やたら切れ味のいい太刀
「こちら、第三階層、草原エリア行きのゲートとなります、お間違えありませんね?」
待機時間三十分ほどで、草原エリアへ向かう予定のハンターたちが招集のアナウンスによってゲート前に集合した。皆思い思いの装備で集まっていて、準備運動なんかもしている。俺もとりあえず周りに会わせて肩を回したりする。
「おい、聞いたか、きのう第八階層の火山にカカ・ウレアが出たらしいぜ」
「あの狩猟難度A+の怪物が? マジかよ、それでどうなったんだ」
「もちろんその場にいたハンターは全員避難だよ。勝てるわけねぇからな。カカ・ウレアの奴も案外落ち着いてたみたいで、ふつうにマグマの中から地上にしれっと上陸しただけだったって話だ。たぶん満腹で巣に戻る途中だったんだよ」
「それより、第五階層に新しく出来た毒地帯はどうなったんだ?」
「ヌジャガプラが徘徊してるらしいぜ、あの如月が攻略中だとか」
「へぇ、あいつがやってんだな」
(色んな話が飛びかってんな。情報収集も必要そうだ)
俺は方々から聞こえてくる噂話を盗み聞きしていた。なんとなく緊張感が高まってきた。
「ではお間違えないようですので、これから十分以内にゲートをくぐって下さい」
案内人の指示で俺達はゲートに向かって一歩を踏み出していく。
「さ! 気張っていこー!」
「頑張りましょうね、岡田さん!」
「うん、ま、命を大事に、安全運転で狩りを楽しもう」
◇◆◇◆
【エリア/草原/危険モンスター徘徊の報告はなし/午前の部/クエスト依頼数14/参加パーティー数13/ソロ参加1名/地形の変動なし/……】
――暗闇から一瞬にして目の前に草原地帯が現れた。俺達はゲートによって草原地帯のセーフティゾーン、エリア全体を見下ろせる高台の上に転移されていた。
そこから見ると、遠方に小高い丘があり、その辺りは切り立った崖や複雑な地形が密集しているみたいだったが、その周囲はいたって平穏そうな草原だ。
先に来ていたギルドの職員が入れていったとみられる支給品がセーフティゾーンのボックスに詰め込まれていた。各自必要な分を取り出して、そこからクエストが始まる。
「えっと、……回復薬と、マップと、走力剤と……」
「あと追跡のための香玉も忘れずにね」
「はい」
テキパキと準備を進める女性陣二人をよそに、俺は高台の上から草原地帯全体を眺めて首をかしげていた。
「あれ、どうしたの、岡田」
「いや、……なんか、こう、平和だなぁ、と思って」
前回のハンター試験でも違和感みたいなものがあった。なんとなくその地帯が平穏な気配に満ちていて、ちょっと平和ボケしてしまう気持ちになる。つまりは、その地帯から強い存在の気配を感じなかった。無人島のダンジョンでは敏感に感じ取っていただけに、俺は自分の感覚が鈍ってしまったのではないかと心配になる。
「はぁ!? なに寝言言ってんのよ、さっさと支給品取っていくわよ!」
「へいへい、分かったよ」
俺達は支給品を回収したあと、草原地帯のエリア3に移動した。そこにはリーフペンギンと呼ばれる草原地帯に生息するデカいペンギンと、のそのそと歩く小型の恐竜ケビルサウルスがいた。
「ケビルサウルスは背中がごつごつしていて硬いから、腹を狙うのよ、肉質が柔らかいから簡単に切れるの。ほのか、やってみなさい」
「は、はいっ」
ほのかはジリジリとケビルサウルスに近づいて、片手剣を抜いた。ケビルサウルスは鼻息荒く草を捕食していて、ほのかの接近に気づかない。
「――せいっ! えやぁっ!」
《グモォ……!》
ほのかが鉄剣で斬りかかった。寧々の言うとおり、腹は弱点らしく、女の力でも簡単に引き裂くことが出来た。ケビルサウルスはその場に倒れ、しばらく地面でじたばたとしていたが、次第に動かなくなった。狩り成功である。
「ほのか、素材回収は出来るわよね」
「はいっ、ハンターアカデミーで習いましたから!」
「岡田、よく見てなさい、どうやってモンスターから素材をはぎ取るか、ほのかのやり方から学ぶのよ」
「おう」
ほのかはハンターアカデミー仕込みのすばやい剣捌きで、死体が新鮮なうちに肉を骨の継ぎ目に会わせてきれいにそぎ落として自前の保存パックに回収し、それから武器や防具の元になり得る部分を切断していった。
「へぇ、うまいもんだな。手先が器用だ」
