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彼と彼女の二輪挿し

 約束の日、柄にもなく緊張していた私はあまり眠れずに朝を迎えていた。珍しく私から誘ったというのに寝不足で会うのはなんだか申し訳にないので二度寝を決めることにする。出かけるのは夕方なので昼に起きれば十分だろう。

「あ、黄美さん?そろそろメイクを頼みたいんだけど・・・」

「オッケー!待ってたよ服とかはもう着た?」

「着たよ」

「おけおけ」

「よしよしちゃきちゃき行かないとね」

「よろしく」

そこから一時間と少し、メイク初心者の割にはうまくいったと思う。黄美さんは少し疲れた顔をしていたし、今度何かお詫びしなきゃいけないわね。


「よっ」

約束の時間。いつもは時間にルーズなのに今日はちゃんと来ていた。いつもこれぐらいなら助かるのに。

「今日は遅刻しなかったわね」

「珍しく紫織から誘って来たしね」

「夕方なのに遅刻したら張り倒すけどね」

「おお怖い。それにしても・・・」

「何?」

「いや、似合ってるなって思って」

「でしょ?黄美さんと昨日選んできたの」

「おうみ、百合川さん?」

「そう」

「そういえば結構仲良くしてるよね。めずらしい」

「そうなの、いい子だしね」

「へぇ」

「ほら、もう行きましょ」

陽が少し傾いた赤い道を二人で歩く。いつもと同じ景色だけど初めて二人で歩く道はいつもと違って少し緊張した。本当に心臓の音がうるさい。どんどん大きくなっている気さえしてくる。このまま黙ってると、朝則に心臓の音が聞こえてしまう気がして強引に話しかける。

「初めてね」

「何が?二人でこういうの来るの?」

「そう、なんだかんだでこういうのは一度も来たことなかったから」

「まぁ、しょうがないんじゃない?」

「それはそうだけど」

「別にいいのよ。ほとんど毎朝顔合わせてるんだし、十分じゃない」

「誘うのが恥ずかしいだけじゃなくて?」

「別にそんなことない」

「ふ~ん」

「その顔腹立つんだけど」

「はいはい。それにしてもメイクめずらしいじゃん」

「・・・まぁね。黄美さんがした方がいいって」

「いつも全然してないもんね」

「面倒なのよ。私別に朝に強いわけじゃないし」

「そういやそうだったね。いつも起きてるのすごいね」

「気合で起きてるだけよ」

「真似できないなぁ」

「いや、真似しなさいよ。私の負担が減るんだから」

「善処するよ」

「する気ないじゃない」

「あ、ほら着いたよ」

少し速足で逃げる朝則。帰ったら絶対に詰めてやるんだから。


 久しぶりに来た花火大会は人でにぎわっていた。あちこちに出店が並んでいて、夏祭りもかくやという盛り上がりだ。打ち上げまでだいぶ時間があるがこれなら暇を持て余すこともなさそうだ。

「随分人が多いのね。毎年そうなの?」

「らしいね。毎年人だらけだって」

「らしいって、行ってないの?」

「行かないね」

「行きなさいよ。あなたそれなりにモテるほうでしょ」

「いや、まぁ、そうなんだけどね」

「否定はしないのね」

「中高と同じなのにどう嘘をつけってんだ」

「でももうちょっと謙虚にしてほしいものね」

「へいへい」

花火大会。出店。幼馴染。二人。浴衣。

これが映画だったら打ち上げの瞬間にキスの一つでもするのだろうが、一緒にいるのが朝則だし、どうもそういう気分にならない。雑踏の中にいるとまるで本当に一人になることが出来たみたいでけっこう好き。咳をしてもひとりなんて嘘っぱちだ。雑踏の中だけが本当に一人になれる。

なんてことを考えていると人込みに流れそうになる。

「ちょっとちょっと。何をぼーっとしてるの」

「うん?私人込みけっこう好きなんだよね」

「は?あーでも、前聞いたことあるかも」

「だから」

「何の言い訳にもなってないし」

「なってるなってる」

「なってないし、ほら」

急に手を握られる。

「ぼーっとするなら手つないでてもらえる?」

「へぇ?あんたにそこまでの度胸があるの?」

「ありますけど」

そりゃあるか。どっちかというと私のほうがそんな度胸はない。

「じゃあ、しゃっきりしなきゃね」

「そりゃあどうも」


 二人で出店の群れの中を歩く。お互いに気ごころの知れた仲なのでやはり楽だし楽しいと思う。たぶん。最初は花火まであとどれぐらいなのか、メイクは崩れていないか、そんなことを考えていたのにいつしかそんなことを考えることもなくなった。

「なんか奢ってくれたりしないの?」

「えぇ・・・。今日はあなたがエスコートする感じだったじゃん」

「そうだっけ、柔軟性も男には重要よ」

「よく回る口だよ全く」

そんな幸せっぽい、青春っぽい時間もいつか終わりがくるものだ。


大きな花火が夜空を大きく照らす。なんの色気もない花火大会だけど、あんがい花火が咲けば恰好がつくものね。そんなことを私は、朝則の顔を見ながら考えていた。無意識にだけど、花火が似合うななんて思ったりしながら。


あーあ、やっぱり私、朝則のこと好きなのかな

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