国家ライセンス獲得
「――はい、えっと、討伐規定第42条、指定亜種モンスターの超短期討伐成功者には地方ハンターライセンスではなく、国家ハンターライセンス(日本)を与える、に基づきまして、こちらを進呈いたします……」
「はぁ」
「あ、ありがとうございます……?」
職員も、俺も、ほのかも、困惑しながら国家ライセンスのカードを受け取る。俺は地方ライセンスを取りに来ていたのに、そのワンランク上の国家ライセンスをもらう羽目になってしまった。
(ゴリラ倒しただけで国家ライセンス取れるのかよ……。さては今回の試験、簡単だったな?)
そわそわしているほのかが言った。
「わ、わたし、こんなご利益を受けちゃって、なんだかすいませんっ」
「いや、気にすることじゃないよ」
討伐二時間以内は短期。三十分以内は超短期となるらしい。短期ならば通常の地方ライセンスとともに、少し給料に色がつくだけだが、超短期は国家ライセンスだから、片田舎のダンジョン攻略は、もはや担当してはいけないことになっているらしい。
「え、俺、ここで働けないんですか?」
「はい、東京への交通費は支給されますので、どうぞ、行ってらっしゃいませ」
「……え、わたしも?」
「はい、いちおう、パートナーの共同討伐となりますので、棚橋様も、国家ライセンス所持者として、東京へ向かってもらうことになります」
「ま、待ってください! わたし、何もしてませんよ? 岡田さんが一発で倒したんです、ほんとです、信じてください」
職員は難しい表情で、またもや上司に相談を持ちかけていた。しかし、その上司が首を横に振ったのが遠目に見え、だめだったんだなと思った。
「すみません、上と掛け合ったのですが、現在のハンターに関する法律上、どうしても国家ライセンスを受け取ってもらわないことには、拒否されるとこちらとしても、資格そのものを取り消さなくてはならなくなってしまうんです」
「そ、そんなぁ! 東京のダンジョンって、とんでもないレベルでしょう!? わたしみたいな駆け出しにつとまるわけ……」
困り果てていたほのかを見かねた俺があいだに割って入る。
「ほのか、君はライセンスを受け取るべきだ。資格を失えば、ここに何しに来たか分からないじゃないか。たしかにこんな妙な事態に君を巻き込んだ責任は俺にもあるから、……そうだな、しばらく俺が付き添いで狩りを手伝うよ、そこで地道に弱い敵から倒してレベルを上げたらいい、ようやく戦えるレベルになったとき、自立して頑張ればいいんだ」
俺はまるでめちゃくちゃ人のいい感じの満面の笑みでごまかした。ほのかは、そうですか、しばらく岡田さんがいてくれるなら、……。といい、ようやく国家ライセンスを受け入れた。
◇◆◇◆
そして、東京に発つ当日、田舎から少し北に行ったところにあるJRの駅で、ほのかと待ち合わせた。国家ライセンスにはいろいろと獲得ボーナスがあり、その中の装備品や道具などを圧縮して詰め込める高性能アタッシュケース(非売品)を手に持っている。
すべてを飲み込むと言われる大食い狸ファットポンポンの腹の皮で作られた内部構造は、特別な加工技術を用いて作られていて、もはや何でも入った。俺はいったん島に帰って、持ってこれるだけのものをアタッシュケースに詰め込んだが、まだ余白がありそうだった。
「――すみませーんっ、あの、待ちましたか?」
「いーや、待ってない。それより、親御さんの説得はちゃんとできたのか?」
「急なことでびっくりしてましたけど、いつかは独り立ちすることもあるだろうからって、送り出してくれました。娘がいきなり国家ライセンスを取ったって、ちょっと喜んでるほどで!」
「そうか、そりゃよかった」
俺たちはそのあと新幹線に乗り込み、出発した。
「――うわぁー、初めて見る街ですよ、岡田さん」
「うん、そうだな」
「もー、もうちょっと反応してくださいよ、すごく景色がいいんですから」
流れていく車窓の景色に一喜一憂する彼女は、やはりまだ幼さが残っている。田舎町の田園風景から都市のコンクリートジャングルに移り変わる様は、田舎育ちの彼女にとって、案外面白いものらしい。
支給されていた万能腕時計、通称ハンターズウォッチを操作して本部と連絡を取る。
《――すみません、先日お電話させてもらいました、岡田です》