俺が感心していると、寧々がふいに弓を構えた。リーフペンギンの一匹がこちらに近づいてきて、ほのかをジッと睨んでいる。自分も狩られるのではないかと思い、敵意を剥き出しにしている。
「ほのかはそのまま安心して作業を続けて。周りのことは私がやるから」
そう言っている間に、リーフペンギンが突撃してきた。頭部の小さな角で攻撃するようだが、その前にすばやく寧々が弓を放った。弓は属性攻撃付与のためにらせん状の火を纏って飛んでいき、リーフペンギンの腹に刺さった。
《ギョッ――、ピェッッ!》
痛手だったのか、一発食らっただけで奇声を上げながら退散していった。逃げ足が意外と速い。短い足のくせによくやる。
「寧々もお見事だな、遠距離攻撃はアーチャーの得意分野って感じだ」
「そうね、あんたたち二人は短距離武器だから、パーティーを組めば相性はいい。あんたも私がアーチャーだからパーティーに誘ってくれたんでしょ?」
「ん、まぁな」
本当は他の連中にも声をかけて、俺がおっさんだと知るやいなや向こうからお断りされてしまい、オーケーを出したのが寧々だけだったのだ。やはり中年男というだけでお荷物扱いされるのがこの業界の常である。おっさんに需要は少ない……。
「――見て見てー! こんなに新鮮なお肉が取れちゃいました! 学校で調理の練習に使っていたモノとは鮮度が段違いです!」
嬉しそうに保存パックに入れたケビルサウルスの腹肉を見せてくるほのか。寧々も笑顔で答えて、ほのかを励ます。
「よく出来たわね。剣筋も悪くなかったし、戦闘センスも実はあるんじゃないかしら? 素材のはぎ取りはさすがハンターアカデミー出身だけあって文句なしの技術ね。スキルレベルが2の料理人ってのもうなずけるわ、ね? 岡田もそう思うでしょ?」
「おうよ。俺が無人島のダンジョンでやってたぎこちないはぎ取り作業とは雲泥の差だったぜ。俺が狩ったモンスターのはぎ取りは全部任せたいくらいだ」
ほのかが照れながら「そうですか……っ! ありがとうございます」と言った。寧々が良い子良い子してほのかの頭を撫でてやる光景を、何だか微笑ましいなと思いながら見ていると、寧々の目が光った。
「さて、岡田? あんたも一匹、準備運動がてら、切ってみなさいよ」
「ん、そうだな、分かった」
俺はその辺を呑気にほっつき歩いていたケビルサウルスに近づいた。やはりこのモンスターは相当鈍感らしく、足音を立てても気づかない。
「俺は俺らしく、縦からにズバッと、ね」
――俺は硬いと言われている背中から一直線にケビルサウルスの胴体を切断した。ほとんど音もなく切れたので、ちょっと安心した。この太刀で切れないようなモンスターが序盤で出てくるようなエリアだったらビビって攻略する気が失せちまう。
珍しく口を開けて驚いた顔をしている寧々に言った。
「どうよ。俺の剣筋は。悪くないだろ」
「……いや、最悪。私の言うこと聞いてなかったの? そんな斬り方したら太刀が刃こぼれするわ」
「え? 刃こぼれなんかしてないぜ。ほら」
太刀の刃を寧々に見せる。刃こぼれ一つしていない。
「……これ、そうとうの業物なんじゃない? どこで買ったの? いくらした?」
「買ったんじゃなくて自分で作ったんだよ、無人島のダンジョンで殺した龍の角から削り出してな。研ぐのが大変だったんだよ、これ」
「自作の太刀なの? ……やけに切れ味のいい太刀なのね、ちょっとビックリしちゃった。前に参加してたパーティーの太刀使いの男なんか、いきがってケビルサウルスの背中に斬りかかったらそのまま太刀が真ん中から折れちゃってたこともあったし」
「太刀の研ぎが甘かったんだな、そいつは」
「そうだったのかしらね……、まあいいわ、次行きましょ、次」
俺達はその後もステージ移動するたびに狩りやすそうなモンスターを寧々に指示してもらって、他のモンスターが近づいてこないようにサポートしてもらいながら戦闘経験を積んでいった。あんまり暴れるようなモンスターはいなかったので、ほのかでも比較的楽に討伐できていた。
そうして安全にステージ移動していると、だんだん丘の方に近づいてきた。丘の内部はちょっとした山岳地帯のようにもなっていて、険しい崖もある。そこで鉱石の採掘スポットがあり、俺とほのかのクエストにおけるターゲットたる『テッカ石』はそこで手に入るのだ。