Heartful Moon
中秋の名月。月が最も美しい日とされるらしい今日、朝則と月見をする約束をしていた。以前はもっと早い時期だったらしいが、近年はどんどんと後ろ倒しになっているらしい。なんでかは忘れたけど。
「そういえばそろそろ月見の時期ね」
「もうそんな時期だっけ」
「そう。だからうちでも月見をやるわよ」
「おぉ、頑張ってな」
「・・・」
「わかったからそんな顔するなって。なんか怖い」
「女性の誘いを断る無粋な男に育てたつもりはないわよ」
「まあ、紫織に育てられた記憶はないしな」
「ごちゃごちゃうるさいわね」
「えぇ・・・」
そんなやり取りをしたのが数日前。さてはてちゃんと覚えてるかなと。
「どーも、月のウサギです」
「ようこそ、今日はウサギ鍋の予定です」
「共食いじゃん」
「ぞくぞくするわよね」
「しません。怖い」
「冗談よ、早く入って。もうできてる」
「できてるって何が?」
「月見料理よ」
「月見バーガー?」
「だったらマック行くわよ。ま、近くはあるけどね」
まだよくわかっていない朝則をさっさとリビングに入れ、料理を準備する。相変わらず家事は門外漢というか、わたしが甘やかしすぎたのか。
「早くテーブル拭いて箸持って行って」
「へーい」
「美味しそう」
「でしょ?」
「月見うどんなんて久しぶりにみた気がする」
「まぁ、月見の時期にしか作らないしね。ほら、食べよ」
一生懸命にうどんを、しかも無言ですする朝則を少し面白いなと思いながら眺めているとなんだか余計にお腹が空いてきた。うん、ちゃんと美味しい。実は作りながら少し考え事をしていたので出来が心配だった。それも杞憂におわったから別にいいけど。
「どうした」
「ちょっと気管に入っただけ」
「大丈夫?」
「へいきへいき」
「それよりどう?結構おいしくできたと思うんだけど」
「おいしいよ。黄身になんか入ってる?なんかチーズみたいな」
「惜しい、ちっさい餅が入ってるの。いい感じでしょ」
「超いい感じ」
「ん、まだあるけどおかわりする?」
「いや、いいかな。まだなにか作ってるんでしょ?」
「鼻が利くのね」
「別にそういうわけじゃないけど。なんだか隠してる感じするし」
「利くのは鼻じゃなくて目ってこと?生意気」
「ひどくない?」
「ひどくない。持ってくるからちょっと待って」
「じゃん」
「おぉ!」
「月見だんごだ」
「餅から作ったの。大変だったんだから」
「もち米からってこと?」
「そ。昨日から仕込んでおいたの」
「臼と杵?」
「流石にそれは私では無理。普通に炊飯器で作ったの」
「餅って炊飯器でも作れるの?」
「作れるよ。今度作ってみる?」
「気が向いたらかな」
「やる気ゼロね」
「紫織うるさいし・・・」
「あんたがちゃんとやらないからでしょ」
「へいへい、早く食べよ。月見えるし」
しょうがないから乗ってあげる。確かに今日の満月は綺麗だった。今日は少し肌寒いので夜空の月が良く見える。彼の文豪は月が綺麗ですねなんて言葉を使ったらしい。ずいぶん迂遠で遠回しだけど要するにそういう使い方をするんための言葉なんだろうなと思う。
「・・・美味しい?」
「美味しい」
「すこし冷えるわね」
「着る?」
「着る」
朝則が来ていたカーディガンを貸してくれる。意外と準備が良い。私は料理で手一杯だったので完全に忘れていた。カーディガンから少し朝則の匂いがする。私がすることが多いとはいえ、洗剤は朝則の家のものだし、今まで朝則が着ていたということもあってなんだか少し落ち着く。
「そろそろ戻ろう。流石に寒い」
「・・・」
「紫織?」
「今日は月が綺麗ね」
「・・・手、届きそうだな」
「及第点」
「まじかよ・・・」