秘める花は美の代償を抱く
目を覚ますと白い天井が見えた。どこかはわからない。すると遠くから歓声が聞こえてくる。身体を起こすと、そばで朝則が座りながら船をこいでいた。えっと状況がよくわからない。でも朝則がいるし、周りはカーテンだし、制服を着てるし、学校?あぁそうだ、確か、二人三脚が終わって、どうしたんだっけ。そうだ気分が悪くなって、倒れた?たぶん。朝則に聞けばわかるか。
「ちょっと朝則。起きて」
「うん?」
「起きてってば。いまいち状況がわからないんだけど」
「あ!起きたのか紫織!体は?痛くない?」
「別に何も痛くないけど。私どうしたの?」
カーテンを開けて登場したのは保健室の先生だった。じゃあここは保健室らしい。
「あら、起きたの。薮川さん。大丈夫?」
「あ、大丈夫です。あの、気失ってたんですか?」
「えぇ、そうよ。といっても10分ぐらいだけどね」
「そうなんですか」
「たぶん貧血だと思うけど。二人三脚で頑張りすぎたのかしら。一応保護者の方には電話したんだけどつながらないみたいなの」
「今日は忙しいと言っていたので難しいと思います」
「あらそうなの。今日は早退した方がいいと思うけど、どうする?参加する競技ももうないみたいだし、おとなしく座ってるなら体育祭に戻ってもいいんだけど」
「もう終わるし、少し待ってて。家まで送るから」
「朝則?」
「帰る途中で倒れたら危ないし、おばさんも来るの難しいんでしょ?」
「でも・・・」
「時間ずらして帰ればいいじゃん、それかここで待っててくれれば後で来るから」
「まぁ、それならいいけど。そしたらついでに私の荷物持ってきてもらえる?あ、先生終わるでここで休んでてもいいですか?」
「いいわよ。いい彼氏さんね」
「・・・別にそういう関係ではないです」
「じゃあ、持ってくるわ。おとなしくしときなよ」
「はいはい。荷物よろしく」
急ぎ足で保健室を出る幼馴染はいつになく機敏で少し驚いた。そういえば自分のことにはとんと無頓着で面倒がるくせに対象が他人になると真面目になるやつだった。
そしてそんな幼馴染と入れ替わるように黄美さんが入ってくる。
「紫織ちゃん!大丈夫?起きたって聞いたんだけど!」
「黄美さん。耳が早いのね。もう大丈夫よ、心配させたかしら」
「そう?頑張りすぎちゃったの?一位だったし」
「そこまで頑張ったつもりはないんだけれど」
「え~?頑張ったから一位になれたんじゃない?体力無いって言ってたし、それじゃないの?」
「・・・まぁたぶんそうだけど」
「全然納得いってない顔してるね」
「そりゃそうよ。面倒な競技で頑張って走って一位になったのに倒れるなんて。損した気分が二倍じゃない」
「まぁ紫織ちゃん的にはそうなのかもしれないけど」
「先生にも言われたしいここでおとなしくしているわ。そういえば黄美さんはリレーどうだったの?」
「もちろん!負けましたけど。うちのクラスあんまり運動できる人いないしね。たくさん走れたからいいかなって感じ」
「変わってるわね。でも残念だったわね」
「え、そう?」
「ええ。とても残念そうな顔をしていたわ。ごめんなさいね。応援いけなくて」
「いいよいいよ。倒れてたのに応援頼んだりしないよ~」
「それもそうね」
「・・・」
「・・・」
なんだかどちらも黙ってしまう。何となく黄美さんがなにか遠慮している、というか隠しているようなそんな感じを受ける。これは、あれだ。点数が悪いテストを隠す朝則に近い。互いになにもしていないのになんとなく気まずい時間になってしまう。朝則もぜんぜん帰ってこないし。
「黄美さん?なにかあったの?」
「え?なにが?」
「なにか隠してない?そんな顔してるわよ」
「そ、そんなことないけど」
「そうなことあるわよ。どうかしたの?」
「怒らない?」
「内容によるわね」
「・・・」
「冗談よ。怒らないから言ってほしいわ」
「さっき倒れた紫織ちゃんね、その貧血っていうか、その、なんていうんだろう、すごい怖いものを見たみたいな顔してたと思って」
「・・・そう?」
「うん、してたよ」
「そう、忘れてもらえると助かるわ」
「・・・ねぇ、どうしてあんな顔してたの。あんなに怖いがった人の顔初めて見た」
「聞いたところで面白くもなんともない話よ。あなたに何の得もない話だし」
「でも、あんな顔見ちゃったら気になるよ。それに最近やっと笑った顔見られるようになったのに」
「また今度ね。話せそうになったら話すわ」
「ほんと?」
「保証はしないわ」
「そっか。ここまで聞いてあれだけど。ほんとに嫌だったら話さなくていいからね?」
「もちろん。そこまで私はお優しくはないわ」
「そうだよね」
「ええ、もちろん」
「そろそろ戻らないと。一人で帰るの大変だったら途中まで一緒に帰るけど」
「大丈夫よ」
「そっか。じゃあ気を付けて帰ってね」
「ええ。また明日ね」
黄美さんが出ていき、することもないのでひと眠りしていると、しばらくして歓声が聞こえてくる。どうやら閉会式が終わったらしい。思ったよりも眠ってしまったのか身体が固くなっている。不思議と保健室のベッドってよく眠れるのよね。しばらくすると朝則が入ってくる。
「薮川、もう帰れる?」
「ええ。もう大丈夫よ。早く帰りましょ」
「ん、じゃあ帰るか」
「ええ。先生ありがとうございました。失礼します」
二人で廊下に出る。みんなもう帰っていったのか保健室の周りに人がいないのかしんとしている。
「ねえ、バッグちょうだい」
「別に持っていくけど」
「別にいいわよ。倒れた原因も何となく予想ついたし」
「ふーん。まぁ俺も何となく予想ついてたけど」
「の割には結構あわてた感じじゃなかった?」
「・・・気のせいだろ」
「そういうことにしておきましょうか。約束通り、明日はシチューにしましょうか」
「今日じゃないの?」
「今日は下ごしらえだけよ。というか今まで作ってあげたのは全部一日近く下準備してるやつよ。気づいてなかった見たいだけど」
「初耳だね」
「でしょうね、ほら早く帰りましょ」
夕日が傾くなか、久しぶりに朝則と一緒に帰る道は妙に静かだった。