり前だけど、一年に一回、決まって五月はやってくる。何をしたって、何をしなくたって、私が死んでしまわない限り、どうあがいても五月はやってきてしまう。


 もし仮に80歳で死ぬとして、私の人生にはあと54回の五月が残っている。


 54回。3かける3かける3かける2。


 意味もなく素因数分解をしてみたところで、何も変わりはしないのだけれど。



 私は五月が嫌いだ。もっと正確に言うなら、五月五日という日が大嫌いだ。五月五日が誕生日の人には申し訳ないけど。


 少し言い訳をすると、私は五月という季節は別に嫌いじゃない。むしろ好きなくらいだ。ほどよく暖かくて、ゴールデンウィークだってあるのだから。


 


 ただ、少し思い出してしまうだけだ。五月が、五月五日が、あの人がいなくなってしまった日だから。


 もう何年も前の、遠い昔のことだけれど、思い出すと、少しだけ辛くなってしまう。


 少しだけ。ほんの少しだけ。


 だから、私は、五月が嫌いだ。



 十年前、私は高校生だった。平凡な、どうということのない女子高生。


 当時の私には、他の人たちと同じように、好きな人がいた。


 幼馴染で、とても仲のよかった男の子。色白で、華奢な人だった。風が吹いたら折れてしまいそうなくらいだったけど、私には、彼がとても強い人に見えていた。名前は…、もう、どうでもいいや。



 小さなころからずっと一緒だった。家が隣で、幼稚園、小学校、中学校、ずーっと、私の隣には彼がいた。


 青春小説が好きだった私は、そのうち私と彼は付き合い始めて、いつかは結婚するのかな、なんてことを想像していた。一生ずっと、私の隣には彼がいる。そういうものだと思っていた。当たり前にそばにいてくれるんだって、これからも一緒なんだって、疑ったこともなかった。



 だけど、あなたはいなくなってしまった。十年前の五月に、あなたは私の前から姿を消した。私の中の時計の針は、まだその日を指している。せめてもう一度だけ、あなたに会いたかった。だって、大好きだったから。



 五月五日。私とあの人と最後に話した日、私たちは一緒に公園の中を歩いていた。


 桜の木がたくさんあるところで、春先には、たくさんの人が桜の花を見に訪れる。


 だけど五月のその日に公園にいたのはお母さんと遊んでいる何人かの小さな子供たちと、そして、私とあの人くらいで、緑色になった桜の木に目をやる人なんて、誰もいなかった。


 


 しばらく歩いていると、あの人が言った。


 「あそこに、まだ桜の花が残っているよ」


 あの人は、少し離れたところにある桜の木を指さしていた。


 嘘だろう、と私は思った。桜の花なんて、もうとっくに散ってしまっているはずだ、と。


 でも、確かに、あの人の指が指した先には桜の花があった。すっかり緑色になってしまった桜の木の中に、一つだけ、小さなピンク色の花があった。


 


 私は、その時に見たものをいまだに忘れられないでいる。


 その桜の花と、その時のあの人の目だ。



 少しして、私たちは家に帰った。


 そして、あの人はいなくなってしまった。


 私の前からだけじゃない。この世界から、あの人はいなくなってしまった。


 この世界のどこを探しても、あの人はもう、見つかりはしない。



 小さなころからだったらしい。あの人は思い病気を患っていた。高校生で命を落としてしまうほどの。


 何年も一緒にいて、私はそれに気付くこともできなかったし、あの人は私に、それについて話すこともしなかった。


  


 私がそれを知ったのは、あの人のお葬式に呼ばれた時だった。


 冷たくなってしまったあの人を見るのが嫌で、私はお葬式には行かなかったけれど、もし行っていたら、何かが変わっていたのだろうか。


 


 だから、私は五月が嫌いだ。


 あの人がいなくなってしまった季節だから。



 こんなにも嫌っているのに、五月になるとどうしても、桜の木の中にピンク色の小さな花が残ってはいないかと、つい探してしまう私がいる。



 大好きだったのだ。もう少し、引きずっていても罰は当たらない。



 ふわり、と春の風が吹いた。


  


 あの人の匂いがする。

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