fortissimendo
次の日学校に行くと、特に何もなかった。あれだけ私に啖呵を切ったあげくに振られた彼女が私に何もしてこないなんてあり得るの?あの容姿以外が赤点の彼女が?何もしてこないのが本当に怖い。黄馨撫子は容姿こそ満点だがそれ以外が悉く悪い。傲岸不遜で頭脳暗愚、運動音痴に悪罵全開と「嫌いなやつポーカー」やったらフルハウスが出来そうなぐらいの人間。でも容姿がいいから何とかなるから不思議だ。とかくに人の世は理不尽だ。
「おはよう。薮川さん」
「おはよう、黄馨さん」
単なる朝の挨拶が手汗がびっしょりになるぐらいに緊張感があった。とりあえず今は何もしてくる気はしないらしい。
いつも通りの体育の授業をこなしながらもなにをしてくるのか気が気でない。なんとか何事も無く授業も終わり、着替えを終えて教室に帰る。正直、ずっと気を張っていたのでもう帰りたいぐらいには疲れた。
「やられた」
思わず言葉がこぼれる。バッグのなかにゴミ箱をぶちまけるとはやってくれる。バッグの中がゴミで一杯になっている。ほこりやケシカスがバッグの周りを舞っている。昨日の掃除当番がゴミ捨てをさぼったのか、これをやるためにわざわざゴミを捨てなかったのか。どちらにせよこのバッグはもう使えなくなった。これ、朝則がくれたやつだから気に入ってたんだけどな。
幸い教室に帰ってきたのは私が一番だし、しかもかなり早く戻ってきたのでまだみんなが帰ってくるにはまだ余裕がある。手早くバッグの中をひっくり返し、教科書などの必要なもの以外をゴミ箱に戻す。こんなみじめなところ誰にも見られたくないので
手早く済ませる。どうしても埃っぽいがそればっかりは我慢するしかない。彼女はずっと授業を受けていたはずなのにいったいどうやったのか。たぶん他のクラスの男子なのだろうが、そこまでやるとは思っていなかった。
今日は移動教室が多いのですごく心が疲れる。彼女の八つ当たりがいつまで続くのかもわからないのですこし警戒しながら理科室に向かう。少し遅れて理科室に着くと、私の座る椅子がなくなっていた。さっきのバッグに比べると随分おとなしくなった。とりあえず適当な所から椅子を借りてくる。私が彼女にいったい何をしたというのか。別に朝則との恋路を邪魔しようとしたわけでもないし、行ってくれれば距離をとるぐらいならやるというのに。そんなに恋愛が大事なのか。何もしていない級友にここまでするほど私が憎いのだろうか。本当に胃が痛くなってきた気がする。
もうこれ以上は耐えられないので保健室に逃げようと思ったが、その前にトイレに寄る。全身から湧き上がる吐き気に我慢できずに便器の中に胃の中の物を全部ぶちまける。追い打ちをかけるように上から勢いよく水が落ちてくる。扉向こうからクスクスと笑う声が聞こえてくる。
「随分とトイレが臭いわねぇ。薮川さん、もしかして吐いてる?」
「・・・」
嘔吐感が止まらず、何も話さずに黙っていると気にくわなかったのか怒鳴り始めた。
「何とか言いなさいよ!わざわざ私があなたに話しかけてるのよ!」
「・・・何が気に食わないわけ」
「は?」
「別に私は朝則と付き合ってるわけじゃない、黄馨さんが付き合いたいなら邪魔をするつもりもない」
「当然でしょ!あんたが私の邪魔をするなんて許さないんだから!」
「じゃあ、なんで」
「あなた聞いてないわけ?朝則君に私がフラれたこと」
「噂だと思ってた」
「本当よ!なんて言って断られたか知ってる?!ずっと昔から好きな人がいるんって言われたのよ!そんなのアンタしかいないじゃない!」
「それは私かもしれないけど、朝則が断言したわけじゃないんでしょ?」
「関係ないのよ!私がフラれて、それがあんたのせいの可能性が高いのよ!」
だんだんとヒスのボルテージが上がって来たのか論理が破綻してきている。もう行ってることが理解できなくなってきた。
「あんた、卒業まで穏便に過ごせると思わないことね」
「は?」
言いたいことだけ言ってトイレを出て行った彼女の宣言通り、八つ当たりは卒業まで続いた。
恋だの愛だのそんな気持ち悪いもの、二度と私の人生に関わらせないと心に誓った。




