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骨の競い 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふーむ、ふむふむ、土の中だとおよそ7〜8年がかかる、か……。

 何を調べているかって? いや、ちょっと理科の授業の課題でね。虫や微生物の分解に関して、自由に材を選んでレポート作ってこいって言われたんだ。

 そんじょそこらの食べ物とかは、僕じゃなくても他の人が勝手に選んでくれるっしょ。ゆえに僕は少し趣向を変えて、人体の白骨化を調べようと思ってね。

 道徳的な観点はおいといて、環境により大きな差が出るのは間違いない。

 先に話した土の中だとかなりの時間を要するけど、地上であれば冬場は数カ月。夏場なら10日経たずに、骨が見え始める可能性があるという。水中では環境によるけど、わずか数日で肉が削げるケースも報されているらしい。


 で、だ。この分解に関して調べ物を進めていたんだけど、途中でひとつ興味深い怪談を見つけることができたんだ。

 知っての通り、話したがり屋な僕だけど、オカルトな内容はさすがに理科のレポートには書けないからね。代わりに、こーちゃんのネタの肥しにでもしてやってくれ。



 むかしむかし。

 とある武将が病の床についていた。かつては猛将と聞こえ、いくつもの戦場を駆けてきた彼も、もはや手綱一本握ることもできず、布団へ身を横たえている。

 その彼が死の数日前、家臣たちを集めて言い残したことがあった。


「わしが死したのちは、この身に鎧兜をつけさせ、頭に紅色の帯を巻き、『づる池』に沈めてくれ」


 家臣たちの何名かは、主君の言葉にぴくりと眉を動かした。


「出づる池」は、前々から主君が自ら手を入れて、作っていたため池のうちのひとつだ。

 半径およそ十尺(3メートル)とごくごく小さなこのため池は、他のものと違い、かんがいや洪水に備えた調整池として使われることはなく、ましてや飲み水として利用されたこともなかった。

 しばしば主君が足を運んでいたことは知られていたが、具体的に何をしていたのかを理解している者はいなかったという。

 供としてついてきたものは、周囲を見張る名目で、その場から外されてしまう。偶然に通りかかったとしても、主君は耳ざとくその気配を察知し、池から去る素振りを見せていた。

 ただその中でちらりと見た者は、主君が一抱えほどある瓶をもって、池のふちにひざまずきながら中身を注いだり、長い長い棒で池の水をかき回していたりしていたと、語ったそうだ。

 さらにもう一点、主君がいい添えたことがある。


「わしの身を沈めたのなら、その後に『ときかぜ』もともに、池へと入れてくれ」


 家臣たちの表情に困惑の色が浮かぶ。

 ときかぜといえば、主君の4頭目の替え馬であり、10年以上を生きてなお健在。若いこまたちに勝る力、速さを備えた稀有けうな馬だったからだ。



 主君の葬儀が終わった後、その遺体は遺言通りに「出づる池」へ沈められた。

 生前、愛用していた鎧をつけたその身体は、その重みゆえかどんどんと池の中へ沈んでいく。

 それを完全に見届けたあと、皆はこの場に連れてきていた、ときかぜを振り返る。気は進まないが、彼に後を追わせねばならない。

 

 ところが、主君が身を沈めてからほどなく。

 ときかぜは落ち着きなく、その場でぐるぐる3度ほど回ったかと思うと、口から泡をふいて倒れ込んでしまう。そしてほどなく、息を引き取ってしまったんだ。


 ――誰の手を借りるでもなく、みずから、主の後を追ったか。


 家臣たちはその、忠臣かくあるべしといった姿勢に畏怖を覚えながらも、粛々と準備を進める。

 主と同じように、戦へ臨むときの装具を取り付けられ、一度台車へ乗せられたその身体は、池のふちからゆっくりと、水の中へ滑っていった。



 先代主君の初七日が済むと、後継を中心とした家中の動きも活発になってきた。

 まつりごとに外交にと、先代から引き継いだ仕事が進む中、とある民の声が家臣たちの耳へ入ってきた。

 夜を迎えると、あの「出づる池」の近くに、その名の通り出るのだそうだ。幽霊が。

 民たちに、主君が出づる池へ葬られたことは、伏せられているはずだった。最初のうちは人騒がせな与太話と笑い飛ばしていたが、日を追うごとに証言は増えていき、ついには馬の走る音がしたなどという声も出てくる。


