秋錦の帳
私たちの地域には紅葉で有名な場所がある。本当に有名かどうかは知らない。他の地域に知り合いがいるわけじゃないし、というか他の場所と比較したところで違いがわかるほど紅葉に詳しくもない。綺麗だとは思うし、興味がないわけではないんだけど。だからどうということもなく、毎年誰が行くんだろうなんて思いながら画面の向こうの紅葉を眺めていた。
「紫織、紅葉狩り行かない?」
「は?なんで?」
「いやなんか、テレビ見てたら行きたくなった」
「別に紅葉なんて家でみれるじゃん」
「それはそうなんだけど。生で見たことあんまりないなって思って」
「それは、そうね」
「でしょ?ちょっと行ってみない?」
「えー、めんど」
「行ってみない?」
「めんどくささが勝つかな」
急に朝則が静かになった。流石に嫌がりすぎたか。別に今さら紅葉に感動するほど敏感でもないだけで行くことじたいは別に嫌なわけではないんだけど。興味がないわけじゃないし行ってあげてもいいしな、なんて考えていると急に朝則が復活した。
「あそこ蕎麦が美味しい店あるって」
「え?」
「そば好きでしょ?」
「好きだけど。よく覚えてたね」
「さっき思い出した」
「あっそ。まあ、そこまで言うなら誘いに乗ってあげてもいいよ」
正直蕎麦の話が無くても行く気満々だったのだけど、ここまで必死に誘われると悪い気はしないので、しぶしぶ誘いに乗る振りをする。なんかこっち見てにやにやしてるので舌打ちをかましてやる。あいつはいつも私はわかりやすいなんて嘯くが、黄美さんに言わせれば全然わからないらしい。黄美さんは嘘をつかないので朝則が適当なこと言っていることになる。の割には結構当ててくるのよね。腹立つ。
「いつ行くの?」
「明日は?」
「いいわよ」
「おっけ」
「あんたが誘ったんだから自分で起きなさいよ」
「はいはい」
目覚ましよりも少し早く目が覚めた。昨日ああは言ったものの、あいつが自分で起きられるなんて思ってないし、なんて言い訳を自分でしている。未だにあいつへの《《これ》》の名前を付けあぐねている。思ったより私は優柔不断らしい。もっと即断できると思っていたのだけれど。
「おはよ」
「おはよう紫織」
「自分で起きられたのね」
「昨日釘刺されたし」
「あんなんで起きられるならもっと頑張ってほしいんだけど」
「最近、自分で起きてると思うんだけどね」
「高校生って自分で起きるものじゃないの?」
「さぁ、知らね」
「あんたね」
「他所は他所、うちはうち」
「それは私が言うセリフなんだけど」
「気のせいだ。ほら、早く行こ」
バスに揺られて、件の紅葉の有名な大きな公園に向かう。そういえば以前に朝則がサンドイッチは腹が膨れないので得意じゃないなんて言ってたことを思い出す。柄にもなく朝則のためにサンドイッチを持ってきたことを後悔する。先に言えよ馬鹿。
朝則にどう言ったものかと考えながら紅葉通りとかいう名所まで歩く。
「どうしたの」
「なにが」
「なんか機嫌悪い気がして」
「悪くはない、こともない」
「どっちだよ」
「悪いより」
「悪いよりか、なんかしたっけ」
「した」
「そんなにあの和菓子好きだったの?」
「え?」
「あ、なんでもないっす」
「そのことは帰ったらちゃんと聞くから」
「うへぇ。でも別件か」
「あんたサンドイッチ好きじゃないでしょ」
「あー、昔はね。今はそんなことないよ」
「そうだっけ」
「今は運動ほとんどしないし」
「そう」
こんな程度のことでほっとするを通り越して嬉しくなっている自分が情けない。優柔不断の上にちょろいとか情けなささ過ぎていっそ笑えてくる。気分が少し上に振れ始めたあたりで紅葉通りに着く。
聞いていたよりもずっと綺麗な並木通りだった。綺麗という感想しか浮かばない。人は本当に美しいものを見た時には何も言えなくなるという話は本当だったらしい。上から一枚一枚がひらりと落ちてくる楓はまるで秋のシャワーだった。朝則も語彙が呑み込まれたのか何も言わず歩いている。明りに誘われる虫みたいにふらふらと紅葉の向こうに歩いていく朝則をつい眺めてしまう。
「ちょっと!」
「あ、ごめん」
「ぼーっとしすぎ」
「思ったよりずっと綺麗だったからつい」
「それは同感だけど」
「綺麗でしょ?」
「それはそうね。これなら毎年来ても退屈なんてことにはならないでしょうね」
「だから言ったじゃん?」
「はいはい」
ちょっと褒めたらすぐこれなんだから。でも名所という話は理解できた。吸い込まれるほどに綺麗な紅葉は言葉で表すのがいっそ無粋に感じるほどだった。
結局日が落ちるまで眺めてしまい、紅葉だけで一日を過ごした。
サンドイッチどころか蕎麦も食べるのを忘れた。また今度行けばいいはなしではあるけれど。




