交わる二つの双葉
カラッとした陽光が差し込んでいる。五月も終わりに近づけばそれなりに気温も上がり、でもまだ湿度が高まっていない心地よいギリギリを攻めるようなそんな季節。最も外が気持ちいいからと言っても外に出ることはないし、運動するなどもっての外なのだが。イライラしながら学校に行くことがないだけでも十分にいいことなのだから。本格的に夏が始まる前のちょっとした小休止を心の底から楽しまないと。
「帰りたいわ」
「・・・まだ何もしてないと思うんだけど。しかもついさっきまですごい充足感のある表情してたよ」
「私は真面目に授業受けたじゃない。なのになんでこんな仕打ちを受けなきゃいけないの?」
「ただの体育の授業をまるで拷問呼ばわりするんじゃないよ」
「拷問に等しいわよ、私にとってはね。しかも今日は体育祭の練習もあるんでしょ?名前も知らない男子と足を結ぶよりはマシだけどね」
「やっぱそれか。いい加減諦めなよ。今さらペアが変わることはないし」
「諦めてはいるわよ。少しでもその時間を減らすための抵抗をしているだけよ」
「それは諦めていると言わないんじゃないかな」
「津久羽!薮川!早く練習しろ!」
「ほら怒られた。うまくなれば時間も減るよ」
「む、それもそうね」
「嫌な理由が俺と二人三脚じゃなくて、純粋に体育なのが紫織らしいよね」
「今更でしょ。朝則をおんぶしたこともされたこともあるのよ。足を結んで肩を組むぐらいどうも思わないわよ」
「少しも照れてないとは恐れ入る」
「早くやるわよ」
「はいはい」
足首を結び、肩を組み、息を合わせ走る。わかってはいたが意外と難しい。男女の差がここまで大きいとは予想外だった。朝則のことはそれなりに理解している・・・はず。だからその行動に合わせることも予想して先に動くこともできる。でも、力が強すぎる。簡単に身体を持っていかれるというか振り回されるというか、全く合わせられない。息が完全に上がってしまい、立てなくなった。朝則に完全に合わせると大見栄を切った手前、頑張ったのだが無理だということが良く分かった。
「朝則、やっぱり前言撤回するわ。もっと私に合わせてちょうだい」
「だから言ったじゃん。完全に息上がっちゃってるし、今日はもうやめとこっか」
「・・・そうね。今日はこのへんで勘弁してあげるわ」
「ほんとに意地っぱりだよね君は」
「別にそんなことはないわ。ほら」
朝則に心配されるのもなんだか癪だったのですっくと立ちあがる。もちろん無理して立った。立つぐらいなら何とかなるかと思ったけど全くそんなはずも無く、しかも足を結んでいたのを完全に忘れていた。重力に負け、顔面から地面に落ちる。
「んがっ」
「ちょっ、紫織!大丈夫か!」
「・・・大丈夫よ。あっ」
起き上がろうとすると、ポタポタと地面に血が垂れる。顔面から地面に落ちればまぁ鼻血の一つや二つは仕方がない、でも血の付いた服って洗濯たいへんなのよね。そんなことを考えていると目の前に朝則が背を向けてしゃがむ。
「なに」
「いや、もう立てないでしょ。保健室連れて行くから」
「別に。保健室行くほどじゃないけど」
「碌に立てない上に、鼻血流してなに言ってんの。ほら、早く」
「ん。じゃあよろしく」
意外と大きい朝則の背中に揺られながら運ばれる。中学生から碌に変わってない気がしたけど、身体はちゃんと成長しているのね。私が大きい方なのもあって身長もほとんどいっしょなのに。こんなことで朝則の成長を感じるとは。・・・生意気な奴め。
「ねぇ、朝則」
「ん。なに」
「責任取ってよね」
「は?なんの?」
「うら若き乙女のファーストキスの相手を地面にさせたことの」
「それ俺のせいなのか?」
「当然でしょ」
「へいへい。また今度な」