 いたずらか、はたまた扇動を試みる、どこぞの手の者のたくらみか。

 話し合いの結果、家臣の中でも剛胆で知られた古参の者が、真偽を確かめるべく張り込むことに決まった。

 もし悪意ある者であればひっとらえ、万に一つ、噂が本当であったならば、たとえ主であろうと、この刀をもっていまいちど冥府へ送らんという、意気込みだったとか。


 朝早く、鎧兜を身にまとって出づる池を訪れた家臣。

 主を失った池が汚されることがないよう、あの葬儀があってから、周囲には簡単な柵が設けられた。

 もしそれを冒す輩がいるのであれば、容赦はしない。だが柵の近くまで寄ったとき、家臣の鼻はつんとする腐臭をかすかに感じ取ったんだ。

 池からではない。そこより北東、数十歩先にある木立から臭ってきている。

 さっそくおでましか、と太刀に手をかけながら、つかつかと歩みを進める家臣だったが、臭いの源を見つけて、鼻をつまむより先にうなってしまった。


 かっくりとうつむき、木の幹へ背中を預けながら、四肢を投げ出すような形でそこにいたのは、白骨化した死体だったんだ。

 身に着けるその鎧兜、鉢巻きはいずれも池へ沈めた先代主君のもの。早くも、主を愚弄するものの手であることが、明らかになってしまった。

 おいたわしや、と苦い顔をしながら、そのうつむく頭をのぞきこもうとして、家臣は今度こそ「うっ」と声に詰まってしまう。


 がいこつが身に着けた鎧。その胸当ての上部から、ぬっと太めのヘビが顔を出したのだから。家臣を正面から見据え、舌をチロチロと出しては引っ込めていく。

 たとえ偶然もぐりこんだにしても、こうして主の身を愚弄するならば、覚悟してもらう。

 

 刀のこいくちを切り、抜き打ちの一刀でヘビの頭を落とそうとする家臣。だが刀の柄を握ったところで、背中から声を掛けられる。


「控えい、鶴千代!」


 忘れはしないその声と、自らの幼名。

 こう自分を呼ぶのは、ただ一人。いや、その一人もすでに最近、亡くしたばかりではないか……。

 身へ沁みついた所作は、考えるより早い。

 家臣はぱっと刀より手を離すや、声のした背後へ向き直る。片膝をつき、そのまま頭を下げて動かさない。


「鶴千代、そのままで聞け。けして顔をあげるな。もしあげたら、お前を連れて行かねばならん」


 二度と聞けないはずのその声は、先代の主君のものだったんだ。



 日が暮れてから帰還した家臣こと鶴千代は、ことの次第を皆へ報告する。

 亡き主君の声が語ったこと。それは自分が死してのち、「競馬きそいうま」へ出ているとのことだった。

 現世で行われているものとほぼ変わりないが、死者でなければ加われぬこと。そしてその勝ち負けが、領内の吉凶につながる。

 そこにある遺骸はまぎれもない自分のもので、鎧より顔を見せたヘビは競技に向けた「減量」のために力を貸してくれているらしい。骨へわずかに残る肉や、まとわりつく汚れを漁ることで。


「もし、わしの言葉を疑うものあれば、来たる丑三つ時までに身を清め、神酒を三度飲んだのち、白の装束をまといて出づる池のふちまで参れ。さすれば競馬をお目にかけよう。

 だが池より先へは行くな。見るによき場所は、亡者のものなのでな」


 先代の言葉を伝えた鶴千代は、丑三つ時に用意を済ませ、赴くつもりだという。

 まゆつばと思う者たちは、その7割ほどが同じように支度をし、ともに現地へ向かったらしい。



 丑三つ時。

 池の柵周りに集まった鶴千代たちの背後から、ふわっと生暖かい風が撫でていく。

 すると、先ほどまで目の前に広がっていた闇が、幕が開くように薄まっていった。明るくなった視界へ映るのは、野良着のような質素な服をまとう、背中背中背中……。いずれも襟から頭頂まで、一分の隙もない黒髪を生やしている。

 その髪がなすひとつなぎの峰。そこを越えていった先に、ずらりと横へ並ぶ馬とまたがる鎧武者たちの姿があったんだ。

 奇妙なことだった。これだけ前に人がいるのであれば、せいぜい見えて馬に乗る者の上半身程度のはず。それが間近で見ているかのように、馬の足元まで確認できる。

 尋常ではないと察した何名かが、「ううむ」とうなった。

 

 やがてほら貝らしき音がなると、並んでいる馬たちはいっせいに駆け出す。

 鶴千代たちの最前を疾駆するは、生前と変わらぬ姿の主君とときかぜの姿。そこを強引に押し出そうと、奥からぶつかってくる他馬の姿があった。

 字は同じだろうと、現代の「競馬」のような行儀のよさは競馬にはない。斜行や妨害など茶飯事だ。

 主君とときかぜは体当たりを跳ね返し、前を塞ごうとする他の馬たちの間をすり抜け、前へ前へと走る。

 彼らより後ろは変わらぬ闇。動く背景がないからどれほどの速さで動いているか、鶴千代たちにはつかみづらい。しかし主君たちはやがて右へ曲がりながら背中を見せ、向こう正面、更に馬頭を見せながら左へ曲がる形で一周してきた。

 鶴千代たちは動いていないのに、どんどん主君たちの姿が遠ざかっていく。そうして大きく引いた視界の左端に赤く光る線が引かれ、そこへ主君たちが右手から走り込んでくるのが見えた。

 おそらくはあそこが終点。すべての馬がこれまで以上に激しく競り合うも、それらをかわして赤い線を越していったのは、2着に1馬身ほど離した、ときかぜだったんだ。

 

 その先着の直後、目の前の景色はぱっと消え、元の夜が戻ってきた。互いの顔を見合わせ、狐につままれたような心地の鶴千代たちだったが、やがて解散して帰路へついた。

 その年は領内に戦の気配はなく、近年まれにみる豊作にも恵まれたとか。


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