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初体験は流れる汗と共に

少しだけ走る。体育以外で走ることなど稀なので若干の息切れをしながら考える。いつもはあいつを待っているばかりなのだから今日ぐらいは大目に見てくれるだろう。というか見てくれなかったら舌打ちの一つぐらいはこぼしてしまうかもしれない。四月の少し肌寒さを残す陽気のなかを駆け抜けるなんてもったいないにもほどがある。いっそのんびり歩いてやろうとも思ったけど、今日は私が誘った私が主役の買い物だ。少し考えて気持ち早めに歩くことにした。

「珍しいね、紫織が遅刻なんて」

「私も同じ気持ちよ。あなたが時間通りに行動することなんて学校の中だけだと思ってた。それとも心でも入れ替えたの?」

「まさか、今日は紫織の誕生日プレゼントを買う日じゃん。その予定はちゃんと覚えてたから。いっつも世話になってるし」

「そう思ってるならたまには自分で起きてくれるととても助かるんだけど」

「それは無理」

「でしょうね。言ってみただけよ」

「今年は何買うの?去年はレストランのフルコースだったっけ」

「意外、覚えてたんだ。まぁ忘れるほうが難しいか、惨劇だったしね」

「まぁね。本当にあのあと財布が大変なことになったから」

「別にいいでしょ。一年分の感謝の証なんだから」

「それはそうなんだけど」

「ま、さすがに去年ほど豪勢なものを要求するつもりはないわ。去年もまさか本当に本格的なレストランに連れていかれるとは思ってなかったし」

「たまには俺も本気だすってことさ」

「それはどうも。今年は服でもねだろうかしらちょっといいやつとか、靴とか鞄でもいいけど。あるていど普段使いしたいし」

「ただ考えるよりも、見ながら考えた方がいいんじゃない?」

「それもそうね」

話している間に大きなターミナルに着く。口を止めて、随分と口の中が乾いていることに気づく。そういえば幼馴染と長話をするのも久しぶり。とはいえ、乾きすぎだと思う。意外と緊張しているのかも。いやでもいまさら幼馴染に緊張も何もないでしょう。ちょっと走ったからかな。たぶん、そう。

「やっぱり買い物の前にちょっとご飯でも食べていきましょ」

「あいよ、お嬢様」

「ふふっ、いや待って。あんたが執事なんて冗談じゃない」

「そこまで拒否することもないと思うんだけど・・・。ボク、悲しい」

「そう思うならもう少し過ごし方を考え直すことね」


 買い物に行く前にファミレスで腹ごしらえをすることにする。久しぶりに来た気がする。前来たのは・・・半年前だったかな。両親と久しぶりに外で食事をしたあの日もファミレスに来たんだった。この時期はいろいろな学校の始業式やら入学式がある。今日もまたどこかで式があったのかファミレスの中は学生で溢れていた。周りからどう見えているのか少しだけ考える。いつも朝則の世話に追われているとはいえ華の女子高生、そういうことに興味がないわけではない。ただ嫌いなだけ、心の底から。そんなものに現を抜かしている奴はみんな事故に遭ってしまえと思っているぐらいには嫌い。目の前で必死に何を選ぶのかで悩んでいる幼馴染はちゃんとそこらへんはわかっているので踏み込んだりはしない。いつもなにも考えていない顔をして踏むべきでない虎の尾は踏まないようにしている、本当に意外だけれど。

「なに食べるのか決めたの?」

「うーーーーーん。この『季節の野菜カレー ヤーナム産豚肉増量中!!』と『ガンダルハンバーグ』のどっちにしようかなって思って、前から食べて見たかったし」

「じゃあ私ハンバーグ。あんたはカレーにすれば」

「む。でもハンバーグも捨てがたいんだけど」

ごちゃごちゃとうるさいので呼び出しボタンを押す。なんだか絶望に満ちた顔をしているが、別に一食にそこまで懸命にならなくてもいいと思う。しょうがない、明日の夕ご飯はハンバーグにしてあげよう。変なところで真面目に悩んでいる幼馴染は端から見ると結構おもしろかった。


「けっこう美味しかったわね」

「ね。それにしても誕生日プレゼントはあのファミレスでよかったの?服とか靴とか買う気満々だったんだけど」

「ご飯も美味しかったし、ハンバーグかカレーかであそこまで一喜一憂するあんたは面白かったからそれでいいわ。物足りないなら今度どこか美味しいお店にでも連れて行ってちょうだい」

「そんなもんかね。じゃあどっか探しておく」

「期待してるわね。それと、夕ご飯はおばさんが冷蔵庫に入れたって」

「りょーかい。さんきゅ」


 家に帰ってきてひとりごちる。

「別に物だけがプレゼントじゃないことに気づけるのはいったいどれだけ先なのかしら。将来が心配だわ」


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