春という萌芽の時期
麗らかな陽光の中で湧き上がってきた眠気を押し込みながらあまり興味のない自己紹介を聞き流す。正直、一年も過ごせば学年のだいたいの人は把握している。まぁそんなことは先生たちもわかっているんだろうなと思っている。特に深い理由はないけれど続く伝統。めんどくさい。
「・・・!・・・!!・・・川っ!寝てるのかー」
「・・あっ。すいません・ぼーっとしてました。私の番ですか?」
「そうだ。二年生初日から体調でも悪いのか」
「いえいえ。ほんとにぼーっとしてただけです」
無難な自己紹介を終えて席に着く。始業式もつまらなかったけど自己紹介もあまり面白くない。一番憂鬱だったのはまた朝則と同じクラスだったことか。自己紹介、教師の紹介を済まし、今日は終わり。朝則は・・・いた。もう仲良くなったらしい隣の席の男子と談笑している。何をしているのあいつは。声を掛けようと思ったが思い直す。あいつにもあいつの付き合いがある。そこに割って入るというのも迷惑だし、喧嘩でもしようものなら明日から起こすのが気まずくなる。本でも読んで待つことにする。と思ったが本を忘れた。む、残念。
「薮川さん、だよね。初めまして」
どうやって暇をつぶそうか考えていると声を掛けられる。
「初めまして、百合川さん」
少し意外そうな顔をされる。どうかしたのだろうか。怪訝な表情で察したのか慌てて取り繕う。身長も相まって小動物に見えてくる。嫌がりそうなので彼女には黙っていた方がいいのだろうけれど。
「あ、いや。えーとね?さっきあんまり自己紹介聞いてないみたいだったから私のことわからないかなーと思ってて。別にね、返事されないかなと思っていたわけではないからね?!」
聞いてもいないことをべらべらとしゃべり始めた。見た目と中身が一致している。
・・・ちょっとかわいい。ちょっとだけ。
「まぁ聞いていなかったことは認めるわ。でも苗字ぐらいなら席表で見たから知っているわよ。でも下の名前は確かにわからないから教えてもらえる?」
「うん!私は百合川黄美。できれば黄美って呼んでほしいな。これからよろしくね、薮川さん」
花が咲いたような笑顔という言葉を体現するような大輪の笑顔だった。表情の起伏が乏しいことの自覚がある身としては羨ましいばかりだ。
「私のことも紫織と呼んでほしいかな。やぶかわっていう響きはあんまり好きじゃなくて。なんだかヤブって言われているみたいで」
「そうなんだ、じゃあ紫織ちゃんって呼ぶね。よろしくね紫織ちゃん」
たわいない話に華を咲かせているといつの間にか教室の中の人がまばらになっていた。思ったより話し込んでしまったらしい。朝則もいなくなっている。あいつを待っていたはずなのにこちらが遅くなるとは。携帯を開くとメッセージが来ている。
先行ってる。見たら返事ちょうだい
ごめん、今から行く
私は約束を忘れた上に朝則はちゃんと覚えていたらしい。一生の不覚、とまで言ったら流石にあいつに失礼かもしれないけれど。
「ごめんなさい。実は約束があってあっちを待たせてるみたいなの。もう行くわ。また明日ね、黄美さん」
「うん、また明日ね。紫織ちゃん」
早足で急ぎながら待ち合わせ場所に急ぎながらさっきまでのことを想う。去年までの自分ならあんなに話し込むこともないし、約束を忘れることもきっとなかった。今年はちゃんと友達ができるかもしれない。朝則を待ったおかげともいえないので一応感謝しておく。一応ね、心の中だけだけど。