《はい、岡田様、おはようございます》
《おはようございます。とりあえず、そろそろ駅に着くので、そのご連絡を》
《了解いたしました。すぐにお車、手配させていただきます》
「とーちゃくー! スンスン、これが東京の空気かぁ、うん、なんだかわくわくしてきました!」
「とりあえず攻略指定されたダンジョンを管理する『ギルド』に行ってみないとな」
「都会のギルドかぁ……」
駅のロータリーに出ると、一般車やタクシーの中に一つだけ明らかに風情の違う黒塗りの高級車があった。中からコワモテのSPらしきサングラスをかけた黒服運転手が出てきて、こちらに手を振った。
「――岡田様、そして棚橋様でございますね」
「あ、はい、そうです」
「わたくし、今日から専属のコンシェルジュを務めさせていただくことになりました、大門寺と申します、これよりお二人を、東京都内で今、最も活動が盛んな『新宿ギルド』にご案内いたしますので、何とぞよろしくお願いいたします」
「……こちらこそ、よろしく」
俺がびびり散らしていると、ほのかが大声で言った。
「よろしくお願いします!」
元気のいい言葉に、黒服は笑みを浮かべた。コワモテの笑みはよけいに恐ろしかった。
――とあるホテルの地下駐車場に車が止められた。
「ここ、ですか」
「ええ、新宿ギルドは、T―24という某ホテル直下に現れたダンジョンの攻略をつとめていただいているパーティ所属の方々が、そのホテルに直接宿泊いただける施設となっております」
「あのT―24ですか!」
「あのって、どの?」
「岡田さん知らないんですか? もともとブルーダンジョンだったのが、一気にイエローダンジョンに変色した、いま東京でもっとも活発なダンジョンの一つなんですよ!」
イエローダンジョンというのは、入り口が黄色に染まっているということ。内部の環境や生態系に変化が見られると、それにダンジョンが反応して、入り口の色味が変わることがごくまれに生じるらしい。ちなみにT―24とは、Tokyoで24番目に発生したダンジョン、という意味だ。
「イエローってことは、上から5つ目か」
「そうなんです、非常に危険です!」
「万全を期するにはパーティが必要かもしれないなぁ」
中に入ると、元高級ホテルだけあって、壁には大理石が用いられ、そしてかなり大人びた雰囲気のエントランスが現れた。ロビーには何人か宿泊客がうろうろしている。
「あれ、ハンターなんですよね」
俺が聞くと、大門寺さんは笑顔で答えた。
「ええ、あの、奥から二番目の座席に座っておられる、ポロシャツ姿の男性は、日本ハンターランキング7位の、如月純一郎さまです」
それを聞くと、すぐにほのかが反応した。
「キャーッ、あこがれの如月さんだぁ! サインもらわなくっちゃ!」
ほのかは全力ダッシュで如月とやらのところに駆け寄り、鞄からサイン色紙とペンを取り出して渡した。
「――はい、できあがり」
「あ、ありがとうございますっ、一生大事にしますね」
「ハハハ、そうかい、ところで君、凄くかわいいね、名前は?」
「わたしですか? えっと、棚橋――」
「――ほのか!」
大門寺さんがチェックインの手続きをしてくれているあいだに、俺は二人の方に小走りで向かい、無礼を詫びた。
「すみません、連れの者がいきなり」
「いえ、別に。慣れてますから」
「見てみて岡田さん、如月さんのサイン!」
サインは非常に崩した字体で書かれていて、あからさまに手慣れていた。如月は近くで見ると非常にすかした奴で、どことなく王子様っぽい、雰囲気イケメンというやつだった。
「……なーんだ、男連れか……」
「え?」
「僕はこれで失礼しますよ」
如月はロビーの椅子から立ち上がると、トレードマークであるらしい青く染めた髪をかき上げ、颯爽と立ち去っていった。
「……今あいつ、男連れって」
「いやぁーーっ、かっこいいなぁ如月さん!」
ほのかはまだ呑気にサインをもらったことを喜んでいて、手続きが終わった大門寺さんに見せびらかしに行っていた。俺はなんとなく、こう思った。
「なんか、嫌な感じの野郎だ」
あんな男が日本ハンターランキング7位だって? 若いうちからぼろ儲けしやがって、チックショー! ……でも、どうせめっちゃ強いんだろうなぁ、俺みたいなおっさんじゃ、到底かなわないんだろう……。けっ、くそったれ!